四、
大変そうな仕事を押し付けられるのはよくあることだった。働きはじめてそれを早々に学習したコウは、その日の仕事に合わせて必要になりそうなものを持ってくるようにしている。
なぜそうなるのか、理解しているから。
それはさておき、取り出したのはヘラ。持参したものの一つだ。
一般的に必要とされる用具は既に個々に揃えられている。それもまた、コウに与えられたものは使い物にならないような、古いモノが多いのだが。
とにかく苔と錆とを削り取っていく。落ちたものは桶にまとめる。流してしまうと排水口が詰まっちゃうもんね。
さすがは貧乏神様! 効果てきめんでございます!
汚れはなかなか落ちない。コウはめげずにそぎ落とし続ける。
貧乏神様による汚れは表面上だけだ。本体そのものは、支配人の魔法により守られているため痛まない。だから風呂釜も床も壁も、表面の汚れさえ落としてしまえばそれでOKだ。
痛まないことがわかっているので、力加減の調整は必要ない。全力を込めて手を動かし続ける。
周りからは、しゃっしゃっとブラシの音が軽やかに聞こえてくる。もう床磨きに入っているところもあるらしい。
急がないと、昼の解放時間に間に合わない。
がりがりがり
もくもくと作業を続け、やっと窯がきれいになると、桶にはそぎ落とした苔や錆でもりもりになっていた。ごみ収集場に持っていく途中、コウが運ぶ物体を見たオリたちに、「うわ」「なんだこれ」と驚かれた。そりゃそうだ。驚くのが普通。
ごみ収集場と言っても、それは実質“場所”ではない。
コウの背丈より少し大きいくらいの黒く丸い物体だ。まりもを黒くして、二重丸を二つ書き足し、内側の円を塗りつぶしたような目をくっつけたかんじ。ごみを前にすると、ぱっくりと大きく口を開ける。そこへごみをぽいっと放り込む。
食べているのだと思う、多分。放置されたり焼かれて悪いガスを出されたりするよりは、消化してもらえるほうがよっぽどいい。
黒まりさん(と呼んでいる)にごみを食べさせ、小走りで戻りながら他の風呂場を横目で見る。ほとんどが掃除の仕上げに入っている。大変、急がなきゃ。
仕方がない。
コウはシャワーの水を、壁や窓の上から窯、床全体にかける。垢などの汚れは、支配人特製の磨き粉で落ちるはずだ。
風呂場全体に水をかけ終えると、磨き粉を足元にすべてぶちまける。柄の長いブラシでこすると、しゅわしゅわと泡になった。
――広がって。
そう念じる。
――広がれ、ここ全体に。
泡はしゅわしゅわと小さな音を立てて、壁から床全体を覆い尽くした。
ふぅ
手ぬぐいで額をぬぐうと、気合を入れ直す。
とん
床を蹴って壁に着地。泡で覆われた壁を、下から上へ、上から下へとブラシを動かしていく。長くは維持できないため、ちょくちょく跳んで場所を移動する。
泡は表面の汚れを溶かしてくれていて、思ったよりも弱い力できれいな壁が見えてきた。
すべてを磨き上げたときには、他の風呂場は掃除を終えていた。消耗品を取りに行っているようで、気配が少ない。
チャンスだ。
コウはシャワーの水を高く掲げた。
――洗い流して。
水が雨のように広範囲に広がって降り注ぐ。磨いた部分がつやつやと光る。
ふぅふぅ
あとは石鹸とかを揃えて……と思っていると、するりと桶がすべりこんできた。中には消耗品が並んでいる。同期の誰かがコウの分まで用意してくれたのだ。
ありがとう。
おかげでぎりぎり、時間内に仕事を終えることができた。
「全員終わったね?」
確認をしにきた先輩にピカピカの風呂場を見せると、先輩はつまらなそうに舌打ちしてから、「休みにしな」と言い残して去っていった。
「コウ! 終わったんだね!」
「よかったー」
「よくここまできれいにしたな」
「貧乏神様怖ぇ」
「こら、お客様に失礼!」
「食堂行こうぜ」
午前の仕事を無事に終えたら、腹ごしらえだ。
ぐうぅ、と腹の虫が鳴りそうなのをどうにか抑えるのが大変だった。
きょおっのおっひるっはなっんだっろな~♪
働いたのだから、ごはん食べても大丈夫。コウにとって、食事の時間はとても幸福な時間である。
おいもとか、カスタードクリームとか、そういうのが食べたいなぁ。
体は甘いモノを頻繁に要求してくるが、そうそう手に入らない。本館で給仕し、おこぼれをもらっているものを羨ましく思うのは、こういうときなんだよね。