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第十三章 「レヴィ」

 昨日さまよい歩いた森をひた走る。遠くに聞こえていたライブの音がいよいよ近くなった。もうすぐスポットに覆われた湖が見える。そのタイミングで急に視界が開けた。

「うそ……なにが、起こったの?」

 目の前の光景に唖然として、クレアたち全員が立ち止まった。

 湖畔の木々がなぎ倒され、湖のさらに外周を囲うように散らばっている。足元にも折れたばかりの生木がいくつも横たわり、足元の地面は水びたしでぬかるんでいる。雨も降っていないのに、と前方を見やると、湖の水が少なくなっていた。

「ジニーさんたちです!」

 リンが指さす方向に、カリスの三人がいた。先日のサスカッチ戦と同じくらいの距離まで近づく。そこでは緑・紫・銀、三色の輝きが、大きな体と豊かな髪を持つ女性を取り囲んでいた。

(君たち……なぜここに来た!)

 思わず姿勢を正してしまいそうなジュリアの声が聖杯に届く。マーリンが応えた。

(カリスの三人を放っておけない、ということです。全員で話し合って決断しました)

(キャメロットになにかあれば……マーリン、君の責任だ。覚悟はあるのか?)

(はい。それがプロデューサーの使命です)

(……わかった。ここにいる以上、戦力として期待させてもらうぞ。いいな)

(はい!)

 ナタリーの潔い返事のあと、ルーティが、ここまでの経緯をジュリアに尋ねる。すると、聖杯連結から記憶情報が届いた。なんと動画の形式だった。ジュリアの言葉が届く。

(ディーナの記憶だ。承諾は得ている。確認してくれ)

「こんなことが、できるんだ」

 クレアが感嘆の声を漏らす。ルーティが補足した。

「聖杯連結力が高いジュリアだからできることよ。はじまるわ。集中しましょう」

 ――日が昇るにはもう少しかかる。そんな時間だった。眼下のスポットから黒いアドミレーションの奔流が放たれ、天を衝く。ごうごうと立ち上がる黒い濁流の中から、灰白色の巨大な海蛇のイドラが現れた。ディーナは、宙を泳ぎ、身をくねらせる竜にも見える存在をじっと凝視したあと、物陰に隠れ、本部に「リヴァイアサンが現れた」と急報した。

 ディーナが警戒待機を開始して数十分後。海竜が直下の湖面に降り立つ。湖があふれた後、竜の尾が地を撫でる。森の木々が次々と倒された。

 森の悲鳴がおさまると、海竜の中にある莫大なアドミレーションに変化が生じた。湖に横たわる巨体が、ぐぐっと縮んでいくのだ。見失わないように輝化武具の狙撃銃に付いたスコープで捕らえると、海竜は人型に化身していた。

 その後、ディーナは手を出さずに監視を継続するが、化身した姿で何かを探していたレヴィが逆にディーナを捕捉したため、やむを得ずライブをスタートした。森を利用して距離を取り、近隣の人里に被害が及ばぬよう、この地に引き留めるための遠距離戦闘を開始する。

 そして、現在時刻より二十分ほど前、ジニーとグレースが合流し、改めてカリスとしてのライブが始まった――

 ぷつりと脳裏の動画が途切れると、初めて聞く低音の声が聖杯に届いた。

(新たなアイドルか)

 あの海竜の化身、レヴィの声だ。グレースとの聖杯連結によって共有されている。

 女性型の化身だった。ノヴム・オルガヌムの制服である黒・灰・白のシスター服に包まれているのは、アスリートのように無駄を削ぎ落した筋肉質で大きな体だ。彼女の豊かな銀髪は、身長以上の長さがある。しかし、毛先が地面につかず、宙をただよっていた。

 既に、何合もカリスと激突したのだろう。シスター服にしわが寄ったり、すそがめくれ上がったりしていた。レヴィがそれに目を留めて、整える。服の下に見える肌の色は燻したようにくすんだ白だった。彼女が額にかかった髪をかき上げると、瞳孔が縦に長い黄色の瞳がクレアたちに向けられていた。

(どれだけ増えようと同じだ。私は止められない)

(はぁ? この状況でよくそんなこと言えんね)

 ジニーの言うとおりだ。カリスは、レヴィを三方から取り囲んでいる。新たにクレアたちも合流したこの状況で、一体何ができるのだろうか。

(グレース! ディーナ! 行くよっ!)

 ジニーがすらりと長いウィンチェスターライフルを構える。グレースは両手の拳銃を突き出し、ディーナは狙撃銃の狙いを定めた。

(無駄だ)

 レヴィが、ぼそっとつぶやいた直後、カリスの三人が同時に引き金を引いた。三つの色と三つの銃声が、華やかに、豪快に、いくども混ざり合う。

 コンクエストスキルの青い輝きに包まれたルーティが、声を漏らす。

「アドミレーションの弾丸が、レヴィに届いていない」

 集中砲火の中心にいるレヴィの周囲に灰白色のフィールドが発生していた。ジニーたちの弾丸は、そのフィールドを通過するほど勢いがなくなり、ついには掻き消えた。

(待って!)号令したジニーが、グレースの方を向く。(これって……)

(パラノイアスキルだよ。義姉さん)

 レヴィの白く鋭い歯が覗く。

(敵性アドミレーションの接近で自律発動する。遠距離攻撃は、私に届かない)

 ディーナが顔をしかめる。

(周囲すべてが対象範囲だ。どうする、ジニー?)

(……それならっ! 近づけばいい!)

 ジニーがマフラーを両腕に巻きつける。ディーナは狙撃銃とハンドガンを組み合わせて十字槌に戻し、水銀アドミレーションをまとわせて銀色に輝く十字架を作り上げた。グレースは両手を組み合わせる。ロープ自らものすごいスピードでぐるぐると固まり、ロープ球となる。

(これなら)ジニーの輝く両腕が先駆けとなり、三人が突撃する。(届くんでしょっ!)

 その声に反応したかのように、宙に浮かんでいたレヴィの長い銀髪が彼女の体に殺到する。全身に巻き付いて、頭の近くでぷつりと切れた。巻き付いた髪が赤熱し、全身各所で溶け合わさり硬化する。鱗を模した幾何学的な形を持つ銀色のプロテクタとなった。

 短髪となったレヴィは、ぐっと姿勢を落とし、ジニーに向かってバネを放したように駆け出した。ジニーの緑に輝く拳に、銀色の鱗で覆われた拳を思い切りぶつける。ジニーが押し負けて、体ごとはじき飛ばされてしまった。

 ディーナが、攻撃後の隙をついて、レヴィの左背面に十字槌を振り下ろす。しかし、左腕のプロテクタで受け止められ、後ろに回した足で蹴り飛ばされた。右背面から迫るグレースのロープ球は、刃に形を変えた右腕のプロテクタで一刀両断にされる。

(くそっ!)

 ジニーの大きな声。顔についた泥をぬぐいながら、彼女が立ち上がる。ディーナも立ち上がりかけた、そのとき。聖杯連結から、グレースの鋭い声が突き刺さる。

(全体攻撃っ! 防御して!)

 レヴィが後頭部をひと撫ですると、髪から釘くらいの長さの銀色の楔が現れた。その数は、百はくだらない。そのすべてが黒いアドミレーションで覆われると、彼女が手を掲げた。この場にいるアイドル七人に向けて、すべての楔が狙いを定める。

「ナタリー!」ルーティが鋭い声で叫ぶ。「急いでっ」

「わかってる!」

 レヴィの手が振り下ろされる。百本以上の楔が一斉に落ちてきた。

 ナタリーがプロテクトを発動する。その影にクレアたちが入った途端、黒い楔が次々と篠突く雨のように黄色の障壁に突き刺さる。

「なんとか……間に合った」

 ナタリーが安堵のため息を漏らす。しかし、危機はまだ終わっていなかった。障壁を解除した直後、リンが声を上げた。

「ディーナさんがっ!」

 リンが指さす方を向くと、レヴィがディーナの手をつかみ、無理やり立ち上がらせていた。

(会いたかったぞ)

 レヴィがそう口にすると、彼女の雰囲気が少し変わった。親が子どもを優しく見守るような愛情を感じる。そんなことはあり得ない。そう思って、クレアがレヴィの観察をつづけると、突然彼女のアドミレーションが回復した。

「ルーティ、見ましたか?」

「ええ、レヴィはスポットと聖杯連結して、アドミレーションを吸い上げている。ここで戦う限り、無敵なのかもしれない……」

 足先からのぼってくる不安な気持ちに抗っていると、ディーナがレヴィに応えた。

(私も、おまえに会いたかった)

(そうか)レヴィがにこやかに笑う。(マリアの頼みで、あの子を迎えに来たのだが、運が良い。さあ、行くぞ)

 レヴィがディーナの手をつかんだまま彼女に背を向けて歩き出す。しかし、ディーナは地に足を付けて抗い、銀のプロテクタで包まれた背に十字槌を振り下ろした。甲高い金属音が湖畔に響き渡る。レヴィは悲しそう目を向けてディーナに問いかけた。

(なぜ、抗う?)

(私にとって、おまえは仇、でもあるのよ……)

(その手を)緑の風がディーナの前に流れた。(放せ!)

 ジニーがレヴィの横合いから輝く右腕で殴りかかる。レヴィがディーナの手を放し、後ろに退いた。その隙に、グレースが二人の腰にロープを巻き付けて自分の元に引き戻す。

(サンキュー♪ グレース)ジニーが拳を打ち鳴らす。(さぁ! 第二ラウンドだ)

(義姉さん、待って! あのね、ここが引き際だと思う)

(へっ?)

(私もそう思います)

 その話が出るのを待っていたように、ルーティが聖杯連結で話に割り込む。

(圧倒的な強さに加えて、彼女はスポットからアドミレーションを吸収しています。いくら消耗させてもその場で回復するんです。この状況はまずいですよ。私のスキルで、何度シミュレートしても全滅を避けらません)

(ルーティの言うとおり)グレースが支持する。(組織と戦力の維持のため、撤退しよう)

(しょうがない、ね)ジニーが応じる。(ディーナ、撤退戦だって。準備はいい?)

 応答がない。ジニーがもう一度話しかける。

(どうしたの? そんなに思いつめた顔し――)

 ディーナが、義姉妹をじっと見つめて言った。

(今からなにが起こっても私を信じてほしい。必ず二人のもとに帰ってくるから)

(ディーナ? いったい何を……)

 グレースの言葉をさえぎって、レヴィが義姉妹に向かって襲い掛かる。

(私の邪魔をするな!)

 レヴィの拳で二人が突き飛ばされる。ジニーが痛みをこらえながらディーナに問いかけた。

(ディーナ、どうしたのよ!? 教えてよっ)

(……今から、レヴィの力を奪う。二人はキャメロットの四人をちゃんと導いてあげて)

 十字槌を構えて、ディーナがアドミレーションを励起する。

(ちょっと待って! 突然こんなこと……やめてよっ!)

 ジニーの言葉を無視して、ディーナはスポットに向かって走る。

 ディーナが真上に飛び上がった。彼女が励起したアドミレーションのかたまりは、満月と見間違えるほど大きい。

 レヴィが上昇する銀色の月を見上げる。

(まさか……そんなことをしたら、おまえがっ!)

 銀色のアドミレーションの輝化が始まった。十字槌に銀色の氷がまとわりつく。あっという間に六花の意匠を持つディーナの身長の三倍はある巨大な錨となった。

 ディーナはその錨に足をかけ、湖面に広がるスポットを狙って落下する。

「ディーナぁっ!」

 錨の切っ先がスポットの中心に接触した。銀と黒の輝きが激しく相剋して、辺り一帯にジニーとグレースの叫びもかき消すようなアドミレーションの嵐が巻き起こる。

 金属がきしむような音とともにスポットが割れた。黒いフィールドの破片が舞い上がり、中心に向かって凝縮されて、消滅する。

 落下の勢いそのままに湖に錨が突き刺さると、湖水が衝撃で舞い上がり、錨にもたれて荒い息をするディーナを濡らした。彼女の聖杯からアドミレーションを感知できない。

 レヴィが跳躍して一気にディーナの元へ近づく。

 アドミレーションの錨が朽ちて崩壊した。力尽きたディーナはよろけながら膝上ほどの水位の湖水をかき分けてレヴィに近づく。二人が対峙した。

 レヴィが手を差し伸べる。

 生気のない顔で微笑んだディーナは、錨の破片を全身に付着させたままレヴィに飛びつき、固くつよく抱きしめた。レヴィも彼女を抱き留める。

 ディーナの瞳に意志の力が戻った。大きく口を開き、吸血鬼のようにレヴィの首筋に噛みつく。空っぽのディーナの聖杯に、レヴィから膨大なアドミレーションが急速に流れていく。

「や、めなさい……そんなことを、したら」

 レヴィがディーナを引きはがそうとするが、力が入らないようだった。数分の間、ディーナはレヴィのアドミレーションを吸いつづけた。全身の鱗のようなプロテクタが消滅し、レヴィは苦悶の声を上げて膝をつく。

 ステージは静寂に包まれていた。突然のことに誰もが驚き、声も上げられないのだ。

 ディーナがレヴィの首から口を放して、飛び退く。やがて物静かだった彼女の声とは思えないほど獣のようにうなりながら、苦しみはじめた。

「ぐぅぅう、ああぁぁっ!」

 膝をついたディーナが頭と胸をおさえて叫びを上げる。異変は止まらない。彼女の手を弾き飛ばして胸からどろりと濃いイドラ・アドミレーションがあふれ出す。その黒いかたまりが顔にべちゃりとはりつくと、彼女の叫びが途切れた。

 黒い粘液が硬化し、ディーナの真白な顔を覆いつくす漆黒のイドラの仮面となった。ディーナは、その場にぺたり、と座って動かなかった。意識を失っているのかもしれない。

 聖杯に雷光が閃いた。それはジュリアの凛々しくて鋭い命令だった。

(グレース! ナタリー! ディーナを拘束しろっ!)

 ジュリアの指示で聖杯を貫かれた二人は、まるでスイッチを押された機械のように迅速かつ正確にコンクエストスキルを発動する。拘束されたディーナを抱えて、ジュリアが言った。

(聖杯の浄化を試みる。それまで全員でレヴィを抑えろ!)

 ジュリアの撤退と入れ替わりで、キャメロットの四人が義姉妹の元に駆け付けると、ジニーが振り向いた。

「キャンプで別れたはずなのにっ! なんで来たのよ!」

 苛立ちをぶつけるジニーの瞳は涙で濡れていた。ディーナのことで動揺しているのだろうか。涙を隠すようにぎろっと目を怒らせて、さらにきつい言葉を苦しそうに吐いた。

「ディーナみたいなことしたら、代わりに私が撃つからね!」

「義姉さんっ、落ち着いて」

 グレースも振り向く。ジニーと違って気丈に見えるが、手が震えていた。ぎゅっと両手をにぎり、深呼吸をする。

「撤退のために、レヴィを一時的に無力化します。みんな、協力をお願い」

 普段あんなに明るいナタリーやリンも、不安な顔をして押し黙っている。クレアも足が震えてきた。震えに負けて一歩退こうとしたとき、涙をぬぐったジニーが言った。

「できる」

 意志の力にあふれた瞳でキャメロットの四人を見つめたあと、前を向いた。

「やり遂げる」

 彼女の背中からアドミレーションがあふれる。クレアは退きかけた足を前へ踏み出した。

 ――正しくぶつかって、向き合う。きっとこれも、いっしょだ。

「行こう」

 クレアは十字槍を構えて、言った。

「はいっ!」

 リンが両手に投げ槍を生成した。

「覚悟を決めるか!」

 ナタリーが拳を固めて力強くうなずく。

「そうするしか、ないみたいね」

 ルーティが杖を前に突き出した。

 アイドルたちが向き合う相手、レヴィが苦しそうに立ち上がる。

「ディーナを、渡してもらうぞ……」

 レヴィの威圧感は変わっていなかった。それに抗うかのようにジニーが声を上げる。

「今度こそ、第二ラウンドの開始だ!」


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