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「クイナ様……クイナ様! 起きてください、クイナ様!!」
従者がクイナ様を起こそうと声をかける。結構な声量だがピクリともしない。
死んでいるんじゃ無いかとも思ったが、背中が上下しているので生きては居るようだ。
「起きませんね。余程昨日遅くまで……」
フィルがオレに向かい話をしている時だった。ガタッという音と同時にクイナ様が机から消え、気づいた時にはフィルの首に絞め技をかけている。
「……………………おきてます。」
ボサボサの髪に見え隠れしている目は半開き、口元にはヨダレの跡、頬には机の木目がクッキリ付いていますがなにか?
別に出迎えが無かった事に腹を立てるつもりも無いし責めるつもりもない。
「ク、クイナ様!! 分かりましたからフィルを離して頂けますかッ!?」
「…………え? ラ、ライク……様? フィル君? あれ? あ、す、すみません! ゴメンなさい!!!! 寝ぼけてました!」
寝ぼけて人の首締めるってどういう状況!? とは思ったものの、青い顔をしているフィルのフォローが先。
ケホケホと咳き込むフィルをクイナ様に許可を貰い近くのソファーに座らせた。
クイナ様は何度も謝った後、顔を洗って来ると部屋を出ていった。
「……クイナ様は本当にあのクイナ様なのでしょうか? もう、イメージが違いすぎて……。」
衝撃冷めやらぬフィルが呟くように言う事に丸っと同意。同じ寝ぼけるでも、以前はそこいらのものを薙ぎ倒し転んで怪我をして慌てている人だった。
オレもちょっと怪しく思える。が、その疑いもすぐに晴れることとなった。
顔を洗って……顔は拭いたようだが、髪と服がビシャビシャのまま。見かねたフィルが本領発揮とばかりにクイナ様の世話を始めた。
ついでにそのまま髪も整える。
こざっぱりしたクイナ様は日焼けし、体格はかなり良くなってはいたものの、こう見るとやはりクイナ様だった。
「いやぁ、ありがとうございます! これで本が読みやすくなりました!!」
さっさと切れば良かったのでは? と思ったが、口には出さず挨拶を交わす。
するとすぐにクイナ様は席を立ち、ブツブツと言いながらテーブルと自分の机を何度も往復しオレの目の前に荷物を広げた。そして端にあった小さな包みをオレ達に差し出した。
「ボヘラ国にあるガレリアの店に行ってきました。あ、コレお土産です。」
そう言って渡されたのが干からびた何かの虫。可愛くラッピングされていなければ自分の手に渡る前に叩き落としてしまっていたかも知れない。
「ボヘラ国の御守りだそうです。自身に降りかかる災いを肩代わりしてくれるのだとか。バラバラになったら肩代わりした証拠らしいので土に帰してやるといいそうです。」
正直、『要らねぇ。』と思いつつ、お礼を言いフィルに渡す。フィルは引き攣りながらも受け取りそっとハンカチに包んでポケットにしまう。因みに、フィルもリボンの色が違うものの同じ物を貰っていた。
「本当はパンを持って帰りたかったのですが、さすがにカビてしまうので……
そうそう、噂の退魔パンは本当にマズかったです。なんて言うんですかね、味もさることながら見た目と食感がもう……でも悪魔に惑わされないと言う触れ込みが受けているのか、あの国ではあの味が受けているのか定かではありませんが結構売れてました。」
話題になっているから売れるのだろうが、お金を出してまで不味いパンを買う人がそんなにいるとは……
「因みに……この頂いたお土産はガレリアのパン屋で売っていたのですか?」
思わず聞いてしまう。パンの横にこれが並べられていたらちょっと、いや、大分嫌なパン屋だ。
「あぁ、それはお店を区切った隣の雑貨屋で買ったものです。その店もガレリアの名が付いていました。そこお店で買ったものがコレ。」
テーブルに並んでいる物は本が10冊程、黄ばんでボロボロの紙の束、汚いグラスに汚い袋、派手な短剣と片刃の長剣、シンプルな女性用のストール、色々な国の通貨、調味料等など多岐にわたる。
その中でクイナ様が指し示したのは調味料。
「ヒールリーフィの葉が入っているそうですよ。なんでもガレリアさんが旅の途中で手に入れた苗を育てたんだとか。」
ん? その葉っぱはユウリ姫が持ってきたと言っていたヤツでは? と思いつつ、クイナ様の話を聞く。
どうやらボラへ国までの往復はかなり困難な旅だったらしい。話を聞いてクイナ様の変貌の理由がわかった。
それとガレリアの店に付いて。ガレリア魔符店はガレリアさんが亡くなった時点で継続が不可能になったそう。と、言うのも……
「退魔の技術は弟子たちに受け継がれたのですが、精霊水の湧き出る皮袋と魔符に書く紋様が描かれた本が使い物にならなくなったそうです。
作り貯めした魔符と小売の為に分けて保管していた水があったので暫くは店を継続していたそうなんですが、その在庫も無くなると各地に居た弟子も店に来なくなったそうで……」
店を受け継いだ弟子は生きていくためにパン屋を始めたらしい。
今ではパン屋がメインで、在庫の魔符と日用品などを扱った雑貨屋がパン屋の横で細々と営業しているらしい。
「お店は受け継いだ弟子の子がそのまま引き継いで今11代目で12代目が修行中だそうですよ。」
「退魔の技術の方も?」
「彼らは受け継いだのは店だけだそうです。
と言うか、退魔の話自身あまり信じては居なさそうでした。ボラへ国では神も悪魔も精霊も創世記に出てくる神話や御伽話の認識ですからね。
先代達が話して聞かせる悪魔の話は何かの例え話だと思っているようでした。魔符と精霊水を買いたいと言ったら酷く驚かれましたよ。」
ニコニコと話しているが、向こうからしてみたら昔話を信じて買い物に来たヤバいやつとでも思われたのだろう。
「あぁ、でも、店の方がこの本と残っていた魔符の束、それと精霊水が入っていた皮袋を売ってくれました!」
今の話の流れからして適当にあしらわれてない? とも思わなくも無いが、偽物だと断定する根拠も無いので黙って頷く。
本は見たことの無い文字で書かれたもので、背表紙の折り目がボロボロの割にはその他は綺麗な物。魔符とされる紙束は元々色が付いているようだ。端が黄ばんでボロボロになってはいるが、重なった中の方は綺麗に保たれているっぽい。
皮袋はもう袋としては使えないだろう。手入れをしていないので固くなりヒビ割れてしまっている。
一つ一つ丁寧に見聞していると、クイナ様が思い出したように教えてくれた。
「それと!! 興味深い話を聞きました。どうやらガレリアはスペランツィアだった様です。金眼の厳つい色男で偉いモテたと語り継がれていました。」
語り継がれるとか、伝説級のモテっぷり。
あの退魔録と書かれたほぼ自伝に何人もの女性の名前があった理由が何となくわかった。




