八、
「いらっしゃいませ、ようこそ湯屋『七色の湯』へ」
支配人――大女将が花のような笑顔でお出迎えする。
この人は顔を使い分けるのが上手だ。朝のいかつく厳しい表情のあの人と同一人物とは思えない。
お客様は、のれんをくぐるとこうしてお出迎えを受け、前金を渡して目的を伝えると、指名した姐さん、または兄さん又は支配人が采配したものの案内を受けて移動していく。
お帰りになる際は、受けたサービスに見合う代金を追加で支払う。個人的に担当してくれた使用人にチップを渡すお客様もいる。
大女将はお客様の要望と性格を見極めて、担当を瞬時に采配。コウ以外の六人は、ペアになった姐さん兄さんとともに、個室の案内や食事処、按摩室へと向かっていった。
まだコウのペアの姐さんには指示がない。姐さんは柔らかな笑顔を顔に貼り付けているが、あんたのせいで、と思っているのが思い切り伝わってくる。
とんだ貧乏くじをひかせてしまって申し訳ありません、とコウは心から思っていた。
次々とお客様がおいでになり、やっと夜の入店のピークを越えたと思ったとき、ご、ご、ぎ、と重く硬い音が聞こえてきた。
「いらっしゃいま、……せ。ようこそ湯屋『七色の湯』へ」
一瞬引きつったが、たおやかな表情を崩さずにお迎えする大女将はさすがである。隣の姐さんの笑顔にはぴしりとひびが入った。
これは減点ではないの? そのあたりは大女将には程遠い。
そんなコウも、目を丸くしていた。
こちらのお客様は、オリたちより背丈をずっと大きくした埴輪だったのだ。赤茶の土色が、子供の作る図工の工作品を思わせる。
手を横に広げ、肘をかくんと下に曲げた、まさに埴輪です、という形のやつのでっかいバージョン。
ぎ、ご、ぎ、と金を受け付け役に渡している。とても動きにくそうだ。
どうやって歩いているんだろう。
コウが気になるのはそこだった。
「では、こちらのものがご案内いたしますので、どうぞごゆっくり」
大女将はハニワさんをコウとペアの姐さんにまわした。茶色の着物を着ているコウにはぴったりかもしれないが、美しく着飾った姐さんには釣り合わない気がする。
案の定、姐さんはまた、あんたのせいで、という目をよこしてきた。多分、それは間違いではない。
「こちらさんは口がきけないから、うまくおやりよ」
扇子で口元を隠して耳元で大女将が囁く。
そりゃそうだよな。埴輪が喋ったらびっくりだもん。
とりあえずコウは姐さんと共にハニワさんを大回廊にご案内する。
とはいえ、ぎし、ぎし、と超スローペースで歩くハニワさんに歩調を合わせるのはなかなか大変だ。
なんとか間を持たせようと、姐さんがなんやかんやで話しかける。もちろんハニワさんから返事はないのだが。
「温泉が自慢で、今夜は景色が素晴らしいですよ」
姐さんがそう言うと、ハニワさんの首がぎ、と少し動いた。
もしかして、お風呂が目当てかな?
姐さんも同じことを思ったらしく、「では浴場へご案内いたします」と了承を得ずに決めた。
同意がなくていいのかとも思うが、どちらにしろ口のきけないハニワさんから意見を聞くのは難しい。一方的とはいえ、仕方のない決断だったとは思う。
ご、ご、ぎぎっ、とゆっくりゆーっくり進むハニワさん。途中、食事処の前を通ると、スズやシマの姿が目に入った。
お、いいな~。
ちょっとうらやましくなってしまう。
「おっとそこのおねぇさぁん、一緒にどお?」
ほどよく出来上がった恰幅のいい中年男性のお客様からお声がかかった。何人もの女性使用人をかかえている。
「はぁい、ぜひともご一緒させていただきますぅ」
え。
「あとは頼んだわよ、コウ。私は別の仕事が入ったから」
これ幸いと姐さんはコウに耳打ちすると、そのままころころとそのお客様の懐にころがりこんでしまった。たいしたものだ。
独りにされてしまった。
「申し訳ございませんが、あとはわたくし一人で担当させていただいてもよろしいでしょうか」
辛抱強く返事を、いや、動きを待つと、がき、と首がかすかに動いた気がした。
よっしゃ、なんとかやってやるぞ。私を一人にしたのは姐さんですからね、なにかしでかしても連帯責任でお願いしますよ。
コウはハニワさんをお連れして、風呂場へ向かった。
ここに来るお客様は様々。通りがかりに見ても不思議に思ったりしないのだろうが、使用人たちは違う。面白おかしく見ている、そんなかんじだ。
なにがなんでも満足してお帰りになっていただこう!
そう、心に決めた。