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第六章 「交流」

 見上げると、夜空に無数の星が浮かんでいる。最も輝く星を見つけようとしたが、パチッ、という薪のはぜる音で妨げられた。

 カリスの来訪から二日後。クレアたちは、都市の中心から数百キロ離れた、いくつかの山を越えた先にある村に到着した。ここはつい最近、今回のワールドツアーで討伐対象となっているイドラに襲撃され、全域に避難指示が出ている。

 ISCIは、村内の廃校舎を借用し、イドラ討伐のためのキャンプを設営した。明日からここを拠点にして討伐対象のイドラを捜索することになる。長距離輸送機で持ち込んだ物資や、村の電気、ガス、水道を利用しているため、衣食住に不便はない。

 本日は、キャンプの一日目だ。

 複数ユニットの合同ライブを行うには、十分な連携が必要となる。キャメロットとカリスは、互いの聖杯とその能力を知るための模擬ライブと親睦会を行うことになった。

 模擬ライブで体を動かし、関係者全員で協力して準備したバーベキューを食べつくして空腹を満たしたあと、アイドルの七人は満天の星空の下、たき火を囲んでいた。

 沸かした湯で入れた珈琲や紅茶を飲みながら、思いおもいに談笑を楽しんでいる。しかし、クレアは他の六人とは少し離れた位置で、むっつりと珈琲をすすっている。

「今日の模擬ライブで、アタシたち聖杯、ちゃんと理解できた?」

「はい。しっかりと理解しました」

 ジニーの質問に、ルーティが答える。

「自信たっぷりだね」

 グレースがそう言うと、ナタリーがルーティの肩を抱いて、誇らしそうに胸を張る。

「当然ですよ。僕たちが生き残れているのは、ルーティのおかげですから」

「な、なんであんたがうれしそうにしてるのよ!」

「あっは。そういうルーティが一番うれしそうだけど~」

 ジニーのからかいをきっかけに、周りから笑い声が上がる。

 クレアは、六人の笑い声を余所に聞きながら、昼間の模擬ライブを思い出す。

 ――カリスの三人は、本当に強かった……


「じゃ、はじめよっか~」

 ジニーが肩や腕を回して準備運動をしながら、気の抜けた声で号令をかける。

 雲一つない空の下、カリスと向き合って校庭に立つキャメロットの四人は、引き締まった声で「はい!」と応えた。

 呆気にとられたジニーが目を丸くして言う。

「そんなに緊張すんなし。やりにくいよ」

「この模擬ライブは、お互いの聖杯を確かめるのが目的だから。いつもどおりでいこう」

 グレースがそう言ってジニーに目配せする。

「輝け!」

 輝化の宣言とともに自信たっぷりのドヤ顔で、ジニーが胸に当てた右手をはらうと、輝化光があふれ出した。彼女の色は若葉のように瑞々しい緑。クレアたちの輝化と同じようにアドミレーションが全身を包み、体の中心から彼女の制服が輝化防具に変化していく。

 ウェスタンシャツに革のベスト。デニムのショートパンツに勇ましいチャップス。腰のガンベルトには、左ひざのあたりまで長く伸びるホルスターが吊られている。テンガロンハットをかぶると、マフラーが首に巻かれた。とても長いため、両端が腰より下まで垂れている。

 ジニーの輝化防具はいわゆる「カウガール」だ。とにかく露出が激しい。はだけたウェスタンシャツから弾けてしまいそうなほど胸元があらわになっている。目のやり場に困る。

 若草色のアドミレーションが彼女の右手に集まり、輝化武具を形成する。光がはじけると、すらりと長く、銃床の木目が美しいウィンチェスターライフルが現れた。

「輝け」

 次の宣言は、グレース。控えめに右手をはらう。彼女の輝化光は濃い紫色だった。

 真っ白なシャツにループタイ。黒と見間違えそうな紫色のベストとスラックス。腰のガンベルトの左右に一つずつホルスターがあった。ベストと同色のダスターコートを羽織ったあと、義姉と同じ形のテンガロンハットをかぶって輝化が完了した。

 グレースの輝化防具は、義姉とは正反対で、露出のないかっちりまじめな「シェリフ」。すらりとした彼女にとても似合っている。

 彼女の両手に集まったアドミレーションはリボルバータイプの拳銃となった。

「輝け……」

 最後の宣言は、ディーナだ。胸に当てた左手をはらうと、銀色の輝化光があふれ出した。

 マットな質感の銀と、白を基調とした軍服風のゴシックドレスが彼女の輝化防具だ。大きなリボンタイに、Aラインで膝上丈スカートの長袖ワンピース。履いていたニーハイソックスがローヒールのニーハイブーツに変わる。輝化後も変わらず、太ももがちらりと覗く。

 左手には、他の二人よりも多くのアドミレーションが集まった。光が凝縮されて出来上がったのは、長さ一メートルを超える十字架の形をしたものだった。

 キャメロットの四人も輝化を終えたとき、

「それじゃっ、ライブ・スタート!」

 ジニーの合図で、キャメロット対カリスの模擬ライブが始まった。

 クレアの予想では、カリスが相手でも善戦できる。そう思っていた。しかし、「トップアイドル間近」という評価どおり、彼女たちは一人でもキャメロットの四人を相手にできる。そう思ってしまうほどの圧倒的な実力を持っていた。

 ジニーは、鞭状のコンクエストスキル「イグゾースト」で、打ち据えた対象の輝化を維持する力を低下させたあと、大口径のウィンチェスターライフルで巨大なアドミレーションを放ち、真正面から問答無用で相手を粉砕する。

 グレースは、両手の拳銃でけん制しながら、任意の場所に複数本、伸縮自在のロープを生成するコンクエストスキル「バインド」を駆使し、アイドルやイドラはもちろんアドミレーションさえも捕縛して、対象のあらゆる行動を阻害する。

 ディーナは、生成した十字架を巧みに使いこなす。十字架そのものを槌として振り回したり、「く」と「L」の二つに分離し、それぞれをハンドガンと狙撃銃に変形させて使い分けたりして、近距離から遠距離までの戦闘に対応する。銃弾として撃ちだすのは、彼女のコンクエストスキル「ヴァダー」で水銀のような質感に変質させたアドミレーションだ。触れるだけでイドラ・アドミレーションを溶解させる性質を持っているらしい。

 さらに、キャメロットを上回るユニットの総合力までも見せつけられた。

 キャメロット一番の武器は連携だ。どんな相手でも対応できるように日々訓練を重ねていたが、カリスには何もさせてもらえなかった。

 ナタリーは、ジニーの能力減退とすさまじい火力を防ぐのに釘付けにされ、ルーティとリンは、グレースが操るロープの特性でアドミレーションの集束を阻害され、クレアは、ディーナの遠近自在の多彩な攻撃に翻弄されていた。

 逆に、カリスの三人は、ディーナがナタリーを遠距離狙撃したり、ジニーがルーティの魔法を鞭で打ち据えて解除したり、グレースがクレアの回避運動をロープで阻害したり、と互いにフォローし合う。

 キャメロットは個人の実力でも、ユニットの連携でも完敗だと思い知らされてしまった。


 ――くやしい……

 ジニーは相変わらず、グレースやキャメロットの三人とのおしゃべりを楽しんでいる。クレアには、彼女の明るい笑顔と声が、周囲の人に元気を与えているように見えた。

 ――力も、名声も。どうしてジニーにだけ集まるの……

 グレースが言った。

「たしかに、ルーティの戦術構築力はキャメロットの要ですね。その他にも、義姉さんの攻撃を受け止めつづけられるナタリーの防御力、リンのすさまじいアドミレーション量、クレアの白兵戦のセンスは、他のアイドルと比較してもトップレベルです」

「だからこそ残念だな~ってところがあって――」

 クレアは思わず腹立たしい気持ちになった。ジニーが語るすべての言葉を受け止められない。彼女が話すたびにイライラする。

「残念なところって、具体的にどこですか」ルーティが真剣な表情で問う。「私たち、できることを増やしていろんなことに挑戦したいんです。それには強くなることが近道かなって」

「いいね! もっと聴きたいな。みんなのそういう話」

「そういう話?」

「これがしたい~とか、あんなふうになりたい~とか。将来の話だね」

 それから、ナタリーたちがこれまでどう生きてきて、これからどうなりたいかを話す、人生相談みたいなことが始まった。クレアにとっては、いじめられた「これまで」しかなくて、「これから」なんてことは考えたことがなかった。

 ――ジニーになんて話したくない。今すぐここから離れよう。

 突然、間の抜けた声が上がる。

「うっ、あやぁ……」

「はあ……義姉さん、あごじゃコーヒー飲めないよ」

「グレース~」

 ジニーの口から大きな胸元までびしょ濡れになり、ISCIの制服に琥珀色のしみができている。グレースがハンカチでジニーの口もとや胸元の珈琲を拭っていく。

「やけどは、大丈夫みたいね。ホント、義姉さんは手元がおろそか過ぎ。食べ方きたないし、ぼろぼろ落ちた食べ物で服は汚れるし……」

「わーっ、わー! ごめんて、グレース。みんなの前で言わないで!」

 迷惑ぶっているけれど、グレースの表情はやさしかった。義姉のことが好きで、世話を焼かずにはいられないのかもしれない。彼女は義姉に振り回されて、ずっと慌てている印象だったが、てきぱきと義姉の粗相の後始末をしている様子を見ると、本当は視野が広くて的確に全体を観察できる人なのだろう。

 ふと、ディーナの方を見やると、彼女もジニーをからかい、声を上げて笑っていた。寡黙な表情が多かったため、こんな表情もできるのだ、と驚いた。

 ――ディーナさんも義姉妹みたいだ。

 義姉妹といっしょにいると、ディーナも含めた三姉妹のように見えた。無理せず自然体でいられる。そんな関係がうらやましかった。

 ジニーが校舎に用意された自室へ戻り、着替えてくることになった。キャメロットの三人は、グレースとの会話を再開する。

 ディーナがクレアの視線に気づいた。彼女は微笑んだあと、クレアのすぐ隣に移動する。

「となりに座ってもいい?」

「……はい、大丈夫です」

「唐突なんだけど、クレアは、私たちのことが苦手?」

 聖杯連結で心の中をのぞかれたような言葉に驚き、ディーナの顔をまじまじと見る。呆然としていると、彼女がさらにつづける。

「表情を見ていたら、私もそうだったな、って思い出して」

「そうだった……?」

「私もね、ジニーとグレースに出会ったときは、なかなか心を開けなかった」

「……本当、ですか? まるで三姉妹のように見えます」

「そんなふうに見えてるんだ」ディーナの顔がほころぶ。「彼女たちと、そうなれたらって、思っているから。とてもうれしい」

 ――そんな顔するなんて……ずるい。

「ずっと一人で生きてきたから……どうすればいいのかわからなくて」

「一人で生きてきたって……」

「私は、アイドルが知られる前から、イドラ退治を生業とする一族に生まれたんだ。外の人間との接触を禁じられ、表舞台に立つことなくイドラを闇から闇に葬る使命を負う一族……」

「そんな人たちがいるんですね」

「……正確には、『いた』なんだけどね」

「それって、まさか」

「イドラに、私を除く一族の全員が殺されたの」

「そんな……」

「当時十歳だった私は、その光景を見ていて……あまりに衝撃的だったから、当時の記憶が混乱しているのだけれど、どうやら、物陰に隠れていた私だけが偶然助かったみたいで……」

「十歳で、一人に……」

「一族の縁故を頼りながらアイドル活動をして食いつないでいたら、ISCIと共闘する機会があって、それがきっかけでジュリアに拾われたんだ」

「ISCI直属のアイドル、なんですよね」

「うん。ソロでISCIの要人警護をしてきた。だから、カリスの後任として招集されて本当に驚いてね。初めてのユニット活動が不安だし、騒がしいと評判のナイセル義姉妹と一緒だとわかって、本当に憂鬱だった」

「それで、苦手な顔を?」

「そう。さっきのクレアと同じような顔をしていたんだと思う。それをジュリアに指摘されて……肯定したら、『ナイセル義姉妹は必ず君の力になってくれる』って断言してくれて」

「ディーナさんの力に……それは実現したんですか?」

「そう、だね。『一人』だと思うことが少なくなった。二人は裏表がなくて、とても付き合いやすいよ。なんでも正直に言ってくれる。そこがいい」

 ――わたしには、そういうところが怖い。きっと傷つけられる……

「もう少し近づいてみたらどうかな。きっと好きになれると思う」

 ディーナのゆったりとして動じない、優しさを秘めた表情が、メイと重なった。彼女はクレアを裏切っていじめの加害者となった。信じる気持ちは儚くて、すぐに憎しみに変わる。誰も信じられない。誰とも関われない。すべての人から逃げ出したい。

「がんばって、みます」

 クレアは、顔を伏せる。

「つらくてしょうがないときは、声をかけて。その痛み、ちゃんと自分のものにできるよ」

 クレアはいたたまれなくなって、立ち上がる。早口で「おやすみなさい」と言うと、ディーナをはじめ、残っている全員から「おやすみ」と返事があった。

 火の灯りが届く場所を離れて、暗闇を歩く。

 ――カリスに圧倒されたって、わたしはアイドル。わたしはいじめる側だ。

 闇に沈む校舎の影から、五年前のメイが突然現れた。目に映る光景が、校舎の屋上となる。

 ――フラッシュバック!

 クレアは立ち止まって聖杯を確認する。しかし、湧き上がってくる勢いは止められなかった。

「あっ! クレアじゃん。どした~? もうおやすみ?」

 軽薄な声。メイの幻影を突き破って、ジニーが現れた。フラッシュバックが急速に消滅する。

「……っ、おやすみ、なさい!」

 すれ違いざま、ジニーに挨拶をする。

 彼女に助けられたことが、なんだか悔しかった。

 ――わたしは……いつまでフラッシュバックに怯えなきゃいけないの……


 翌日。二日目の模擬ライブが終了したあと、ジュリアからブリーフィングに招集された。

 機材を持ち込んで、即席の作戦会議室に仕立て上げた廃校舎の教室に、キャメロットの四人、カリスの三人がそれぞれ教壇の右側、左側に着席する。クレアの後ろにマーリンが座ると、ジュリアが颯爽と入室する。教壇に立って、ブリーフィングの開始を告げる。

「それでは、はじめよう」

 黒板に設置した巨大ディスプレイが起動し、スライドが投影される。

「まずは、キャメロットのために、カリスの使命について説明する。大きく分けて三つ。『聖杯探索』、『神話型イドラの討伐』、『特別任務』だ」

 ジュリアが話しながらディスプレイをタップするとスライドが変化する。

「第一の使命は、聖杯探索。知っているとは思うが、これは、いわゆるスカウトだ。

 すべての人間の心には『聖杯』と呼ばれる領域がある。しかし、イドラと戦うためには、十分なアイドル資質を持った聖杯でなければならない。ISCIの発足以来、その基準を満たすものは、すべて女性のみで、男性は一人も確認できていない。また、一千万人当たり、三~四人だと言われている。

 一方で、現在、世界規模でイドラとの戦いが激しくなっていて……残念なことだが、大切なアイドルがイドラ化によって再起不能となってしまうケースが後を絶たない。

 今、世界にはアイドルが不足しているんだ。

 各プロダクションに対して、積極的にスカウト活動を行うよう指示を出している。だが、単独では対応しきれないことが多い。その状況をサポートするために、ISCIが国際的なスカウト活動をはじめることにした。これが聖杯探索だ」

 ルーティが手を挙げる。

「どのようにスカウトを行うのですか?」

 ジュリアがうなずいて再び説明する。

「現地に渡航し、そこで人を集め、探査する。これが基本方針だ。

 聖杯のアイドル資質を確かめるために特殊な聖杯連結を行う。この有効範囲は、熟練プロデューサーでも半径最大五百メートル。効率を上げるためには、現地に赴いて人に集まってもらう必要があるんだ。」

「よくわかりました。ありがとうございます」

 ルーティの反応を確かめて、ジュリアがディスプレイをタップする。

「それでは、次。第二の使命、神話型イドラの討伐について。

 神話型イドラとは、神話やおとぎ話に登場するような姿をして、一般の個体とは桁違いの力を持つイドラのことだ。これらの個体は、近隣の生活圏に災害レベルの被害をもたらすことがある。それを未然に防ぎ、拡大させないために、カリスを派遣し、討伐する。

 通常は聖杯探索と並行して行われ、討伐完了まで最長一か月のライブを行ったこともある。

 また、アイドルをむやみに失うわけにはいかないため、戦略的撤退を行うときもある」

 今度はナタリーが手を挙げた。

「神話型イドラってどれくらいいるんですか?」

「危険な個体はできる限り動向を監視している。しかし、すべてを把握できていない。名前の由来どおり世界各地で伝承されている神話やおとぎ話の数以上に存在するだろう。これについては、グレース、補足を頼む」

「はい。ほとんどの神話型イドラは永い年月を生きているため、疑似聖杯の発達によって知性を持っています。ですから、理由なく人里を襲撃するような個体はほとんどいません。

 しかし、最近は、ノヴム・オルガヌム所属の黒のアイドルから意図的に刺激されて、好戦的になっている個体が増えています。また、同組織の首魁マリアは、自身のパラノイアスキルによって強力な神話型イドラを産むことができます。その個体は人の言葉を理解できるため、命令に従って破壊活動を行う、というケースも出てきました。最近では、この『マリアの子ども』である個体と遭遇することが多いです」

「わかりました。もっとがんばって強くならなきゃ、ってことですね!」

「あっは! 期待しているぞ、ナタリー」

 思わず、という感じでジュリアが微笑む。

「グレース、ありがとう。それでは、最後。第三の使命、特別任務だ」

 ディスプレイが切り替わり、ジュリアが説明をつづける。

「ISCIは現在、グレースの説明にあったノヴム・オルガヌムへの対策に全力を挙げている。なぜなら、この組織には二つの脅威があるからだ。一つはイドラを統率し、同時多発的に都市を攻撃できる力があること。もう一つは、白のアイドルのイドラ化、もしくは黒のアイドル化を目的として活動していることだ。

 アイドル不足の状況で、白のアイドルの力を奪われるだけでなく、黒のアイドルとしてヘッドハンティングされると、勢力がひっくり返り、イドラ現象を防ぎきれない。

 そうなる前に、ISCIは、二年前からノヴム・オルガヌムへ攻勢をかけている。カリスは、その旗手となるアイドルとしての活動も行っている。これが特別任務だ」

「あのっ!」リンが大きな声で、質問する。「キリアさんたちが行方不明になったのは、この特別任務なのですか?」

「そうだ。詳細は明かせないが、最後に受け取った定期連絡では、キリアたちが強力なイドラと遭遇し、苦戦しているという内容だった」

「捜索活動は……」

「あれから二年……規模を縮小しながらだが継続中だ。しかし、未だに手がかりがない」

 リンが残念そうな表情でうつむく。それを見て、クレアは気づいたことを発言した。

「その『強力なイドラ』からたどることは……」

「そのイドラは特定済みだ。『デュラハン』と呼ばれる、黒い甲冑で身を包んだ人型イドラなのだが、そのイドラの周辺を探っても、キリアたちにつながらないんだ」

「もしかして、リンのオーディションの最終審査で戦った、黒騎士……?」

 クレアの言葉に、ジュリアが静かにうなずくと、キャメロットの四人が動揺した。

 ――あのとき全滅してもおかしくなかったのだろうか……。

 ジュリアが考えるようなそぶりをしたあと、ディーナに向けて言った。

「ノヴム・オルガヌムに所属するデュラハンのような強敵について補足してくれ」

 ディーナは寡黙にうなずいた。

「ノヴム・オルガヌムでは、『位階』で強さのランク付けをしています。その上位十三名が組織の中心的メンバーとなります。デュラハンの位階は、第七位です」

 ディーナが「それから……」と表情を固くした。

「第四位の神話型イドラ『リヴァイアサン』。奴は、私の一族の仇です。ものすごく巨大な蛇のイドラです。もし、情報があれば私にください」

 ――昨日の話だ。ディーナさん、すごく懸命な表情をしてる……

「ジュリア。そろそろ今回の作戦について話しましょうよ~」

 ジニーが急いた様子で話しはじめる。ジュリアが応えた。

「そうだな。ジニー、よろしく頼む」

「りょーかい! では……」

 ジュリアに代わって、ジニーが教壇に上がり、ディスプレイを一度タップした。

「今回、ここで討伐する神話型イドラは『サスカッチ』と呼ばれる二足歩行の獣人型。身長約八メートルで筋肉ムキムキ。全身に灰色の毛を生やした、いわゆるゴリラ、だね。ちなみに、コイツは『マリアの子ども』だよ。

 現在、捜索中で、発見次第アタシたちが出動ってことになってる。

 強さは、これまでに討伐してきた神話型イドラと比較すると……たぶん『中の中』って感じ。今のカリスなら、よゆー。でも……」

 彼女の軽薄な態度が、突然真剣な表情に変わる。

「キャメロットはぜったいに手を出しちゃダメ」

 クレアはジニーの変わりように驚いた。彼女の威圧感に気おされる。

「個体の強さだけなら、対抗できるかもしれない。でも、『マリアの子ども』だから、侮れないんだ。アタシたち三人が前に出る。キャメロットは後方で待機。いいね?」

 キャメロットの四人がうなずくと、ジニーの話し方や態度が元に戻る。

「待機っても、きっと忙しいよ。神話型イドラの周辺には、奴らを守るようなイドラの群れが出現するから。そっちはよろしく」

「了解」四人が応答すると、今度はグレースが声を上げる。

「互いのライブを共有するために、七人全員の聖杯をつなげましょう。あたしがまとめます。全員、あたしに聖杯連結を」

 クレアは、彼女に対して聖杯連結を行う。十数秒後、報告があった。

「ありがとう。完了しました。ちょっと試しに」心に直接グレースの言葉が届く。(あたしの声が聞こえますか?)

 七人の連結を確認したあと、ジニーが言った。

(せっかく聖杯連結するなら、言葉なしで伝達したいなぁ)

(そんなことできるんですかっ?)

 リンの問いにグレースが答える。

(あたしと義姉さんだけの聖杯連結ならできているんだけど……)

「絆を深めることが必要なんだよ。そうなれるように、ブリーフィングつづけるよ!」

 ジニーの元気な声が教室中に響きわたった。


「こんなとこ、かな」

 ジニーが説明を終え、教壇を降りた直後。ジュリアの端末に着信があった。彼女は表示を一瞥して応答する。十数秒の後、端末をしまったジュリアは、号令をかける。

「サスカッチ発見の連絡だ。この村の北方にある街の方へ向かって移動中だそうだ。街に近づく前に討伐する。全員出撃だ!」

「了解!」

 クレアは他の六人とともに教室を出て、駆け足で長距離輸送機の待機所へ向かう。

 ――ジニー、グレース、ディーナ。わたしとは正反対の人たち……

 聖杯連結で読み取られないように心を閉じる。

 ジニーたちの存在を認められなかった。いっしょにいると、なぜかイライラする。このままでは、神話型イドラとのライブで十分に力が発揮できなくなってしまう。

 ――このワールドツアーを成功させて、わたしはアイドルだって証明しないと……

 クレアはふと思い至る。

 ――そうか、逆だ。

 アイドルというのは、ジニーたちのようであること。そうでなければ、アイドルではない。

 そういうことなのだ。

 ――それなら……一刻も早く、イドラたちを退治しまくって、ジニーたちのような強いアイドルにならないとダメだ。いつでもいじめる側になれる強い存在にならないと……

 クレアは口もとにかすかな笑みを浮かべながら、輸送機のシートに腰を据える。

 これから訪れる試練を、クレアはまだ知る由もなかった――


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