ルフト 7
侯爵家滞在2日目の昼食時、侯爵より2日後に行われる隣の領地のニベナル伯爵夫人が主催する茶会に、モニカと2人で参加するように言われた。
午前中の内に、明日寮に戻ると伝えられなかった事が悔やまれる。
「残念ながら、明日にはここを立ち寮に戻ろうと思います。ですので茶会には参加出来かねます。早めにお伝え出来ず申しわけございません。」
「何か急ぎの用でもあるのかい?
まあ、仮にあったとしても悪いがテプラ家の養子となったからにはこの茶会には参加してもらう。
ニベナル伯爵夫妻とは親しくしていてね、新しくうちの息子になったお前に是非挨拶したいと言ってるんだ。」
要は競争率の高いスペランツィアを養子にとった事を自慢したら、直接合ってみたいとでも言われたのだろう。
前の人生でも度々あったことだ。面倒だからと断ったり逃げ回ったりすると厄介事が倍になって押し寄せてくることを学んでいる。
心の中でため息をつく。
「わかりました。では茶会が終わりましたら寮に……「次の日はマーチナル公爵家の夜会がありますわ。そのまた2日後にはリンデン侯爵夫人からの招待がありましてよ。」……は?」
チラリと俺を見たモニカが事も無げに告げる。
「あぁ、そうだな。マーチナル公爵様にも挨拶をしないとな。その夜会には私と妻も参加する。モニカのエスコート役が居ないからな、ルフト、よろしく頼む。
それにリンデン侯の御婦人は中央貴族達にも顔が広い。縁を繋いでおくといいだろう。」
えぇー……なんだそのスケジュール。
正直、中央貴族と縁や顔を繋いだところでクソの役にも立たないことは実証済だ。
前の人生、カトレアの汚名や無実を晴らすためいくつかの貴族に協力を仰いだが、バカ王太子がそう言っているのならそれが真実なのだろう。バカ王太子には逆らえない。と、協力を得られなかった。
この国の創世記によるものだろうが、王族=神と精霊の子=絶対的存在と思い込んでいるのだ。
前の人生では分からなかったが、リリアナがバカ王太子を味方に付けた時点で正攻法でカトレアを救う方法は無いも同然だったのだ。
話が逸れだが、己の感情はどうであれ養子に入ってしまった以上ここで断ると言う選択肢は無い。
しぶしぶ、本当に嫌でしょうがないということを隠しもしない態度で茶会と夜会を了承する。
「当日着る服は私が用意するわ。」
心なしか弾んだ声でモニカが宣言し昼食は終了した。
3日目はモニカに呼び出されて着せ替え人形のように何着か着替えさせられた後、街での買い物につきあわされた。
その日はリリアナを相手にやり合うよりも疲れ果て、部屋に戻るなりベッドに横たわった。そのあとの記憶は無い。
4日目、朝食後に馬車に揺られモニカと2人ニベナル家の茶会に向かう。
茶会の席ではニベラル家の婦人と子供達が迎えてくれた。初めのうちは下らない雑談に相槌を打っていたものの、途中から面倒になって庭に咲くカトレアの花を見つめながらコクコクと頷く人形と化していた。
暫くすると同じように退屈していたであろうニベラル家の嫡男(オレの1つ上)に誘われ別の部屋で時間を過ごした。
5日目、朝食の席で侯爵から爆弾が投下された。
「養子を解消するからそのままモニカの婚約者になりなさい。」
フォークに載せた目玉焼きが滑り落ちて音もなく皿に戻った。
はぁ? 何言ってんだこのオヤジ?
「カインの報告では学園の成績も優秀、常に学年でトップ3に入るそうじゃないか。
社交はまだ慣れないようだが、それも数を熟せば問題ないだろう。好みのうるさいモニカが随分と褒めていたからな、ルフトを気に入っているようだ。同じ息子になるなら婿でもいいだろう?」
先日、執務室に入ろうとして聞こえた話を思い出す。モニカは興奮気味に、侯爵は困ったように話していた。あの賛辞の相手は俺の事だったのか?
モニカを見ると、向こうも俺を見ていたようで視線が絡む。血の気が引いたように青い顔をしていたが、すぐさま俯いてプルプルと震えている。よく見れば今度は耳まで真っ赤になっていた。
「た、大変喜ばしいお話ですが、義姉との婚約は……「何、急な話だしスペランツィアであるルフトの婚姻は王族の許可がいる。ルフトが学院を卒業する年を目処に支度をしよう。モニカもそのつもりでいなさい。」
侯爵は聞く耳を持たず、夫人は「あら、良かったわね!」とモニカに楽しそうに声をかける。が、モニカはカタリと席を立つと「ご馳走さま。気分が優れないので失礼します。」と出ていってしまった。
「まあ、照れちゃって……。」ウフフ♡と夫人は微笑ましくモニカを見送る。歳の離れた妹(モニカの10歳下)は「お義理兄様の婚約者は私がなりたかった!!」とお怒りだ。
カオスな朝食を何とか終え自室に戻る。
断りの返事をするのはもちろんだが、撤回する気が無さそうな侯爵にどう断ればいいのか悩む。
屋敷に来てから、前の人生と差程違うことはしていないのに何故こんな事になったのか……
あれこれと打開策を模索するも解決策が見いだせないまま夜会の準備が始まる。
メイド達とカインにされるがままに支度を終え夜会に参加した。
会場では侯爵達に続いてモニカをエスコートする。そのまま暫くついて歩き挨拶が終わるとモニカと2人で会場の隅に移動した。
「モニカ譲! こちらに居られましたか。……えっと、義弟のルフト? 様……でしたか。私、ギルディン侯爵家嫡男のリボイと申します。お見知りおきを。」
挨拶回りの途中から、モニカの横に居ることが気に入らないとばかりに睨みつけていた男がペコリと頭を下げる。そして両手に持ったグラスのうち片方を俺に、もう片方をモニカに差し出した。そして、一通りモニカのドレスや容姿を褒めたあと、
「お義姉様をダンスにお誘いしても?」
と、何故か俺に許可を求めモニカへ手を差し出す。
モニカは俺をチラリとみるが、ため息混じりにリボイの誘いを受けホールの中央に行ってしまった。
リボイに渡された飲み物は翡翠色に輝くシャイダと言という木の実の種を使ったジュースで、透明の液体に虹色の泡が立つ見た目が華やかなもの。輸入を始めたばかりで、かなりの高級品として話題になったいる。流石公爵家! と思いつつチビチビと飲んでいれば同年代の子供達が集まってきた。
軽く挨拶を交わすと何故かその場に留まり俺の周りでベラベラと喋り始める。何故か酷くイライラし、鬱陶しく感じられ話に参加することなく黙って聞いていた。
そして、暫くするとモニカのダンスが終わり俺の元へ来る。周りに居た奴らが頬を染めながらモニカに挨拶をする。モニカは慣れているとばかりに微笑みながら
「……皆様も楽しんでおられるようです何より。ですがわたくしは少し疲れてしまいましたのでお先に失礼させていただきますわ。」
そう言って俺を見るので渋々手を差し出し、エスコートして控え室へ向かう。途中モニカがボウイに何かを伝えた。
控室へ入るとすぐカインが来た。何故か俺を見てギョッとした表情を浮かべたがそれも一瞬の事で何時もの無表情に戻る。
その後、控室で過ごし侯爵達と馬車に乗った辺りで俺の記憶は一旦途切れた。




