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第十四章 「逃走と闘争」

「ルーティ、現状整理をお願い」

 ジニーの呼びかけに、ルーティが応える。

「目標は撤退です。ここまでのところ、達成は現実的ではありませんでした。しかし、ディーナさんがスポットを機能停止し、レヴィのアドミレーションの約三割を吸収したことで可能性が生まれました」

「レヴィをここで食い止めながら消耗させる方法はある?」

 今度はグレースの問いだ。

「まず隊形は、ジニーさん・ナタリー・クレアが前衛。グレースさん・リンは遊撃。私が後衛です。次に戦術は――」

 ルーティが五人に、聖杯連結で共有する。

「――ぶっつけ本番になります。大丈夫でしょうか?」

「いいじゃん」ジニーが親指を立てる。「楽しそう♪」

「大丈夫。義姉さんも私も、ちゃんと合わせる。やろう!」

 レヴィが背筋を伸ばし、全身にアドミレーションを行き渡らせる。

「ぐうううぅっ!」

 だるそうにふらついていた体が、しゃんとする。銀色の髪を体に巻き付けて鎧に変えると、レヴィが拳をにぎりしめる。

「そこを通してもらう」

「させないしっ!」

 ジニーが飛び出す。両隣にナタリーとクレアがつづく。

 若草色の拳がレヴィのプロテクタではじかれた。銀の拳がジニーに迫る。しかし、黄色の障壁が突然現れて彼女の腕の動きを阻害した。

 レヴィは苛立ちまぎれに、その薄い障壁を力任せに割ると、彼女の背後に移動していたナタリーに拳を振り下ろす。

「うろちょろするな!」

「おかまいなくっ!」

 ナタリーは厚い障壁を生成し、銀の拳をはじき返した。反動でレヴィが体勢を崩す。その隙に、クレアはがら空きのレヴィの脇腹に槍を突き入れる。がきっという音を立てて銀のプロテクタに阻まれたが、槍を短く持ち直し、さらに一歩踏み込む。

「わたしと、踊りましょう」

 クレアの全身に、宙を舞っていた鮮紅のアスタリウムの粒子が吸収される。目の前のレヴィに意識を集中すると、彼女の動きすべてが手に取るようにわかった。

 拳の暴風を避けて、槍をふるう。レヴィの動きに合わせて舞い踊る。

 レヴィの膝蹴りを後ろに退いて避けたあと、槍の石突で思い切りレヴィの胸を衝いた。

「ぐっ!」

 レヴィがひるんだ。「今度は、アタシっ!」という声が背後から駆け抜ける。

 クレアは、その場でしゃがむ。頭上をジニーがまたぎ越した。右腕のマフラーをたなびかせてレヴィの懐に潜り込み、輝く拳を振り抜く。

 ばちぃっ、とアドミレーションが相剋し、炸裂する。その衝撃でレヴィが後ろに吹き飛んだ。受け身をとり、何事もなかったように立ち上がるが、胸のプロテクタにひびが入っていた。

「ちっ」

 レヴィが舌打ちをして損傷した部分をむしり取り、にぎりしめた。彼女の手の中で銀の鎧が溶け合わさり、大きな楔に形を変える。それをジニーに向けて投てきした。

 しかし、楔は途中で黄色の障壁に阻まれる。

「なぜ、そんなところに障壁が……」

「そこだけじゃないよっ!」

 レヴィの周囲を動き回っていたナタリーが足を止め、指を鳴らす。宙で足場のように固定された遅延発動型の障壁がレヴィを囲うように一斉に現れる。

(リン、グレースさんっ)

(行きますっ!)(任せて!)

 ナタリーに呼ばれた二人が地を踏みしめ、泥をはね上げて、レヴィの方へ向かっていく。グレースは両手から発現するロープで、リンは常人を超えた脚力で飛び上がり、障壁から障壁へと飛び移っていく。

 リンが腰当と靴からアドミレーションの翼を二対広げた。四枚の翼を巧みにあやつって宙を舞い、レヴィに接近して投げ槍で切り払う。

「硬っ」

 傷一つつかなかったレヴィの肩を踏みつけて、リンが再び飛び上がり、別の障壁に着地した。レヴィがそこへ楔を放つ。リンはとっさに隣の障壁へ退避するが、楔が次々と放たれていく。

「うわわっ!」

 リンが障壁の上を駆けまわるのを見て、クレアは障壁の囲いの中に侵入し、レヴィに向かって突撃した。上を見ていた彼女が楔を放つことをやめて、体をガードする。

 ぎしぃっ! 腕のプロテクタで槍を受けとめられた。

「リンの邪魔は、させない」

 クレアの攻撃に合わせて、橙色の翼が横切った。

「やぁっ!」

 レヴィの死角から滑空し、彼女の背を投げ槍で突く。しかし、またしても有効打とはならなかった。リンはレヴィの背を蹴って、再び宙に浮く足場に戻る。

 レヴィの髪が急激に伸びた。クレアは危険を感じて飛び退く。

「いい加減に……」ぷつり、と切れた髪が十数の物差し大の楔に変わる。「しろっ!」

 怒声とともに楔が射出された。クレアに向かってくるものと、レヴィの頭上に向かうもの。クレアは難なく避け、長槍で打ち落とすことができたが、

「あぶないっ!」

 リンが飛び移ろうとしている障壁に楔が迫る。そこに降り立つリン。

「うそっ……」

 リンがとっさの防御姿勢をとる。楔が障壁を割り砕いたそのとき、リンが小さな体ごと後ろ向きで宙を横切る。彼女の腰当には、紫色のロープが巻き付いていた。

 リンの体を受け止めたグレースが、全員の聖杯へ伝える。

(準備完了。義姉さん、クレアを範囲の外へ!)

「まかせて!」

 クレアの腰にも、布が巻き付く。囲いの外にいるジニーがマフラーを固くにぎっていた。ぐっと後ろに引っ張られると、グレースが声を上げる。

「これで、足止め!」

 頭上の障壁で、グレースがアドミレーションを操作すると、すべての障壁を複雑につなぐ数十本のロープが現れた。それは巨大な網となって、上空から直下のレヴィを襲う。退避しようと動いた彼女だったが、遅かった。網に触れてしまう。ロープの大群がレヴィに襲いかかり、巻き付き、再び編み直され、三本の太い縄となってレヴィを大地に縛り付けた。

「ぐっ、おのれ……」

(みんなっ! この機会を逃さないで!)

 ルーティが、五つの青いアドミレーションを放つ。レヴィに向かって殺到する五人に届いた。

 クレアの全身と長槍が青い光に包まれる。体が軽くなるとともに、防具の傷や破損部分が修復され、長槍の穂先が紅く輝きはじめる。

(バフ、サンキュー♪)ジニーが両手にアドミレーションを集束する。「これでダメ押しっ」

 二本の鞭がレヴィを何度も打ち据える。ロープの隙間からのぞくプロテクタの輝きがくすんでいった。

 さらに、ルーティからリンの聖杯へ言葉が届く。リンが応えた。

(わかりましたっ。準備、はじめます!)

 リンがアドミレーションの励起を始める。

 ――リンのために、もっとレヴィを弱らせないと!

 クレアが右腕に意識を集中すると、輝化防具が変形し、蒸気の噴出口が現れた。

 右腕にマフラーの布をすべて巻き付けたジニーが号令する。

「アタシにつづけ!」

「はいっ!」

 ジニーの若草色の拳、障壁で作り上げたナタリーの巨大な拳、グレースの用意したロープ球が、レヴィを挟んでぶつかり合う。

「ぐうぅぅっ!」

 三つのアドミレーションが共振を起こし、銀色の鎧が砕けた。このチャンスに、クレアはレヴィの懐に飛び込んだ。右腕には、すでに蒸気が溜まっている。

「やぁっ!」

 蒸気を解放して、長槍を突き出す。どぉっ、という音とともに紅い蒸気が噴き出して長槍が加速し、レヴィの腹を貫いた。

「ぐうぁぁっ!」

 ルーティの声が聖杯に届く。

(リン、準備は?)

(できましたっ!)

 リンが、ナタリーの障壁の上で右腕を振りかぶる。支えているのは彼女のアンコールバースト――莫大なアドミレーションが込められた「巨人の投げ槍」だ。

(リン、放てっ!)

(とどけぇっ!)リンが右腕を振り下ろす。

 巨大なアドミレーションが頭上から落ちてくる。視界が橙色に染まる。クレアはレヴィから槍を引き抜いて、ジニー、ナタリー、グレースとともに、その場から離れた。

 紫のロープに拘束されたままのレヴィが上をちらと見ると、何事もなかったように腹の傷にアドミレーションを注いで手当てをしながらロープを引きちぎりはじめた。

 しかし、ルーティの確信を裏付けるように、巨人の投げ槍は大きさも勢いも減衰せず落ちていく。二本目の太い縄を断ち切ろうとした彼女が再度上空を仰いで、驚愕の表情を見せた。

 レヴィが橙色の奔流に呑み込まれた。どぉぉっ、と光の槍が落着する。

(やった!)ジニーが喝采を送る。(パラノイアスキルが機能してないって、いつ気づいたんだ? ルーティ)

(ディーナさんがイドラ・アドミレーションを吸収したあと、ステージの空気が変わったんです。もしかしたらと思って……バフのアドミレーションで減衰率を測定して確信しました)

(それって、ディーナの罠ってこと?)

(ええ、あのときレヴィに仕掛けたんだと思います)

(そっか……)

 ディーナの想いをかみしめるような優しい声。しかし、今度は別人のような勇ましい声。

(このチャンスを)ウインチェスターライフルを抜き放つ。(無駄にしない!)

(私もですっ!)

 リンが返事とともに、光る大槍の直撃で膝をつくレヴィに五本の投げ槍を投てきする。ルーティは、青い杖と周囲に浮かべた六本の杭から青い光弾を途切れることなく射出した。

 ジニーは、ライフルの連続レバーアクションによって散弾を乱射し、グレースは両手に持った拳銃の引き金を休むことなく引きつづける。

 四人が一気呵成にアドミレーションを放つ。すべてがレヴィに降り注ぐ。

「ぐあぁぁぁぁっ――――!」

 ――このまま押し切れば、レヴィを撃破できる……?

 アドミレーションの炸裂にも負けない苦悶の声を聞いたクレアは手応えを感じていた。

 四人の攻撃が止む。土煙や、炸裂して拡散したアドミレーションの残滓がただよっていて、レヴィの姿が見えない。

 ルーティからの聖杯連結で、クレアとナタリーに追撃要請があった。

 了解、と応答し、集中攻撃の着弾地点めがけてナタリーとともに地を蹴ったとき、銀色の楔がすさまじいスピードと正確さでクレアとナタリーに迫ってきた。人間の身長ほどある楔をかろうじて防御する。しかし、同形の楔が追加で四本飛来し、合計六本となった。三本ずつの楔が連動し、互いを支えて囲うように湖畔に突き刺さり、二人を拘束する。

「ぐっ!」

 楔を抜こうとするが、びくともしない。そうこうしていると、視界が開けて、レヴィがゆっくりと姿を現した。

「調子に乗るな……」

 体から立ち上る黒いアドミレーションとともに髪が伸びる。全身に巻き付いて、即座にプロテクタに変わったが、髪の量に減った様子がない。宙をただよい不気味にとぐろを巻いていた。

 レヴィが地を蹴って飛び出す。後塵を巻いて、ルーティ、ジニー、グレースの元に向かう。

「小さき白のアイドル。ねじ伏せてくれる!」

 ジニーが、マフラーで拳を固めて応戦する。しかし、レヴィはプロテクタで受け止め、強引にジニーの腕をつかんで地に叩きつける。

(ぐぅっ!)

(義姉さんっ!)グレースが、義姉に駆け寄って、レヴィに対峙する。

(止まれっ!)

 紫のロープが十数本現れ、レヴィを縛る。しかし、巻き付いたすべてのロープは、まるで蜘蛛の糸を取り除くように引きちぎられた。

「そんな――っぐぅ!」

 レヴィは、義姉妹をまとめて蹴り飛ばす。

「ジニーさんっ! グレースさんっ!」

 リンが宙に浮かぶ障壁を駆けて、瞬間移動と見まがうほど素早くレヴィの背後に降り立った。すぐさま手に持った投げ槍を脚の防具に叩きつける。きぃんっ、という音とともに槍からアドミレーションが噴き出して翼のような形になった。

 一方、レヴィも背後に立ったリンの動きに反応していた。

 宙に浮く髪を束ね、一つに溶け合わせて、身長よりも長い「龍の尾」を作り上げる。

 リンが渾身の力を込めて翼付きの投げ槍を放つ。しかし、レヴィの龍の尾が、威力と速度が増加したそれを撃ち落とし、ついでにリンも薙ぎ払う。

「うぐっ!」

 リンが転がっていくのを確認したあと、レヴィの視線がルーティへ移る。

 ルーティは、その視線に慌てたかのように、輝化していた冷気のかたまりを二つ、タイミングも方向も全く合わない形で射出した。

「くっ!」

 避ける必要もないほどあさっての方向へ飛んでいったそれを一瞥したあと、レヴィはルーティの懐に入り、力任せに腕を振るった。

 ルーティが声もなく突き飛ばされた。リンの倒れているそばに転がっていく。

「滅びろ」

 レヴィがまた髪を生やし、振り乱す。空中に釘のような楔が無数に生成される。

 ――このままじゃ、あぶない!

 仲間のところに駆け付けるために、クレアは紅い蒸気の力を溜める。

 そのとき、ルーティが放った冷気のかたまりが、クレアとナタリーを拘束する楔に着弾した。楔は瞬時に凍結、破砕されて拘束が解ける。

 二人はうなずきあって、ぬかるむ湖畔を蹴った。

 レヴィが腕を振るうと、ステージすべてに楔が降り注ぐ絨毯爆撃が始まる。グレースのふりしぼるような声が聖杯に届いた。

(ナタリーは、リンとルーティを……私たちは、大丈夫)

(わかりました!)

 リンとルーティの傍に駆け寄ったナタリーが障壁を作り出す。ジニーとグレースは、それぞれマフラーとロープで身を守っていた。

 クレアは楔の豪雨の中を駆ける。ナタリーに付与してもらった障壁と輝化防具の耐久力を信じて、レヴィに向かって走った。

 レヴィが、龍の尾でクレアを薙ぎ払う。それを紅い蒸気の噴出で回避し、蒸気の力を加えた長槍で突く。やはり突き破れない。

 楔の雨はやんでいた。湖畔に散らばった楔が崩壊し、黒い欠片となって宙に溶けていく。

「もう、一度!」

 クレアは再び紅い蒸気を噴出しながら突いた。レヴィは前腕のプロテクタを変形させた龍の爪で迎え撃つ。衝突。レヴィが競り勝つ。槍を逸らされ、懐に潜りこまれた。

 ――しまった!

 レヴィの爪が、クレアの胸に届く。重く鋭い一撃だった。胸当てが砕け、地に突き倒される。衝撃で、肺の空気をすべて吐き出してしまった。痛みと苦しさで動けない。

「とどめだ」

 またしてもレヴィの髪が尋常でない量と長さで逆立ち、そのすべてが彼女の右腕に巻き付く。燻した銀色のそれは黒に変じ、腕に沿って長く伸び、全長二メートルほどの龍の形となった。

 龍のあぎとが、目いっぱいに開くと、喉の奥から込み上げてきた濃度の高いイドラ・アドミレーションのかたまりをくわえる。

「避け、ないとっ……」

 頭を揺らされて、まともに立ち上がれない。黒い龍が迫る。

「クレアっ!」

 ジニーが龍の眼前に飛び込んできた。マフラーとグレースのロープを組み合わせて作り上げた大きな右手で龍の頭を抑えつける。

「早く、退避してっ!」

「は、いっ!」

 クレアがなんとかその場で立ち上がり、一歩後退した瞬間。龍のあぎとが閉じた。

 くわえていた黒いかたまりが破裂し、爆発する。暴力的な衝撃が渦を巻き、周囲すべてを黒に染め、焼き尽くす。クレアは、その爆風によって吹き飛ばされた。

「ジニーさんっ!」

 起き上がって聖杯連結を行う。ジニーの心はまだ生きていた。しかし、すぐに立ち上がれるような状態ではなかった。さらに、周囲を見て愕然とする。レヴィ以外に立っているアイドルはいなかった。ルーティに至っては輝化が解けて倒れている。

 ――これが、二千年生きる神話型イドラ……

 驚愕が、次第に全滅の不安となって心の中を侵していく。

 ゆっくりとレヴィが近づいてきた。右腕の龍はもういない。しかし、その目は、ぎらぎらとして、全身から黒い輝きが漏れ出ている。彼女の底知れなさが不気味だった。

 不安は後悔に変わる。大切な仲間たちの未来が奪われる。その恐ろしさがクレアを支配した。

(みんな、無謀な戦いに巻き込んで……ごめんなさい――)

 この戦いの先に待っているのは、ここにいる全員がイドラ化した未来だ。自責の念が心のすべてを塗りつぶす。

(――本当に、ごめんなさい……)

 心の苦しさに耐えられずに聖杯連結を閉じかけた、そのとき。

(それは、違う……!)

 ルーティの言葉が届く。痛みをこらえて絞り出すような言葉だった。

(僕たちは……自分で選んだ)

 今度は、ナタリーの言葉。リンの言葉も聖杯に届く。

(巻き込まれたなんて、思ってませんっ)

(みんな……)

(クレア)

 優しく穏やかな声が届く。ステージの外でライブを見守るマーリンの言葉だ。

(あなたの人生に責任があるのは、あなたです)

(責任……?)

(どう考えて、どう行動するか。それを決めるのはクレアだけ。その結果に責任を取ることができるのもクレアだけ。あなたの人生の責任を他人が取ることはできないんです。

 この状況で、心配しなければならないのは、クレア、あなた自身の人生です。

 思いを実現して、その責任を果たしたければ、あなたの気持ちに従ってください。他人でも、世間の常識でもない。私でもなければ、キャメロットのみんなでもない。あなたです)

(わたしの気持ち……)

(責任を果たすために、あきらめずに闘い『自分との約束』を守ってください。そうすれば、自分を信じられるようになって、自分のことがもっと好きになれますよ)

(わたしの人生……その責任はわたししか取れない……)

(はい。あなたの人生は、あなたのものです)

(そう、なんだ……責任を取れるんだ)

 クレアは立ち上がる。前を向いてレヴィと対峙すると、新たな闘志が湧き上がってきた。

 これまで目の前に立ちふさがる壁や障害物を避けてきた。向かいたい先を無視して逃げてきた。でも、自分は生きていてもいい。表現してもいい。その未来に責任を持ってもいい。

 だから、向かいたい先へ立ち向かってもいい。

 涙が込み上げてくる。ここで、もう一度生まれたような爽やかな充実感を覚えた。

 紅いバイザーを上げて、涙を拭う。ふと、手のひらにあるアドミレーションの噴出口を確認すると、鮮血色の液体が流れ出ていた。

「これは……わたしの血?」

 紅く透きとおっていて、液体の中できらりと輝くものが漂っている。触れると、凝固して指先を覆った。

 この質感は、学校の屋上から墜落したときに、校庭に散らばっていた結晶と同じだった。


 クレアは、メイの制止の声を振り切って飛び降りた。誰にもぶつからない道を行くために。

 ――でも……この道を行けば、わたしは、きっと死んでしまう。

 ものすごいスピードで地面が迫ってくる。

 ――死にたかったわけじゃなかった。生きたかったんだ。

 生きるのは、つらいことが多すぎる。だから、少し楽な方に行きたい。ただ、それだけだった。そのために、目の前の人たちを避けつづけていたら、この道にたどり着いた。

 しかし、この道にも行く手を阻む「地面」があった。地面は避けることができない。ぶつかることしかできない。

 ――誰にも、なににもぶつからない道なんて、どこにもないんだ……

 クレアの思考が走馬灯のようにぐるぐる回って加速する。

 避けられない。ぶつかってしまう……。それでも生きたいのなら。

 右手が痛む。手のひらの切傷からは血が流れている。

 ――ぶつかったとしても傷つかない鎧がほしい。もし、ぶつかって傷ついたとしても、それを覆って癒す「かさぶた」がほしい。

 死にたくない。生きたい。その言葉が「生きる」に変わると、胸から光があふれ出した。

 ――なに、これ……

 夕陽に似た紅い輝きを確かめるように、血まみれの右手で胸に触れる。光は、クレアの血に反応して液体に変化した。鮮紅色の液体が体にまとわりつくと、きしきしという音を立てて、結晶化が始まる。すぐに全身を覆いつくした。

 クレアは、紅い鎧に包まれて地面と衝突する。

 悲鳴を上げるように、まとっていた結晶がすべて砕け散った。同時に体が地面とぶつかる。どうっ、と思いのほか鈍い音がした。体が弾み、両腕両脚が絡まり、体と地面がこすれ合って、ようやく止まる。

 もうろうとした意識では、どこの何が痛むのかまったくわからなかった。

 開いたままの目が、血に濡れた地面にだらりと伸びた右腕を見せる。ひゅー、ひゅー、という奇妙な音は、必死に生きようとする自分の呼吸だった。

 ――わたしは、まだ、生きている……

 手の中に紅い結晶の欠片がころりと転がってきた。

 遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。クレアは、そこで意識を手放した。


 ――この結晶のおかげで、わたしは死を免れたんだ。

 クレアは紅いバイザーを下ろし、宣言する。

「わたしは、まだ、闘える!」

 レヴィが迫る。両腕には鎧を砕いた龍の爪が生えていた。

 噴出口から流れ出す紅い液体で槍を濡らす。長槍が鮮紅の結晶で包まれた。

「これで終わりだ」

 レヴィが爪を振り下ろす。クレアは、湖畔のぬかるんだ地面をしっかり踏みしめ、槍で受け止めた。しかし、なぜか拍子抜けするほど衝撃が少ない。銀色の爪を難なく押し返した。

 ふと槍を見ると、紅い結晶がはがれて、地面に落ちた。

「今の、手ごたえ……」

 クレアがいぶかしんでいると、レヴィが四肢と龍の尾を振り回しながら襲い掛かってきた。コンクエストスキルで暴風のような攻撃を連続で回避し、間隙をついて槍を繰り出す。しかし、その槍は受け止められ、柄をつかまれた。

「これなら動けないな?」

 レヴィは槍をぐっと引き寄せ、クレアに向かって拳を突き入れた。左腕を掲げて防御姿勢を取ると、今度は左腕の装甲が鮮紅の結晶に覆われた。彼女の拳が結晶にぶつかる。しかし、これも神話型イドラを相手にしているとは思えなかった。

「力が吸収されているのか……?」

 レヴィが驚愕し、長槍を放す。

 ――鮮血のアスタリウム。これもわたしの力なんだ。

 クレアは、この新たな力を「ファイト」と名付けた。

 襲い掛かってくる攻撃から「逃走フライト」して、立ち向かうべきときは果敢に「闘争ファイト」する。どんなに強大な相手でも前を向いて、その場に立ちつづける力だ。

「相手と正しくぶつかる。向き合いつづける」

 ――ジニーさんの言葉を体現した力。こうやって人やイドラと向き合えばいいんだ。

 さっきまでの不安が嘘のように心が晴れわたる。爽やかな気持ちでいられる。力の限り、最後まで闘いつづけられる。

 クレアは、まっすぐレヴィの瞳を見つめて告げた。

「わたしと、踊りましょう!」


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