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第十五章 「最後の一撃」

「もう一度ねじ伏せてやる」

 両手に生やした龍の爪をさらに輝かせて、レヴィが一歩踏み込む。クレアの意識が向き合う彼女に集中する。

 クレアが、レヴィとのダンスに再び身を投じたとき、聖杯連結で鋭い声が届いた。

(カリス! キャメロット!)

 ジュリアの声だ。意識の端で、やり取りを把握する。

(グレースです! ディーナの容体は……)

(まだ、予断を許さない状況だ)

(そう、ですか……)

(そのディーナから伝言がある。聞いてくれ)

(わかりました。お願いします)

(レヴィの輝化スキルについてだ。ディーナは、彼女の疑似聖杯に『攻性の聖杯連結路』を残したらしい。これで、輝化スキルの自律発動が阻害されているはず、と言っている)

(それはこちらでも確認済みです。すでに戦術に織り込んでいます)

(そうか。それなら、あと一つ。レヴィが輝化スキルを意図的に強く発動した場合、その聖杯連結路が破裂して、疑似聖杯を一時的に機能停止させるようだ)

(ディーナが、そんなことまで……)

(彼女が遺したチャンスを無駄にするな。全員でこの苦難を乗り越えろ)

 ジュリアからの聖杯連結が途切れた。グレースが別の聖杯連結をつなぐ。

(ルーティ、動ける?)

(はい……なんとか。こちらの三人も戦線に戻ります)

(ディーナの伝言、聞いたよね。また、戦術を――)

 ルーティが間髪入れずに応えた。

(もう、はじめています。グレースさんは、ナタリーとリンのサポートを)

(頼もしいね。わかった。二人のことは任せて)

 クレアの視界に、膝をついたナタリーとリンが映る。二人の体に紫色のロープが巻き付き、バフのアドミレーションが作用した。

 隣では、青いアドミレーションに包まれたルーティが、左手を開いて突き出し、右手をこめかみに当てて、じっとステージを観察している。すべての白のアイドルとレヴィ、ここまでの戦況、周囲の環境、過去の記録――コンクエストスキルによって、あらゆるものを入力し、思考と直感を組み合わせ、試行を重ねる。そして、そのサイクルを加速させる。

(義姉さん、大丈夫?)

 グレースが、ジニーの元に駆け付けたようだ。

(っぐ、う……へーき、だし。すぐに、クレアの加勢を……)

(ちょっと待って。今、治療のアドミレーションを……)

(グレースさん、戦術が整いました)

(早いね、ルーティ。聞かせて)

(レヴィにパラノイアスキルを使用させます)

(ディーナの罠を発動させるんだね)

(はい。まず隊形を変えます。前衛がクレアとナタリー。遊撃はグレースさん。残りのジニーさん、リン、私は後衛です)

(アタシが後衛だって!?)

(義姉さん、静かに。それぞれの役割は?)

(後衛がアンコールバーストの準備。その間、前衛がレヴィを押しとどめます)

(遊撃の私は?)

(前衛のサポートと後衛の守り。それからアンコールバーストの準備もお願いします)

(そうか。私のアンコールバーストは、複数のアドミレーションを集束できる……)

(はい。後衛三人のアンコールバーストをグレースさんが集束。ジニーさんが、その莫大なアドミレーションをレヴィの至近で放つ)

(見過ごせない威力の攻撃となるはずよね。それでレヴィがスキルを行使したら……)

(ディーナさんの罠が発動。疑似聖杯の異常で、ライブ続行不可となり、撤退できます)

(うん。それしかないと思う。義姉さんはどう?)

(オッケー! 最後の一撃必ず当てるよ!)

 リンが声を上げる。

(私のぜんぶ、ジニーさんにあずけますっ!)

(任せてっ! ルーティも、出し惜しみなしだよ!)

(はい。ナタリー、後衛三人分の障壁をちょうだい)

(了解! 僕もクレアに負けてられない!)

 そんなやり取りのさなか、レヴィの猛攻は途切れなかった。繰り出される体術の威力とペースが上がる。クレアも「逃走」と「闘争」を切り替えるペースを上げた。

 しかし、レヴィの動きが上回る。正面からは龍の爪、頭上からは龍の尾、背後からはリンの投げ槍のような六本の楔に囲まれた。

 ――どうするっ!

 と考える間もなく、頭上で、がぎぃっ、という音がした。

 上をちらと見ると、ナタリーの障壁が龍の尾をはじいていた。レヴィの爪を、鮮血の結晶で受け止める。背後の楔は紫のロープが巻き取っていた。

「義姉さんたちの準備完了まで持たせるよ。クレア!」

「はいっ!」

 グレースが両手を前に突き出した。ロープの先にある六本の楔が再び動き出す。どうやら操っているようだ。楔が宙を機敏に泳ぎ、レヴィを取り囲むと、彼女に向けて射出した。

 しかし、レヴィはもたげた龍の尾を、先端が視認できないほどの高速で振り回し、六本すべてを撃ち落とした。ふう、と息をついた彼女の視線が、クレアたちの後方へ移る。

「そうか」レヴィが、ふっ、と笑う。「お前たちの企みなど、吹き消してやる!」

 後衛の三人がアドミレーションを蓄えているのを見て、作戦の一端に気づいたのだろう。レヴィは再び大量の髪を生やし、そのすべてを右腕にまとわせる。

「ここは通さない!」ナタリーが前に出て、勇ましく宣言した。「アンコールバーストっ!」

 右腕に黄色の輝きが集まり、手甲と腕のプロテクタが大きくなる。

 レヴィの右腕には禍々しい黒龍が宿る。そのあぎとが莫大な黒いアドミレーションを食む。

 ナタリーはさらに障壁を重ね合わせて、軽自動車並みに膨れ上がった右拳をかついだ。

「真っ向勝負!」

 ナタリーが巨大な拳を突き出す。

「身の程を知れ!」

 レヴィも龍のあぎとを突き出す。

 クレアとグレースが退避した直後、二つがぶつかり合った。黒と黄の輝きが重なり、ひしゃげて炸裂する。轟音、そして暴風。アドミレーションが散り乱れ、衝撃が四方に飛ぶ。

 その余波を受けとめながら、ナタリーの挑戦、その結果を見守った――

 アドミレーションの嵐が晴れた。二人は、まだ立っていた。

 しかし、ナタリーだけがどさりと倒れる。それを見下ろしたレヴィが龍の爪を振り上げた。

「ナタリーさんっ!」

 クレアは、衝動的に飛び出した。レヴィが迎撃しようと楔を放つ。フライトで避け、大股で一心不乱に駆け抜ける。飛来したもう一本の楔を避け、槍を構えて彼女の懐に踏み入る。

 待っていたのは、あざけるように笑う彼女と、左腕の小さな龍だった。

 ――しまったっ!

 慌てて鮮血のアスタリウムを生成する。しかし、成長が間に合わない。

 再び黒の輝きが炸裂する。クレアの体がはじき飛ばされ、地に叩きつけられる。

 気を失って楽になりたい。そう思うほどの激しい痛みを必死でこらえる。後衛の三人を守らなければいけない。手をつき、膝を立てて、起き上がる。しかし――

 レヴィが後衛の三人の方へ向かって走り出す。

 ふらつく脚は言うことを聞かない。くず折れて、泥が跳ねあがる。

(みんなっ! 逃げてっ!)

 クレアが叫ぶ。それに応えたのは、ジニーだった。

(クレア! ナタリー! ナイスファイト!)

 青、橙、緑。レヴィの向こうに三つの巨大な輝きが見えた。そこに、紫が加わる。

(アンコールバースト)

 グレースの宣言で、彼女の両手から紫色の鎖が一本ずつ現れた。じゃらっ、と音を立てて、リンが作った巨人の投げ槍とルーティが生成した特大の冷気のかたまりにつながる。

(義姉さん!)

 ジニーがうなずくと、グレースはウィンチェスターライフルに両手をふれた。

 二本の鎖のもう一端がライフルに接続される。橙と青のアドミレーションが緑の輝きに向かって移動し、三つの輝きは相剋せずに混ざり合った。

 白く輝きはじめたライフルを右手で持ち、マフラーを左腕に巻き付けたジニーが言った。

(すごい力……けど、これならイケる!)

(最後、よろしくお願いします)

 そう言って、ルーティが力尽きて倒れる。リンが彼女を抱きとめ、グレースとともにさらに後方へ退避した。

 ジニーは、レヴィに向かって真っすぐ飛び出す。

(最後の一撃、絶対に決める!)

 レヴィが立ち止まり、ジニーを近づけさせないように、釘大の楔を大量に放つ。

 押し寄せる楔を見たジニーは笑った。口を吊り上げた挑戦的な笑み。速度を緩めずそのままの勢いで踏み込む。輝化防具に楔がぶつかり、金属を削るような甲高い音が響く。

 聖杯連結の声が届く。(まだ、やれる?)声の方を見やると、鎧も体もぼろぼろになったナタリーが立ち上がっていた。その姿を見て、再びアドミレーションが湧いてくる。(やれます)と伝え、クレアも膝を立てて一息に立ち上がる。

 ナタリーとともにうなずき合って、レヴィの元へ走る。

「追いつい、た!」

 先行したナタリーがレヴィの左脚に飛びつく。バランスを崩そうと必死に体重をかける。

「おのれ!」

 レヴィが楔を放つことをやめ、ぶら下がるナタリーをむしり取って、投げ飛ばす。

 その隙に、クレアも詰め寄る。ジニーがレヴィの元にたどり着くまで、あともう少し。クレアは、お腹に力を込めてふらつく体を支え、槍を抱えて突撃する。

「お前もかっ!」

 レヴィは槍を受け止め、クレアごと振りかぶり――

「そん、なっ……うわっ!」

 槍を持ったままジニーに向けて投げ飛ばされた。

「クレアっ!?」

 このままではジニーにぶつかる。さらに、レヴィが楔を生成する。今度は一本だけ。しかし、クレアの長槍と同じくらいの長さがある。

「これで、仲良く串刺しになれ!」

 楔が放たれた。クレアはとっさに、圧縮させた紅い蒸気を両手から解放する。

 ばしゅっ、と噴き出した蒸気で横方向のベクトルが生じ、クレアは空中で方向転換。ジニーとの衝突を回避した。受け身を取って落下の衝撃を和らげ、湖畔を転がる。

「いいね! クレアっ。やっぱ、避けるのも大事!」

「そのまま蒸気の中へ入ってください!」

 紅い蒸気は鮮血のアドミレーションが気化したもの。だから、紅い煙の尾を引いてジニーが蒸気から飛び出したとき、全身が紅くきらめいていた。

「これは、クレアの……」

 ジニーがマフラーを巻き付けた左手を突き出すと、全身に付着した鮮血のアドミレーションが集まり、結晶化した。その手で楔を受け止める。結晶が衝撃を吸収し、勢いがなくなったところで投げ捨てた。

「ようやく、たどり着いた!」

 ジニーがレヴィの懐に潜り込む。突き出された銀色の右拳を若草色に輝く左腕で防ぐ。

「ぐっ!」

 その衝撃でレヴィから突き放されてしまったが、ジニーは構わずトリガーを引いた。

「みんなの、アンコールバーストだ!」

 白く輝く巨大な弾丸が放たれる。ジニーはその反動で突き飛ばされて、湖畔を転がった。

「そんなものっ!」

 レヴィがパラノイアスキルを発動した。敵性アドミレーションを減衰させるフィールドが、白い弾丸の方向にだけ現れる。

 指向性のある任意発動の方が、減衰率が上がるようだ。白い輝きが急速にしぼんでいく。

 しかし、突然レヴィが頭と胸をおさえて苦しみだした。

「ぐ、うっ! なんだ、これはぁっ!」

 レヴィの体からおびただしい量の黒い霧が立ち上る。イドラ・アドミレーションが拡散していた。銀色のプロテクタもぼろぼろになり、パラノイアスキルも霧散した。

 ディーナの言ったとおり、レヴィのアドミレーションが乱れ、白い輝きを阻むものがなくなった。クレアは、ジニーとともに叫ぶ。

「いけぇぇぇっ!」

 弾丸がレヴィに届いた。かぁっ、と湖畔すべてを照らす閃光を放って炸裂する。力強いアドミレーションの奔流を上空に向けて解き放った。

「ぐぁあっ――――――!」

 圧倒的な輝きが視界を焼き尽くし、やがて消失した。

 きっと、カリスのような実力者たちでも、これほどのアドミレーション攻撃を経験したことはないはず。しかし、神話型イドラはクレアの想像をはるかに超える存在だったらしい。

 レヴィは、まだ立っていた。

 ゆっくり前進して、ジニーに向けて拳を振り上げる。

 クレアたち全員は死力を尽くして戦い抜いた。もうレヴィを止められるアイドルはいない。しかし、ジニーはライフルを杖代わりにして、立ち上がった。

 ――ディーナができたなら、私にも……

 肉声なのか、聖杯連結なのかはわからないが、ジニーの声を聞いた。クレアは、彼女が何をしようとするのか、すぐに理解した。

 ――聖杯浸食されようとしている……

 意識がジニーとレヴィに集中する。きぃん、と耳鳴りが聞こえ、「鬼」の感覚が近づいてきた。しかし、まったく怖くない。怖いのはジニーが遠くへ行ってしまうことだ。

 立ち上がると、バイザーが鬼の面に変形し、輝化防具にあるすべての噴出口が一斉に開いた。

「わたしが、レヴィと向き合うっ!」

 クレアは、ジニーの前に出て、残りすべての紅い蒸気を解放した。

 蒸気の力を上乗せした槍がレヴィとの距離を一気に詰める。

 そして、彼女の胸元に到達した。

「ぐふっ! ふ、うぅ……」

 膝をつくレヴィ。クレアも槍を手放し、その場に倒れた。輝化が解除されて槍と鎧のすべてが一度に消失する。

 ――まだ終わってない。

 手をついて立ち上がろうとすると、後ろから支えられた。

「おつかれ。クレア」

「ジニーさん……レヴィは?」

「アドミレーションは残ってる。でも、今は聖杯がまったく機能していない」

「良かった」

 心の底から吐き出すように言うと、振返ってジニーに抱き着いた。

「クレア?」

「本当に、良かったです」

「うん……止めてくれて、ありがと」

 今度はジニーがクレアを抱きしめる。ゆっくり一呼吸して、彼女が言った。

「さ、今のうちに撤退だ」

「はい」

 ジニーとともに、後衛の三人に合流しようと歩き出す。

 そのとき、ジュリアからの聖杯連結が突き刺さり、鋭い声が届いた。

(気をつけろ! ディーナがそちらに向かった。彼女はもう……黒のアイドルだ!)

 驚く間もなく、イドラ・アドミレーションに包まれた黒仮面のアイドルが目の前に舞い降りる。軍服風のゴシックドレス。背負っているのは、身長と同じくらい長大な十字槌だ。

「ディーナ、なの?」

 ジニーが黒仮面のアイドルにライフルを向けて尋ねる。彼女は、黙ってうなずいた。

「そっか……」これまでに聞いたことのないジニーの悲しい声だ。「ジュリアの処置は間に合わなかったんだ」

 ディーナが膝をついたレヴィの元に近づき、彼女を横抱きにした。「帰りますよ」とつぶやくと、レヴィがつらそうに腕を上げて、黒仮面の上から頬を撫でる。

「大きくなったな……思い出したか?」

 その言葉に、ディーナは優しくうなずく。そして、レヴィを抱えたまま森の奥へ歩き出した。

 ジニーが声を上げる。

「絶対に、連れ戻すから!」

 闇に消えかけたディーナが足を止める。振り向いて、微かにうなずく。

「待っているよ。ジニー、グレース……」

 それだけを言うと、黒仮面の少女は深い闇に紛れて、湖畔のステージから退場していった。


「終わった、おわった~」

 森の奥をじっと見つめていたジニーが、伸びをしながら言った。

 激しいライブで泥だらけになった彼女の顔には、涙のあとが刻まれていた。おどけた言葉とのギャップが痛々しくて、見ていられなかった。

 なんと声をかけて良いかわからない。しかし、ジニーの気持ちをともに感じることができているはずだった。それを少しずつ伝えていく。

「クレア、歩けそう?」

「はい……」

 ジニーが後ろを振り向く。

「あ~、グレースが泣いちゃってるよ。なぐさめてやんないと……」

「ジニーさん」

「ん、なに?」

「わたしも、ディーナさんと会いたい、です」

 向き合った瞳が寂しそうに揺れる。

「だから、わたしも、ディーナさんを連れ戻すために、がんばります」

 ジニーが目じりに涙を溜めて、にこっと笑う。

「ありがと、クレア。ちゃんと伝わったから、そんなに……泣かないで」

 クレアも気づかないうちに涙を流していた。いくつもこぼれ落ちる涙をぬぐっていると、柔らかい体とバラの香りにふわりと抱きしめられる。ぽんぽんと背中を軽く叩かれ、さすられると、次第に心が落ち着いていった。

「みんなのところに戻ろっか」

 ジニーはそう言って、クレアから離れ、歩きだした。

 向かう先には、レヴィに投げ飛ばされたナタリーも合流していた。ルーティの膝枕で、酷使した聖杯の修復を行っている。悲しみに沈むグレースのそばにはリンが寄り添っていた。ステージ外に避難していたマーリンの姿も見える。

 ジニーは義妹のところへ急ごうとして駆け足になった。

 彼女を追って、歩き出す。背後から声が聞こえた。

「ヨウヤク、ボクノバンダ」

 小さな子どもの声音。クレアは戦慄する。

「ヤクソクシタヨネ? ボクトヒトツニナルッテ」

「ぐっ! うぅっ……」

 背中に何かが突き刺さる。激痛とともに、聖杯の不快感と片頭痛が始まった。突き刺されたのはイドラの角だろう。クレアは後ろを振り向いた。

「サスカッチ……」

 そこには、カリスから逃げつづけて小猿になり果てた獣人型の神話型イドラがいた。

 クレアを見上げて、にやっと笑う。

「コレデ、ボクト、アナタデ、イッショニキエルコトガデキル」

 小猿の形がなくなり、ただの黒いかたまりとなる。疑似聖杯によって集束・圧縮されていた莫大なアドミレーションが解放され、すべてがイドラの角を介して聖杯へなだれ込む。

「そう、だった……ごめん、なさい。あなたのこと、忘れてた……」

 そこにあった黒いアドミレーションが、すべてなくなった。

「ふ、うあぅっ!」

 片頭痛がひどくなる。まるで頭を機械でぐちゃぐちゃにかき回されているようだった。胸が内から圧迫されて息苦しい。これで眠れるわけがないのに、意識がもうろうとしていた。

 クレアは、少し離れたところに集まる仲間たちに向かって手を伸ばす。

 ――わたしも、そこにいたいよ……

 ジニーが振り向いた。大きく目を見開いて、叫ぶ。

「クレアっ!」

 駆けよるジニーに何も声がかけられなかった。膝から崩れてうつ伏せに倒れる。流れ落ちそうな意識を必死につなぎ止めていると、あちらにいた全員がやってきた。

「もう、角だけ……」

「ナタリー、触れたらダメだ」

 マーリンが穏やかな声でたしなめる。今度はルーティが悲痛な声を上げた。

「イドラ・アドミレーションすべてが聖杯に侵入している。もう間に合わない……!」

「そんなことない!」

「義姉さん!?」

「アタシがやる。アタシが代わりにイドラ・アドミレーションを引き受ける」

「ダメだよ! 義姉さんがイドラ化されちゃうんだよっ!」

「クレアの聖杯に侵入したのは、サスカッチ。だから、アタシが責任を取る」

「そんな……」

「その必要はない」

 新たな声の主は、ジュリアだった。森の奥から現れてクレアの元にやってくる。

「アイドルを守るのはプロデューサーの使命。君がやるべきだ。マーリン」

「はい。もちろんです。私の聖杯に代えて、クレアを――」

「待ってくださいっ!」

 マーリンの声をさえぎったのは、人一倍元気な声。リンだ。

「私が先輩を助けます。私のアドミレーションで、聖杯の中の黒いやつを追い出します!」

「待って! リン」

 全員の制止の声が混ざる。その中で、ひと際ジニーの声だけ、近く聞こえた。

「勝手なことしないで!」

 クレアの背中に突き刺さったイドラの角に、リンとジニーが競うように手を伸ばす。他の五人が止める隙もなく、二人が同時に触れた。

 角がうごめき、どろりと溶ける。角だったものが背中に空いた穴に落ちた。

 リンとジニーがその穴を覗くと、おびただしい量の黒い糸が飛び出した。クレアを取り込み、角に触れた二人をからめ取る。次から次へと三人に積み重なり、やがて漆黒の繭となった。


 ――真っ暗だ……

 独り取り残されたクレアは、その場にうずくまる。

 ――わたしを隠して。独りでも怖くないように。これ以上、痛みを抱えないように。

 クレアの声に応えたのは「あの子」だった。


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