ルフト 4
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綺麗に淑女の礼をするカトレアの頭にさりげなく俺が贈ったヘアピンが飾られている。
長期休暇が終わり、寮も賑やかさが戻ってきた。
入寮1年目の長期休暇が終わると貴族達は従者や専属のメイドを連れてくることを許される。
カトレアのもとにもニナと言うメイドが派遣されてきた。彼女の乳母で教育係だった女性の娘で姉妹同然に育ったらしい。
ニナが来てからカトレアのヘアスタイルが変わった。今まではシンプルに後で1つに括っていただけだったが、編んだり団子みたいに丸まったりとバリエーションが増えたのだ。
そこに毎回、俺が渡した花の髪飾りがどこかしらに付けられている。それを見つけてはニマニマと崩れる表情を気合いで押さえ込む。
「ルフト様、本日も宜しくお願い致します。」
初めて挨拶したときとはうって代わりしなやかな動きで礼をするカトレアに俺も合わせて胸に手を当て礼をする。
「こちらこそ宜しくお願いします。カトレア嬢。」
手を差し出せば、そっと添えるように指先を乗せてくる。その手をとり曲に合わせて踊る。
リファル王子とライク、グラドンとリリアナのペアに当たらないようにリードしながら踊り曲の終わりにお辞儀をして端に寄る。
講師による評価と改善点の指摘を受けもう1度踊る。
ここまで1度目の人生と殆ど変わりなく過ごして来たのだが、今回のダンスレッスンでちょっと違った事が起きた。
「先生! わたし、違う方とも踊ってみたいです!! パーティーとかは色々な方と踊るんですよね?? だったらその練習にもなりますし……」
リリアナが元気よく手を上げて講師にアピールする。講師も思うところがあったのかその意見に乗る形でペアの変更がなされた。
リファル王子とカトレア、ライクとグラドン、俺とリリアナが新たなペア。
ライクは1度目の人生との違いに気づかなかったのか、男性パートを踊れると無邪気に喜んでいる。グラドンはこれ以上無いほど不機嫌に俺を睨んでいる。
「ルフト様ぁ、宜しくお願いしますぅ」
鼻から抜ける甘えたような声を出しながら近づいてくる。今まで挨拶程度の話したことはあるが、この時初めて背筋がゾワッとしたそしてチクチクとする不快感が全身を覆った。
微笑みながら俺を見上げるリリアナから少しづつ距離をとる。パンッパンッ!! と講師が手を叩く音にハッと現実に意識が戻るとダンスをするように促された。
期待に満ちた眼差しを受け、そっと手を出しリリアナを誘う。リリアナはウフフと広角を上げて笑いながら上目遣いで俺を見上げそっと指を乗せる。
「わたし、ルフト様と踊ってみたかったんですぅ。」
「やっぱりリードお上手ですね!」
「踊りやすいです♪ ルフト様とペアになりたかったなぁー。」
踊っている最中にわざと顔を近づけ、囁くように、誘うように1人で喋るリリアナ。
今までのリリアナとは明らかに違う行動。不快感が増す。思わず、
「……リリアナ、お前、キュロスって知ってるか?」
「キュロ……ス? ………えーっと、ご免なさい。聞いたこと無いんですがなにかの名前ですか? 」
う~ん、と唇を尖らせてなんだろう? と悩んでいる。素なのか芝居なのか判断がつかず一旦話題を変える。
1度目の人生では無かったことなのでなんで、なぜ突然パートナーを変えたくなったのか聞いて見た。
「10歳になったら貴族の養子になるって聞いたんです。 そうすると、将来パーティーとか出て色々な人と踊らなきゃいけないって聞いて……
グラドン様は……えっと、上手くリードしてくださるんですが、その……何て言うか……」
リリアナが言いにくそうに言葉を濁す。
言いたいことはなんとなくわかる。グラドンのダンスは、ダンスと言うより抱き抱えてくるくると回していると言う感じなのだ。
俺やライクとも踊る事があったがその時は普通に踊っていたので、よほどリリアナとのダンスが嬉しかったのだろう。リリアナからすればいい迷惑だろうが……
納得したところでもう一度リリアナを観察する。
先程同様、顔を近づけ囁くように喋り続けているのは変わらないのだが、寒気と不快感は無くなっている。
そのまま何事もなくダンスの講義を終えると、
「ありがとうございました! とても踊りやすかったです。」
綺麗に礼をしながら満面の笑みでお礼を言われた。そのままホールを出ていくリリアナ達を見送る。
「いいなぁ……、俺がリリアナと踊りたかった!」
ライクが後から小声で話しかけてくる。
「……まさかお前……」
「え? いや、違う違う!! どうせ踊るなら女の子相手の方が良いだろ!? オレ、この寮に入ってから一回も女の子と踊って無いんだぞ!」
絶望感漂う告白に、それもそうだな。と少し同情する。
「なぁ、お前はこのパートナーの交換が前回無かったのは覚えてるか?」
「え? 無かったっけ!? ……あれ? そうか、オレはこの寮にいる間はずっと男とだけ踊ってた気がする……んん? でも、その記憶に自信はない!」
はぁぁ……とため息をつき、別の質問をする。
「今日のリリアナ見てどう思った?」
「? いや、相変わらず可愛いなー。くらいかな……まぁ、中身を知ってるしな。……でも今のところ普通の女の子じゃね?」
ライクは特に違いを感じていないようなので話を打ち切る。
その後、1曲づつ別の人とペアを組む事になったダンスレッスンを何事もなくこなす日々が続いた。
リリアナも特におかしな点は無い。
そしてあの寒気と不快感を忘れた頃の夜中、寝付けずに寝返りを繰り返しているとカタッと背中側の窓際から音が聞こえた。
寝返りをする振りをして窓際を見る。そこには大きな翼のようなものを背負った人影があった。
薄く目を開けて確認すると、閉めたはずの窓が開いており、風に吹かれたカーテンが窓際に置いてあった置物に触れ音が出たらしい。
人影は音もなく俺の部屋に入って来た。そしてベッドの上の俺を覗き込むとそのまま顔を近づけてくる。
思わず片手で相手の顔面を掴んだ。ンムッと驚いたように声を出した相手を力ずくで押し返し自分も起き上がる。
「……誰だ?」
威嚇するように低い声で聞けば、いつか聞いた背筋がゾワッっとするような甘ったるい声で返事が来た。
「フフ、わかってる癖に。あなたが会いたがってたキュロスよ♪」
見回りにくる寮母に見つからないよう、ランプの光をギリギリまで絞って枕元に置く。
ランプの光と月明かりで見えたキュロスは、あの日見たものと同じ角を生やし、鞭のようにしなる尻尾をフルフルと振る6歳のリリアナだった。
「我に会いたかったのだろう? 名を呼ばれた時は驚いたが、お前のギフトを調べて大体の予測が出来た。
我の真名を知り得る事が、時を戻す前のお主に起こったのだろう? それを知るためにわざわざ出向いたのだが……」
ニヤリと微笑みながら一方的に喋るキュロスを観察する。
「フフッ、以前も思ったのだが……この姿はお前の好みか?? 何なら添い寝してやろうか?」
じっと見つめる俺にふざけた事をいい続けるキュロス。
イライラする事この上ないが、せっかくのチャンスだ。1度目の人生では聞けなかったことを聞くことにした。




