七、
部屋へ戻ると、四つの行李が用意されていた。もともと狭い部屋にでんでんでんでんと置かれたそれらは、存在感がありすぎだ。足の踏んごみ場がないくらい。
行李の上には名前の書かれた藁半紙がぺらりとくっついている。
それぞれ、行李の前に座り、
「せーの!」
ぱこっ
蓋を開けると、着物と襷、飾りが一つと化粧道具が入っていた。
「「おおっ」」
セイは薄紅色、スズは水色、リョウは新芽の色。花びら、波紋、唐草模様が入っている。
コウのは薄茶、良く言ってベージュと表現できるかできないか。第一印象は、干からびたお茶がらの色。申し訳程度に、ころんと毬の模様が入っている。
渋くていいかんじ。こういうの好きだな。
悲観的ならないのは、きらびやかなものが自分に合わないのを、それに目立つと後で皺寄せがくるのがわかっているから。
似合わないのはもちろん、目立ったらその後、良い想像ができないのだ。
着物を羽織ると、ひとりでにしゅるしゅると着つけられた。
「これ、支配人の魔法だよね?」
「うん。でもいつかは、自分の着物持って、着付けも自分でしたいよね」
「ねーっ」
着物以外、髪と化粧は自分で。
……どうしよう、できないぞ。
「セイ~、スズ~」
泣き声を出すと、二人が「わぁったわぁった」「わかってる」と髪を結い上げ、薄く化粧を施してくれた。
「コウの髪、中途半端な長さで困る」
そう言いながらも、スズはコウの頭の後ろの下に小さなお団子を作り、ちょんと玉簪を刺してくれた。
「ありがとう! どうなってんの? この長さでなんでまとまるの? 魔法みたい!」
「あたしに魔法は使えないって」
「ほらコウ、動かないで。化粧できないでしょ」
顔はセイがやってくれた。
リョウは長い髪を編み込んで、葉っぱの形のバレッタをつけている。
明るい茶色で短い髪のセイは、ハーフアップにして花の飾り。
スズはゆるふわウェーブの髪を嫌らしくなくすっきりとななめに結わえ、雫型の簪を揺らしている。
この三人は、髪が伸びるの遅いんだよなぁ。
髪型のバリエーションはいくつかあるが、長さはずっと変わらない気がするのだ。
ぽんぽん、頬紅をのせてもらって、コウも完了。
「うーん、楽しみだぁ!」
「あくまで姐さんたち立たせるための脇役だけど」
「でも見初められちゃう可能性だってなきにしもあらず!」
「今夜のお客様次第だよね」
食事を一緒にしたり、お酌をしたりすることもあれば、温泉で背中を流したりすることもある。
女好きのお客様であれば、お伴でもなんでもはべらせてごちそうしてくれるし、温泉目的なら案内して終わり、次のお客様の誘導や給仕にまわされることもある。
ごちそうが食べたい、少しでもご相伴にあずかりたい、というのが食いしん坊のコウの願い。
「さ、早めだけど行こう」
姐さんよりも遅くに集合などあってはならない。先に待って、お世話になります、と伝えなければ。
本館の使用人控室で待っていると、あとから男三人組がやってきた。
「おっ」
「着物姿新鮮~」
「三人とも藍色なんだ」
「似合ってるじゃーん」
女四人から褒められた男たちは、まんざらでもなさそうだ。
「お前らもイケてるんじゃね?」
「馬子にも衣装、ってやつ?」
「姐さんの色気には負けるけど」
なんだとごるぁっ、と痴話喧嘩が始まる前に、姐さんと兄さんが登場したので、控室はしんと静まった。
ぱちり、とシマと目が合った。無表情のまま逸らされる。
地味ですみませんね。私はこれでちょうどいいの。
へんっ、と心の中で嫌味を言ってやった。今頃ちくりとなにか感じていることだろう。男たち三人のお着物姿もいいな、と思ったことなど口に出してやるもんか、けっ。
すぐそこに、みんなが待ちに待った本館での仕事の時間が、やってきている。
なにごともなく、無事に終わりますように。