ルフト 5
本日2話分投稿します。
2話目は14時投稿予定です。
火と風と土の精霊の子達が共同開発したとされるランプの光が明と暗をくっきりと分ける部屋で、リリアナ……の中身の悪魔・キュロスと対峙する。
「お前は何のためにリリアナにとり憑いたんだ?」
「……フフ、それはね……」
6歳とは思えない大人びた微笑みを宿しながら、窓際の机の上に腰掛ける。
「魔王様からの命令を遂行するためよ♪」
あどけなさを演出したいのかコテンと首を傾げながら俺の問いに答える。そのまま首の骨を折ってやろうかと物騒な事を考えながら続けて質問する。
「魔王からの命令……? ってどんな?」
「ンフフ、知りたい? ならばまずお前が時を戻す迄の話を聞かせてちょうだい。」
キュロスは1度目の人生で何が起こり、どういう経緯で俺が時を遡るに至ったかを聞きたがった。悩んだ末、キュロスにかいつまんで話して聞かせる。
「オーケー、ありがと♪ 話を聞く限り我はキチンと仕事をしたようね。ただ、お前が惚れたカトレアのお嬢ちゃんを処刑に追い込んだばかりに計画は失敗したのね。」
フムフムと楽しそうに1人納得するキュロス。口調と容姿がアンバランス過ぎて、思わず目頭を押さえながらその計画とやらの話をするように詰め寄る。
「魔王様からの命令は1つ。この国に悪魔信仰を根付かせる事。」
「悪魔……信仰……!?」
「そう。この国の人間は近隣の国以外と国交が無いから知らないでしょうけど、他国では騙し合い、殺し合いが日常、もっと大がかりになると戦争をして民が犠牲になってる国がある。
そういう人間達は加害者も被害者も神を崇めず悪魔の力を欲するのよ。
それに、平和な国でも我達を崇拝する者は一定数居るわ♪」
驚いた。こいつ等の力を欲する? 崇拝する?? そんな者達が居るとはにわかには信じられない話だが、こいつの言うようにこの国は交流する国が少ない。俺自身も他国の事はあまり知らない。故にコイツの話が嘘とも言いきれない。
外交の仕事につく以外、他国の話を知るには行商の者達の話を聞いたり、他国の本を読むしか知る術がないのだ。
「それと、魔王様、前回の喧嘩で負けたことかなーり根に持ってるみたい。穢れの無いこの国を目の敵にきしてるのよ。」
前回の喧嘩……とは神話の大戦の事だろうか……?
負けて悔しくて粗を探して憂さ晴らしで悪魔を送り込んだだと……?
「あぁ、そうそう。あと我がこの娘に憑いた理由だけど……」
ごくりと唾を飲み込み真剣に話を聞くも、特に深い意味は無いとあっさり言われてしまった。
「たまたま入れる体があったから憑いてみただけ。この娘がスペランツィアだというのも憑いてから知ったくらいだしね。でも、神の祝福を受けた子に悪魔が入るって絶好の隠れ蓑じゃない♪ 神の末裔の王族にも近付けるし!
あぁ、でも、お前の話しからすると王子の婚約者はカトレアになるのか……」
残念そうにそう呟くと、急に立ち上がりベッドに腰掛けている俺の横に移動してきた。
「で、どうする? 我を殺すか? まあ、我を殺したらこの娘も一緒に死ぬがな。」
耳元でスクスクと楽しそうに笑いながら囁いてくる。ふざけているのか、本当の事なのか判断がつかない。
ただ1つ、失念していたがあくまでキュロスはリリアナに取り憑いているだけ。本体であるリリアナは俺達と同じ人間だ。
「まずお前をリリアナから引き剥がす方法を探す。お前達の力を欲する国があるなら、お前達を嫌い追い出そうとする国もあるだろ。そういう国ならリリアナを救う方法を知っているかもしれない。
……だがカトレアに何かしたら、リリアナには悪いがどんな手を使ってもすぐにお前を殺す!!」
睨み付けながら宣言するも、キュロスは意に介さずニヤニヤと嫌な笑顔でこちらを見ていた。
「フフフ、いいわぁ♪ グラドンやキーツ、ミネルも可愛いけど、お前が一番我の好みだ!! 怒った顔もまたかわいいのぉ。欲しかったなぁー……」
「はぁ!?」
久々に寒気がした。
「ンフ、そういえば結局お前の望みは何なのだ? カトレアが我の罠にはまり処刑され、怒りで王太子まで殺したのだろう?
かなりの痛みを伴う時逆までしてカトレアをどうしたいのだ?」
どうしたい……? え、どうしたいのだろう??
冤罪で処刑される位なら拐って逃げてしまおうと思っていたが、リリアナが邪魔をせずリファルと結婚すればこの国のトップに立てる。
今まで目の色が珍しいと言うだけで散々辛い思いをしてきたカトレアをバカにしたり気味悪がったりする者も居ない。
悶々と考えている横でキュロスが声をかけてきた。
「カトレアが好きなのだろう? ならば手に入れることを考えればいい。」
いつのまにやらすぐ横に座っているキュロスが耳元で囁く。
「そもそもリファルと婚約が成立しなければ我がカトレアに手を出す理由もない。
本来なら歳やギフトを考慮しても我が王妃の座に着く筈だったのだ。そう思っていたところでカトレアがその座に着いたから、お主の言う前の人生での我は冤罪を着せ処刑に追い込んでその座に着いたのだろうな。」
遠い目をしながらキュロスが語る。
「そこで、……どうだ? 我と手を組まぬか?」
「……はぁ??」
2度目のはぁ? だ。この悪魔突拍子もないことをいう。
「我は上に立つ立場ならば魔王様の命令を遂行するのに色々と効率が良いだろうと思い王妃になるつもりだ。
そこで、我はリファルを通じどうにかカトレアとの婚約をなくす方向で動く。もし仮に婚約が成されても冤罪でカトレアを追い込むような事はしないと約束しよう。」
「手を組むって事は俺も何かしないといけないんだろ?」
「そうだな。お前がする事は我の事、我のする事に関して口をつぐむ事だ。」
提案に眉間にシワを寄せ警戒を露にする。しかしキュロスは肩を竦めながら、
「こんなに悪い提案でもないだろぅ?」
正直、悪魔と手を組むなど吐き気がするが悪い話しではない。
ニヤニヤしているキュロスに、
「何があってもカトレアには手を出さないと誓え!」
「はいはい。誓ってやるわ♪」
真剣身はまるでないが、これでカトレアが冤罪で処刑される確率は少し減った。
「よしよし、では交渉成立だな! 我は部屋に帰るとしよう。ヒッヒッヒ……」
キュロスはそう言うとベッドから立ち上がり、音もなく机の上に立つとそのまま窓から身を投げる。
慌てて窓から下を見れば背中の大きな羽がフワリと開き闇に溶け込んでいった。
机に付属した椅子に座り、大きくため息をつく。
リリアナに悪魔が憑いている事は分かっていたが、まさかあんな奴だとは……
手を組み調子の良いことを言っていたが、何処まで信用出来るか分からない。何せ悪魔だからな。
次の日から俺は注意深くリリアナを観察するようになった。が、特にこれといった変化もなく日々を過ごしていた。
ある日俺の元にハーノンの婆さんが訪ねてきた。
どうやらリリアナの様子を聞きたいらしい。どういう事か話を聞くと、リリアナの近くに行くと何とも言えない不快感に苛まれるので原因を探っているらしい。
俺がチラチラとリリアナを気にしている様子を見たそうで、俺も何か感じるものがあるのではないかと確認しに来たのだ。
まさか本当の事を言うわけにもいかず適当にごまかした。
すると次の日、ハーノンの婆さんは部屋のベッドで眠ったまま亡くなったと聞かされた。
キュロスの仕業だろうとすぐに分かった。以前もこの時期に亡くなっていたのを思い出す。歳も歳なので老衰あるいは病気で亡くなったのだと思っていたが、婆さんは前も何か気づいて居たのかもしれない。
……俺は俺のために何も知らないフリをして口をつぐむ。その日は酷く自分が汚い者に思え、泣く資格もないのに大泣きしてしまった。
そして月日は流れ俺たちが10歳になった時、キュロスが色々と画策したにも関わらず、1度目の人生同様リファル王太子とカトレアの婚約が発表された。




