一、
ぱちり、と目が覚める。
時計を見ると、午前五時四十分。私の起床時刻だ。
同室の三人を起こさないよう、そろりそろりと音を立てずに布団から出るのは慣れっこだ。と、髪を括って寝間着から作務衣に着替える。
それを終えると、こっそり部屋を出て共同の洗面所へ。顔を洗い、一階へ。
「おはようございます! 今朝のご要望は?」
目的の部屋にいたのは、たぬきのおじじ。
「かけそば。今日は山菜のがいいのぉ」
「承知いたしました!」
まだ眠そうなおじじにそれだけ答えると、次の目的地へ。
「おはようございます!! 今朝は山菜そばのかけで!!」
一層声を張り上げるのは、ここが戦場だからだ。厨房、という名の。
「おうよ!」
大将の力強い声がどこかから飛んできた。
たくさんの料理人さんが動き回る厨房は、忙しないが洗練された動きだ。使用人の賄いの準備をしながら、お客様の朝食も準備しなければならない。とにかく忙しいのだ。
「ほら、持ってけ!」
どこからか出されたお盆には、希望の品が乗っていた。ほこほこと湯気が立ち上り、鼻孔をくすぐる。
「ありがとうございます!! あと、いつもの、お借りします!!」
お盆を左手に、“いつもの”を右手に抱えてもう一度おじじのところへ走る。お汁をこぼさないようにっと。
「おじじ、お待ちどうさま! じゃ、行ってきます!」
「ほいほいありがとさん。行っといで」
見送りの言葉を背中で受け取って、右手のそれをしっかりと掴み直す。
かち
時計の針が六時を示す。
カンカンカン!!!
右手に持つ古びた中華鍋を、同じく古びたおたまで思い切り叩く。古びているとはいえ、金属同士が奏でる、頭に響く音。
カンカンカン!!!
二階から順番に、コの字に回り終えたら、次は三階へ。
足に力を入れる。
ぎゅっ
吹き抜けになっている部分を跳び越えて、反対側の三階欄干に着地。
そして再びコの字に駆けまわりながら、中華鍋を叩き続ける。
右から左へ、頭がぐらぐら揺れる音を鳴らしながら、文字どおり跳びまわる。
その音を聞いて目覚めた使用人たちが、ふわぁ、とあくびをしながらぞろぞろと部屋から出てくる。
目覚まし時計。
それが私に課せられた最初の仕事だった。
ほとんどの使用人が、身支度をそこそこ整えて外に出る。行先は朝の賄いを食べる食堂だ。
その間に、すべての部屋をまわる。最初は寝坊をしているものの耳元で鍋を大きく叩いてやることもしばしばあったが、音の衝撃が大きすぎて、ここのところは寝坊するものはいない。
いかにも抜け殻です、という盛り上がりかたをしている布団を畳んで、風を動かして簡単に掃除する。天気の様子を見ながら、部屋の順番で入れ替わり布団を干していく。
そんなこんなをしていれば、時間の経過は早い。
すべての部屋をまわり終えた頃には、朝食を済ませた使用人たちが一度部屋に戻ってくる。それまでが私の仕事のタイムリミット。初めこそ終わらずに叱られることが多々あったものの、もう超えることもなくなった。
部屋へと戻る使用人たちとは反対方向に小走りしていると、声がかかった。
「コウ! おはよう!」
「おはよ~、今朝もおつかれ」
「今日は鮭の西京焼だったよ」
セイ、スズ、リョウの三人。
同期にして同室。ほかにも同期は男子三人がいる。
「おはよう! おつかれって……仕事はこれからだよ! 朝ごはんもらいに行ってくるね!」
「行ってらっしゃーい」
三人は部屋に戻っていった。
そう、仕事はこれからだ。
ただ、朝のお役目を労ってくれる言葉はとても嬉しい。同期はみんないい人で良かった。
働かざる者、喰うべからず。
朝の任務は終了、イコール食べてよしってことだ。
待っててね、朝ごはん!