第五章 「カリスの来訪」
「これってあまり良い状況じゃないよね」
ナタリーが後ろを振り返って言った。彼女の視線の先には、急遽設置された腰の高さほどある侵入禁止の柵。さらに、その向こう側には色めき立った数十名の観衆がいた。
「こっち向いた!」「王子様~」「かっこいい!」
そちらに向けてナタリーが手を振ると、その声はさらに大きくなった。
「ナタリー、前を向いて!」
ルーティがナタリーをたしなめたあと、苛立ちまぎれにマーリンに問う。
「カリスの到着日時って、完全非公開でしたよね?」
クレアがフラッシュバックを起こした日から一週間が経った。今日はカリスが来訪する日だ。ルーティの言葉通り、キャメロットの四人とマーリン、その他プロダクション関係者、全員合わせても十人ほどで静かに出迎える予定だったが、空港の到着ロビーにはすでに数百人の観衆がいて、ゲートが開くのを心待ちにしている。
「はい。そのはずだったんですが……」
「警備の方までいますよね?」
ルーティがさらに尋ねると、マーリンは周囲を見回して答える。
「どうやら、空港側もこの状況は想定済みだったみたいです」
「まぁまぁ、ルーティ。僕たちも協力して警備すればいいんだよ」
「よろしくお願いします、ナタリー。これだけの人数なら、万が一の事態がありますから」
到着予定時刻を過ぎた。喧騒の雰囲気が変わる。期待の高まりと緊張感が伝わってくる。
――参加できて、良かった。
クレアは、マーリンとの約束通り、聖杯の精密検査を受けた。
聖杯については、未だ研究中で、解っていることの方が少ない。聖杯の所在についても同様で、脳内の前部帯状回と呼ばれる領域に存在する「巨大紡錘神経細胞」が聖杯の機能を司っている、というのが通説となっている。
精密検査では、さまざまなアドミレーション刺激に対して前部帯状回を中心とした脳のニューロンネットワークがどのような反応を示すかをfMRIで画像マッピングしたり、聖杯連結を伴ったカウンセリングで直接聖杯にアクセスして異常な箇所がないかを診断したりする。
検査結果は「要観察」だった。機器を用いた検査では、異常は認められなかった。しかし、カウンセリングの際、再体験した過去をマーリンに話したところ、その記憶が聖杯の中で上層に浮かび上がっていて、フラッシュバックを起こしやすくなっていると診断された。
自覚症状以外の異常は見つからなかったため、予定どおり、ワールドツアーに参加することを決めたのだが、クレアはメイとの再会以来しっかりと眠れなくなっていた。
「あ、ふ……」あくびを噛みころす。
――朝から、少しだるい。
「クレア先輩も眠れなかったんですか?」右隣のリンが、クレアに話しかける。「実は、私もです。でも、こんな近くにファンのみなさんがいたらテンション上がりますよねっ! カリスのみなさんにも会えますし。ドキドキが止まりませんっ」
「そう、だね。わたしも同じ」
ナタリーたちには、検査結果を伝えていた。しかし、体調が良くないことは黙っている。
リンに見透かされて動揺したが、彼女の言うとおり、これほどの人たちに慕われると、体のだるさなんて気にならない。一週間前に覚えた優越感が妄想ではないとわかり、気分がいい。
「わたしたちって、有名になったんだね」
「そう、みたいですねっ。なんだか照れちゃいますけど」
――今までにも、こんな場面はあった。もっと前に、気づいていれば……
左から軽快な電子音が聞こえた。マーリンが端末に指を滑らせ、画面を確認して言った。
「カリスの登場だ。周囲の警戒をよろしく」
「了解」
到着ロビーのゲートがゆっくりと開く。
わぁっ、と背中を押されるような圧倒的な歓声が沸き上がる。想像以上で呆気にとられながらも、瞳は、この熱狂を巻き起こす三人の女性に惹きつけられた。
「みんなっ! おまたせー!」
身長がクレアと同じくらいの女性が、手を大きく振りながらゲートから飛び出し、ニヤッと笑って投げキッスをした。後ろからは「ジニー!」と叫ぶ声が何度も聞こえてくる。
濃いブロンドで、ゆるくウェーブがかかったロングヘアの彼女は、ISCIの制服をかなり着くずしていた。浅黒い健康的な肌が露出している。引き締まったお腹だけでなく、大きく手を振るたびに揺れる胸元も谷間が見えていた。
――見ている方が、恥ずかしい……
マーリンからもらったプロフィールを思い出した。ヴァージニア・ナイセル。
ヴァージニアと呼ばれることはまれで、愛称のジニーと呼ばれることが多いそうだ。
「ジニーさんの後ろが、義妹のグレースさんですね」
リンの言葉を聞いて、視線を移す。
「義姉さんっ! そんなにアピールしちゃダメだよ」
「なに言ってんの、グレース。これもアタシたちの仕事じゃん」
「それは、そうなんだけど……」
ファンサービスをするジニーを止めようと、グレースがあわあわしていた。
すらっとした長身に良く似合うパンツスタイルの制服。黒髪のショートヘアの小さく整った顔立ちは、清潔感があってスキのない異国のトップモデルのように見える。
グレースがゲートの方を振り返って声をかける。
「ディーナ、義姉さんを止めるの手伝ってよ」
「……ジニーらしくていいじゃない」
往来するジニーを一瞥して、ふふっと笑ったのが、最後の一人、ディーナ・ヴァインベルクだ。さらさらと光の粒が流れるような銀髪のボブカット。白い肌で均整の取れた肢体。どこか機械的とも言える不思議な雰囲気は、おとぎ話に出てくる人間に似せて作られた人形のようだ。しかし、スカートとニーハイソックスの間から覗くふとももは十二分になまめかしい。
無口なのだろうか。彼女はぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
「代わりにアピールしてくれている。そう思えばいい」
突き放すような言葉だったが、話す顔はとてもやさしく見える。
「けど、ジュリアが到着ロビーですることがあるって――」
そう言いながらグレースがディーナに近づくと、ジニーが二人を呼んだ。
「おーい。二人もこっち来ていっしょにするし! 三人でやんないと終わんない~」
ジニーは観衆が突き出すペンを持ってサインをつづけている。グレースが呆然として言った。
「はぁ……義姉さん、勝手にはじめないでよ~」
グレースが頭を抱えながら、ジニーの元に駆けていった。
「すっごい人気だね」
観衆の熱狂にかき消されないように声を張るナタリーに、リンが応えた。
「トップアイドル間近って……なんというか、もう少し威厳あるのかな、と思ってましたけど、そうでもないんですね」
クレアもそう考えていた。あまりにもイメージと違い、残念に感じている。
ルーティが補足する。
「ナイセル義姉妹がトップアイドル間近なのは間違いないよ。ディーナさんは――」
ゲートからISCIの制服を着た事務方と思われる六名と、その彼ら彼女らとは段違いの威厳と迫力を持った一人の女性が現れた。射すくめられそうな切れ長の瞳はまっすぐ前を向き、青みが強い黒のロングヘアは濡れているようでとてもあでやかに見える。彼女の長い脚にはパンツスタイルのレディーススーツがよく似合っていた。
マーリンがルーティの言葉を継ぐ。
「ディーナさんは、小さなころから、あのジュリアのボディーガードを務めていたアイドルです。実力と経験なら、ナイセル義姉妹以上でしょう」
ジュリアがこちらにゆっくりと近づいてきて、マーリンに向かって右手を差し出す。
「ひさしぶりだな、マーリン。今回はよろしく頼む」
「はい、こちらこそ。キャメロットをよろしくお願いします」
握手を交わしたあと、ジュリアがキャメロットの四人に向き合っていく。
「ナタリーとルーティは、以前も会っているね。今回もよろしく」
「はい、よろしくお願いします」二人の声がそろう。
「君が……クレアだね。会いたかったよ。君の才能、たくさん見せてくれ」
「は、はい。ありがとうございます」
「リン。君にはとても期待している。存分に力を発揮してほしい」
「はいっ!」
ジュリアが順番に握手を交わし、最後にリンの肩を励ますように、ぽんと叩く。
ファンたちの歓声がおさまらない。カリスの三人が笑顔でファンサービスをしている様子をジュリアが鋭い視線で見やる。マーリンが言った。
「このような状況になり、申し訳ありません。今日の到着が、漏れてしまったようで……」
「……いや、それは気にしないでいい。それより、ここにはあとどれくらい留まれる?」
「えっ? ここで、なにかされるのですか?」
「ジニーがファンサービスにもう少し時間がほしい、と言ってきたのでね」
「そう……ですね。三十分くらいなら」
「ありがとう。せっかく集まってもらったんだ。なにもなし、というのは寂しいだろう」
ジュリアがそう言ってカリスの三人の方を見ると、ほとんど同時にジニーが振り向いた。何かを企むように不敵な笑みを浮かべたあと、彼女はすぐにファンへ向き直り、きらきらした笑顔でカメラのフラッシュを浴びる。
――すごく惹かれる。けど……
クレアは、カリスの三人が放つ輝きに目を奪われていた。しかし、その一方で三人が苦手だと直感する。あまりにも自分とは異なる雰囲気と行動は、五年前の同級生たちに似ていた。
憧れと怖いもの見たさ。その二つが混ざり合っていた。
ジニーが何かに気づいたように柵の向こうに並ぶ観衆をぐるりと確認する。「ちょっとゴメンね!」と言いながら、柵を乗り越え、一点めがけて突き進んだ。
パニックになることを警戒して、キャメロットの四人に緊張が走る。しかし、ジニーの懸命な表情を見て察したのか、観衆たちは、静かに海を割るように道を開けた。
ぽっかりと空いた空間には、成人男性と十歳くらいの小さな女の子がいた。その子は、腕をだらりと下げ、ふらふらと落ち着かず、意識がもうろうとしている。ジニーがそこに駆け付けてしゃがみ「大丈夫?」と声をかけたが返事がない。少女の後ろにいる男性もうろたえている様子だったが――
ジニーが突然、輝化武具を現す。すらりと長い銃身を持つ西部劇でおなじみのウィンチェスターライフル。それを男性のあごに突きつけた。彼がぴたりと動きを止める。
「あんたさぁ、アタシたちの前で聖杯を侵そうだなんて、度胸あるね」
「コ、コノショウ、ジョガ」
「あぁ? とりあえず、ちゃんと言葉しゃべれし」
「ド、ウナッテモイ、イノカ?」
「あんたがなにかする前に」ジニーが、ぎろりとイドラをにらみ、ぐいっとライフルの銃口をさらに押し付ける「アタシが消滅させてやるよっ!」
静まり返った到着ロビーにジニーの大きな声が響く。男性が顔を歪ませた。表情ではなく、形のことだ。女の子の背中から何かを引き抜く。ちらと見えたのは、腕から生えた真っ黒な「イドラの角」だった。
イドラの角は、イドラのコアとも言える疑似聖杯が形を変えたものだ。イドラが積極的に対象の聖杯をイドラ化しようとする行為「聖杯浸食」を行う際、聖杯が角として体外に露出する。対象にその角を突き刺し、そこからイドラ・アドミレーションを注ぎ込むのだ。
男性の体から色と凹凸が消えていく。のっぺらぼうの黒いマネキン姿に変貌した。
――人間に擬態する人型イドラ! たしか……擬態者〈ミメシス〉!
クレアたちキャメロットのメンバーは誰も気づけていなかった。これほど多数の熱狂する人たちのなかで、一個体のアドミレーションを特定するのは、かなりの技術が必要なのだ。
「ニ、ニゲ、ル」そう口にしたイドラが突然、女の子を前に突き飛ばす。
ジニーがあわてて意識を失った女の子を抱きとめる。しかし、体勢を崩してしまったため、突きつけたライフルがイドラから逸れてしまう。その隙に、反転したイドラは空港出口に向かって走り出した。
「逃がすかよ!」
ジニーはライフルを輝化解除して、代わりに若葉のような色をしたアドミレーションのかたまりをにぎる。それはアドミレーションの一本鞭に変化した。走り去ろうとするイドラに向かって、それを勢いよく振るう。
鞭の先端が空気を切り裂いてイドラに迫る。ばちぃっ、と音を立てて背中に当たった。イドラはその衝撃でつんのめるが、体勢を戻して再び走り出す。しかし、その直後、急によろよろと力をなくし、走ることをやめ、ゆっくりとその場に膝をついてしまった。
「グレース、ディーナ、お願い!」
鞭をアドミレーションに戻し、少女を抱きかかえるジニーの両側からグレースとディーナが飛び出した。
「了解っ」グレースが紫色のアドミレーションを両手から発する「まずはあたしから!」
イドラの周囲の空間に、手のひら大のフィールドが現れ、そこから紫色のロープが飛び出した。イドラにするすると巻き付き、数秒で体を拘束する。逃走しようともがく動きをロープ自体が蠢動して完全に封じてしまった。
「ディーナ!」
観衆のすべてが見守る到着ロビーに、規則正しいリズムでパンプスのヒールが鳴る。ディーナが左手に銀色のハンドガンを持って、イドラを見下ろす位置に立つた。
「わかった」
簡潔にそう答えたディーナは無言でイドラを蹴り倒し、銃口をイドラの胸部に向け、左手から銀色のアドミレーションを発現した。その光はすぐに水銀のような物体に変わる。トリガーに指をかけると、左手にまとった水銀がハンドガンに吸い込まれた。彼女が、人差し指を曲げる。
水鉄砲に似たプシュッ、という音が響く。撃ちだされたのは、水銀を圧縮した弾だった。それを胸で受け止めたイドラは、拘束されたままボロボロと体が崩れ、消滅する。
「終わり」
ディーナがハンドガンを輝化解除しながら、一言つぶやく。グレースが右手を掲げた。すかさずディーナがハイタッチと笑顔を交わす。グレースは、周囲を確認して声を張った。
「ライブ終了です!」
弾けるように、わっ、と歓声が上がる。助けた女の子を事務方に預け終えたジニーが「みんな~っ!」と観衆に呼びかけた。
「突然のライブになってゴメンね! でも、興奮したっしょ? これからもみんなのことドキドキさせるから、応援ヨロシク!」
「ありがとう!」「イドラとのライブ、生で見たの初めてだよ~」「英雄じゃん。すげぇ!」といろんな言葉で、カリスの三人が称えられている。
「それじゃ、また今度! もう周りにイドラはいないから、安心して帰ってね~」
ジニーがそう言うと、カリスの三人は手を振りながら、一般客とは別の出口に向かっていく。
「さあ、私たちも出発しようか」
興奮冷めやらずざわつく到着ロビーで、ジュリアがアヴァロン・プロダクションの関係者とISCIの事務方に声をかけた。
クレアたちは今の嵐のようなライブに呆然としていた。ナタリーがようやく口を開く。
「すご……」
「もう少しはっきり表現しなさいよ、ナタリー。……まぁ、でも言いたいことはわかるわ。力はもちろんだけど、奔放さっていうのかしら。いろいろと規格外ね」
マーリンが先を歩くジュリアに追いついて、頭を下げた。
「申し訳ありません。出入りのチェックが甘くなり、イドラの襲撃を許してしまいました」
マーリンと肩を並べて歩きながら、ジュリアが唐突に言った。
「君だけの責任じゃない。私も君に謝らなければならない」
「そ、それは、どういうことですか?」
「先に断っておくが、イドラの襲撃は本当に偶然だった。しかし、観衆がこれほど集まったのは私の所為だ。実は、私たちの到着時刻をリークしたのは、私なんだ」
「えっ!」マーリンと同じ驚きを、二人の会話を聞いていたクレアたちも味わった。
ジュリアが説明をつづける。
「ワールドツアーの最大の目的は『聖杯探索』。世界中に埋もれているアイドルをスカウトする。そのためには、たくさんの人と出会い、聖杯を確認しなければならない」
「カリスの到着日時を公開して、わざと人を集めた、ということですか?」
「そうだ。おかげで多数の人が集まり、かなりの聖杯を確認できた」
「しかし……今回は無事でしたが、下手をすれば事故が起きていた可能性があります」
「空港側への協力要請など、不測の事態に備えて準備は行っていたが……君の言うとおりだ。今回は少し配慮が足りなかった」
ジュリアはマーリンに向かって「真摯に反省する」と頭を下げた。
「わかりました。次からはよろしくお願いします」
ジュリアが厳粛にうなずく。その直後、表情を変えて、話題も変える。
「今回は危ない橋を渡ってしまったが、収穫はちゃんとあったぞ」
「スカウトのこと、ですか?」
ジュリアが「ああ」と言い、後ろからついてくるISCIの事務方に連れられた女の子を見やる。ジニーに助けられた少女だ。クレアも拙いながら彼女の聖杯を確認する。アイドルとしてイドラと戦うことができる聖杯を持っていた。
「あの子は立派なアイドルになれる。彼女へのアプローチよろしく頼むよ」
「わかりました」
クレアたちは、出口付近でカリスの三人に追いついた。後ろを振り向いたジニーが気づき、グレースとディーナを引き留めたあと、目をきらきら輝かせながら、興味津々といった感じでキャメロットの四人に話しかけた。
「へぇ~、動画とは印象ちがうねー。あ、そうだ。アタシはジニー。よろしく」
「はいっ」ナタリーが代表して応える。「今回はよろしくお願いします!」
「リーダーのナタリー! うんうん、実物の方がかっこいいかも」
ジニーがキャメロットの四人を順番に、瞳に納めていく。
「となりがルーティ。うわ、すっごいきれい。それから、リン。小っちゃくてかわいい!」
クレアとジニーの視線が交わる。
すべてを見透かされてしまいそうな不思議な感覚がして、少し身構えた。
「それで、あなたがクレア。おっきいね~アタシと同じだ! ん~、もしかして、ちょっと疲れぎみかな? ダメだよ~体調は万全にしておかないと」
にこりと微笑んでジニーが後ろを振り向き、今度はグレースとディーナにキャメロットの四人の前で自己紹介するように言った。しかし、クレアには二人の声は届いていなかった。
――なんで、わたしだけディスられてるの? むかつく……
クレア以外の六人がわいわいと会話を始めると、ジュリアがパンと手を叩いた。
「移動するぞ。交流の時間は用意している。そこで存分に話してくれ」
彼女の一言で、アヴァロン・プロダクションとISCIの一行は、出発の準備を開始する。事務方があわただしく行き交い、大型トレーラーや送迎用の大型車がやってきた。
「……ジニー・ナイセル」
――カリスなのに、あんなに軽薄で、他人に配慮もしないなんて!
クレアの心に怒りが芽生える。
ジニーは、グレースやディーナと他愛もない話をしている。アイドルは、いつ何があるかわからない。それなのに、笑顔をはじけさせて心の底から楽しんでいるように見えた。
――あんな人がトップアイドル間近だなんて……認めたくない。
どうして誰かの前でこんなにも堂々としていられるのか。どうして思うままに言葉を発することができるのか。理解できない。
――いつでも、どこでも……ああいう人が、わたしの邪魔をする……
クレアは、寝不足でぼうっとする頭を振って、思考を改める。
「わたしもアイドル。彼女たちと同じ力で、世界を救うアイドルなの……」
ようやく、クレアの心が晴れてきた。
――わたしだってジニーみたいになれる。その資格がある!
「クレア先輩? なにか言いましたか?」
突然の呼びかけに驚いた。気づくと、リンが心配そうにクレアの顔を覗き込んでいた。
「えっ? わたし、なにも言ってないけど」
「あっ、すみません。勘違いだったかな……」
「ワールドツアー、いよいよはじまるね」
クレアが話を変える。リンの瞳がきらきらと輝きはじめた。相変わらず表情豊かだ。
「そうですねっ。いろんなことを学んで、無事にやり遂げましょう!」
「キャメロットなら、必ずやり遂げられる」
「はいっ」
クレアは、リンに見えないように、送迎車に乗り込もうとするジニーをにらみつける。
――そうだ。必ずやり遂げて……わたしが変わったことを、絶対に証明してやる。