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ワクワクを隠しきれない子供のような目で見つめてくるクイナ様。
うん、コレ無かったことにはならないな。と悟ったオレはため息をつきながら座り直し話を聞く。
「この本、神がお書きになった本なんですよ!」
はぃぃ? 何を言い始めたのか。ニコニコと話すクイナ様の正気を疑う。
頭の打ち所が悪かったのかも知れない。
「……えっと、なんて?」
「ですから、この本、それと先日お貸しした私が研究していた【ザ・世界】は神がお書きになった本だという事が分かったんです!」
呂律も正常、視線も真っ直ぐオレを見ていてブレない。内容はどうであれ、言っていることは一貫している。うん、おかしなことを言い出したのは頭を打ったせいでは無さそうだ。
話したくてウズウズしているクイナ様を宥め、一息ついてもう一度座り直した。
クイナ様はまず表紙に書かれた著者の名前を指差し説明を始めた。
著者は『ラビリュテ・ヘルメー』。異国の本の著者だけあってこの国では聞かない名前だ。
「“ラビリュテ”、ロデリア語で“真実”、そして“ヘルメー”はその国で伝達の神とされていたお方の名前で直訳すると“真実を伝える神”となります!」
ロデリア語……? ロデリア……ロデリア?? う〜ん、聞いた事ある様な無いような……?
オレが首を傾げたのを見て、クイナ様が説明してくれた。
「ロデリアは遙か昔に高度な文明を持っていながら突然滅んだとされる国で、ナーバリア国の更に南にある海に囲まれた島々を纏めた帝国だったとされています。
ロデリア語はその帝国で使われていた言葉で世界最古の言葉とも言われています。
ただ、残された文献がボロボロだったり、掠れたり破れたりしていて文字サンプルが少なすぎて解読出来ない事で有名で、どういった国だったかなどは謎とされていました。」
そうだ! 確か前の人生で15、6歳の時に習った気がする。って事は今回の人生ではまだだ。トータルだけで言ったら10年以上前に習った事だ、なかなか思い出せなかったのもしょうがない。と自分を納得させる。
ん? でも、いましたって言った? まるでその謎がとかれた様な言い方じゃない??
クイナ様はホントに察しが良いのか、オレの顔を見て疑問に思った事を先回りして答えてくれる。
「フフフ、そうです! 私はロデリア語の解読を完了しました。これから読めなかった文献を訳せば色々な事が分かるでしょう。」
「長年分からなかったんですよね? 解読も無理って……」
オレの驚いた顔を見たクイナ様はここぞとばかりに鼻息荒くドヤ顔をした。そして、
「私のギフトはご存知ですか? 《読解》という文明特化のギフトです。およそ300文字分の連続した文章があればどんな国の文字でも、それこそ解読困難とされる太古の文字も読むことが出来ます。
このロデリア語に関してはあと十数文字足りずに解読が出来なかったのですが、【天上の君 】を見つけて初めて読むことが出来ました!!」
文明特化のギフトとは、自然や精霊達が管理している事象以外の文字や言語、人工的に作られた物等の文明ありきで与えられたギフト。
本に関するギフトだとは知っていたけど、詳しい内容は初めて知ったわ。
「後はどの言葉がホシュグァル語では何に対応するか調べて辞書を作れば誰でも翻訳出来るようになるでしょう!」
おぉ、今までの説明ではその功績の凄さがよく分からなかったが、辞書を作ると聞いてやっとクイナ様の凄さを理解出来た気がする。
ただ勢いに押されすぎて忘れそうだったが、そのロデリア語が解明? 解読? された事でなぜ神が本を書いたことになるのか。そこを突っ込んで聞いてみた。するとあっさり、
「え? だって作者の名前がラビリュテ・ヘルメー、真実を伝える神となってるじゃないですか。」
「いや、さすがにそれは……」
素直に受け取りすぎだろ! と続けようとするともう少し詳しく神が書いたと結論づけた理由を説明してくれた。
まず、はるか昔に滅びたロデリア語で書かれている【天上の君】とその数百年後に書かれた【ザ・世界】が同一の著者名だと言うこと。
名前に意味を持たせる風習があるこの世界で、ロデリア語で無ければ意味を持たない名をペンネームで使うはずが無いということ。そして、文章の構成と表現の仕方から著者が数百年の時を経ているにも関わらず同一の人物の可能性が高い事。
何より1番は、クイナ様のギフトでそう判断した! と言われてしまえば反論しようがない。
ただ、最後に1つ気になることが……
「もう1冊の【天上の君】は内容が違いましたが、女神の食材が出てきたり魔王の花嫁になったりと部分的に似通った所がありましたよね? 関係はあるんですか?」
「ああ、それらはこの【天上の君(ロデリア版)】を元にして語り継がれた物語だと思われます。
人から人へ口頭で伝えるものはどうしても語り手の感情が入ってしまったり、一言伝え間違っただけで別の意味に取られてしまったりと少しづつ話が変わっていくものです。
以前お貸しした方は、隣国シャルディに伝わった物語をビリテーという作家が纏め本にしたものです。シャルディは贅沢を好まず質素を是とする風潮がありますからああいった内容に変質して言ったのでしょう。
他の国では『神の過ち』、『神々の恋愛事情』、『魔王の花嫁』等とタイトルは違いますが似た話が語り継がれ本になっています。それらは私の個人的に収集してありますので読みたければお貸ししますよ。」
ありがたい話だが、それらの本は丁重にお断りしておいた。
一通り話を聞き終わったタイミングでコンコンと扉をノックする音。クイナ様が返事をするとフィルが扉を開け話しかけてきた。そろそろ夕食の時間だそうだ。
そうそうに食堂に行かなければ食いっぱぐれてしまうのでクイナ様にお礼を言い訳した方の【ガレリア退魔録】を借りて食堂に向かう。
長期休暇も残り僅かだからかだいぶ生徒が寮に戻って来ているらしく、かなりの賑わいを見せていた。
オレは食堂の一角に設置されているスペランツァや王族、上位貴族とその従者、侍女のみが使えるスペースで食事をすることにした。いつもは従者様に用意された席で食べるフィルもオレに強制されて同じテーブルで食べている。ソワソワと落ち着かないようだが、1人で食べるのは味気ないので我慢してもらう。
2人で他愛もない話をしながらモグモグとしていると、フィルがオレの後ろを凝視したまま顔色がサァッと青くなり食事の手が止まった。
どうしたんだと振り返るとキーラント王子とロッド公爵家の養子となったミネル様が居た。
「やぁ、ライク。久しぶりだね!」
ングッ、ごホッ、コホッ……
むせるオレに慌てて水を差し出すフィル。ミネル様はまだしも、キーラント王子は休暇ギリギリまで王宮なのでは!? 何故ここに? と驚いたもののまずは挨拶!!
「お久しぶりでございます、キーラント殿下、ミネル様。」
うんうん、と満足そうに頷くとキーラント王子はにこやかに、ミネル様は興味無さそうに同じテーブルに着いた。
すぐ様2人の従者が食事の支度をする中、フィルは慌てて自分が食べていた物を片付け従者用に設けられた隅の席に移動して行ってしまった。
その様子を横目に、どうやら今夜の食事は味がしなさそうだな……と楽しみに取っておいたメインの肉に目を落とした。




