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ファンタズムアポロ

作者: 湯殿たもと



2051.6.14

竹取物語の時代はおろか、ごくごくつい最近まで月という星は人類にとってはるか遠い星だった。見るだけだった月に初めて降り立ったのはアポロ11号。もうすぐそれから100年が経とうとしている。初めて来てからしばらくはやたら停滞していたような歴史になっているけど、ようやく月に人類は住み始めた。


なーんて、私は月の専門家でもなければ、小説家でもない。なーんの変哲もない、そのへんにいるようなタダの学生。当たり前のように月に住んで、月の学校に通ってる一般市民。こんな変な感慨にふけったりする必要もないけど、それには理由がある。

キーンコーンカーンコーン。授業終わりのチャイムが鳴る。宇宙世紀には似合わないようなお爺ちゃん先生が教える現代文の授業は暇だ。そう、暇だからいろいろふけっていたというわけ。そしてこの授業は今日の終わりの授業。ホームルームをやって、そしてサークル活動。

そんなに古いはずがない建物でも、使い方によっては、もしくは日の加減とかで古く見えたりもする。部室棟の端にある我がサークルはその筆頭だった。扉を開ける。先客はひとり。これで全員集合。

「サガリンやっときた」

「百花は早すぎるの」

「そう?」

「そう」

サークル代表、部長の百花ももかはいつも来るのが早い。ホームルームが終わるなり掃除をサボって飛び出してる私より早い。つまりはホームルームもサボってるのが百花。

「サガリン、急いては事を仕損じる、だよ」

「善は急げともいうよ」

「たまには急いでもいいかもね」

こんなふうに、どうでもいい会話をするのがこのサークルの普段の姿。知能の高いような、低いような、変なような、まともなような、そんな話ばかりしてる。

「なにする?地球見でもする?」

「地球見なら夜がいいよね」

「あえて明るいうちに見てみる?」

「あえて?いいね」

薄暗い部室の薄汚れたカーテンを開ける。日差しが照りつける。太陽はまだまだ粘っているけど、地球もそこそこの存在感を示している。

「月の表は地球のほうを見てずっと回ってる。だから地球なんて、珍しくはないけど、たまにはじっくり見るのもいいかもね」

「そうね」

今私達がいるのは月の表。でも月は平べったいわけでもなくて、なんの変哲もない真ん丸の星。地球から見えているのが表、見えないのが裏。月にいる人類も、相変わらず地球基準で表、裏と言っている。いつの日か呼び名が変わるとしたら、どんな呼び名に移り変わるのか。アメリカのことを「新大陸」とか言ってたときもあるみたいだけど、それとはなにか関係性が違うような、そんなのがあってもいいかもしれない。

「地球っていうのはいくら人間が好き勝手やっててもパッと見ればわからないものだね」

ガガーリンが「地球は青かった」と言い表して、実際に宇宙空間から見ればそうなのかもしれない。今の月は人工空気が導入されているから、そんなに綺麗には見えないけど。

「地球の都市が見えないように、月の町並みも向こうからは全然見えないんだろうね」

「そうだね。昔の人には月の裏には都市があって宇宙人が住んでいるとか言ってた人もいるみたいだけど、これじゃ表にあったとしても解りようがないよね」

結局は人類がどんなに発展しても、結局は宇宙レベルだと虫ケラにすぎないってこと。

「でも結局、調査の結果で見ると、月の表にも裏にも宇宙人はいなかったね。あくまで人類の想像に過ぎなかった」

「・・・・・・本当にそうかな。そういう証拠を見つけられてないだけかもしれないよ」

「そうなの?」

「地球の歴史だって、邪馬台国が九州にあるってつい最近までわかってなかったよ。未解決事件だって多数。数学的理論に基づくことだってわからないことは多いのに、見落としがあったり、痕跡が時間で薄れていくようなことは尚更探す価値があるよ。竹取物語から1000年、考古学の域に入ってることなら可能性はあるよ」

「そうかもね。月の裏には人は住んでないし、探査船もあくまで大雑把な測量しかしてないはず。もしかしたら」

どうしてこんな変なことを話しているのか。それはそういうことが好きだから、そしてそういうわけで「オカルトサークル」に入ってるから。



2051.6.15

翌日の放課後は街中に買い物に来ていた。月の街並みはどうも小綺麗というか、定規ですべて線を引いて作ったというか、きっちりし過ぎて街並みとしてはつまらない。海も山もなければどこまでも平ら。そういうところを選んで作ったんだろうけど、機能的なのを目指しすぎてまったく面白みのない。絵葉書になるような地球の街並みとは全然違う。

「ここね」

普段入るようなオシャレな服屋さんとはちがって、今日は作業着のお店に入る。ここには探検に良さそうな服、つまりは宇宙服が売ってる。

「機能的なのは無骨なのがお洒落だよね」

「なんとなくわかるかも」

私たちが普段は着なそうなファッションを毎日着てる人がいるのだから世間は広い。ファッションというジャンルじゃなくて、必要に応じて着てるんだろうけど。

まさに月の大地といった感じの色の作業着を買って、そして帰って袋から出して着てみる。これは無骨というか、単に地味なだけかもしれない。


2051.6.16

土曜日。今日は学校は休みだけど、いつもより早く起きて早く出る。サークル活動があるから。集まったのは学校ではなくハイウェイのパーキング。

「おはよ」

「おはよ」

百花も気合が入っている。スクーターで向かうのは月の表のハズレ、居住区の端。人工空気が導入されているのはここまでで、居住区を出るときは宇宙服を着ないといけない。とはいっても、宇宙服に免許があるわけでもないし、外に出るのに許可がいるわけでもない。月に来るのには何重にも物々しい検問があるのに、こういうところはゆるゆる。人工空気を覆うカーテンをひらりと持ち上げくぐる。そこからはもはや遥か彼方の星のような変わりよう。どこまでも岩、空は澄んだ星の海、これが本来の月の姿。

「地球の自然は心が癒やされるとかいうけど、月の本来の姿は心を無の境地にするかもね。座禅をするよりもはるかにいいかもしれない」

スクーターはそんな月の砂漠を進んでいく。空気が薄くてもこのスクーターには関係なくてすいすい。

一時間ほど走って休憩。休憩といってもそこは休むようなところではなく、さっき走ってきたところと同じような月の砂漠の続き。百花は調査するところに目星をつけているようで、地図に印をつけている。

「サガリン、アポロ計画って本当に月に行ったと思う?」

「行ったんじゃない?旗だって記念館にもおいてあるし」

「旗なんていくらでも後から準備できるし、昔の写真や映像だって鮮明じゃないと思うよ」

「そうかな」

「それに、絶対に張り合ってくるはずのソ連は月には降り立ってない」

「ソ連にも出来ないことがあるでしょ」

「私はアポロは本当に行ったとは思ってるけどね。でも、結局は不確かなことしかわからない。実際に行った人の記憶にしか頼れないかもしれないね」

しかしそんな昔の人は今は生きていないはず。NASAやアメリカ軍の機密を手に入れてしらみつぶしに漁れば行ったにしても、行かないにしても、証拠が見つかるはず。

「記憶は不確かなものしかなくて、証拠はあとからでも用意できる。それなら、私たちで確かな証拠を見つけたらいいの」

百花は雄弁に語る。記録よりも記憶に残したいのが百花流かな。でも、私にはアポロ計画なんてどうでもよかった。私が興味あるのは、アポロ計画より遥か昔の月の文明。

休憩を終えてまた走る。そして30分。先を走る百花がスクーターを停めた。私たちもそのあとに続いて停める。そこは大きな谷。私たちが今いるのは切り立った崖の上で、遥か下まで崖は続いている。回り道するのかと思いきや、百花はスクーターを垂直移動モードに変えた。ここを降りようとしてるっぽい。文明はこの谷底にあるとみたか。月には水は流れてないから谷底はそんなに侵食はないはず。一方表面は大気が薄くて風化が激しい、となれば、谷底のほうが古いものがそのまま残っていてもおかしくない。私もスクーターを垂直移動モードに変える。百花とアイコンタクト、そしてそろりそろりと崖を降りていく。

10分も降りて谷底にたどり着く。砂漠という表現から、石切り場という感じに変わってくる。石を切り出してる人なんて誰一人いないけれど。

「・・・・・・何もないね」

普段は何もかも分かってるふうな百花も流石にキョトンとしてる。石、岩、砂、それがすべて。うーん、と悩みんで黙り込んでしまった。月の文明はここにはないのか。

その時、岩の隙間から一筋の光がさすのが見えたような気がした。気のせいかなとも思ったけど、駄目元でその岩の隙間に手を突っ込んでみる。岩は驚くほど、まるで発泡スチロールのような軽さでそのままどかせてしまった。そして光は間違いなく、その先からさしていた!

「百花!」

「あれ!?」

岩はちょうど人の背丈くらいの隙間をあけた。ちょっとかがんでその中に入ってみる。中に入ると外から見た印象ほど明るくなくて、うすくぼんやりとした明るさだった。その明るさは太陽の光でもなければ、人工的なものでも無さそうだった。

「桜だよ」

「桜だね」

月には一本も咲いていないはずの桜がそこには生えていた。それも自ら光を発していた。ほたるみたいに、自分から光を発する生き物はいるけれど、桜でそういう現象は聞いたことがない。ヒカリゴケでもくっついてるのかと花を調べてみても、そんな感じではなさげ。

「これは月の文明?それともまた別の文明?」

地球の技術では作れなくもないかもしれないけど、わざわざこんなところにこんなものを仕込むとは考えづらい。うーん。

「地球の外の文明だとして、こんな桜にそっくりなものが他の星にあるのかな?」

「あるかもしれないね。桜には誰しもが心を奪われるんだから、地球以外の人が似たものを見つけたとか、あるいは芸術として作り上げたか、そういうのがないとはいえないよ」

確かにその桜に心を奪われていた。そして、ふと我にかえるまでそのままでいたようで、そしてその後は来た道をスクーターで帰った。砂漠から居住空間に帰ってくる。殺風景な街並みなんて砂漠未満だとか思いながら。


2051.6.18

「アレは結局なんだったんだろうね」

たまには自分から話題を切り出してみる、そんなサークル活動の放課後。

「なんだと思う?」

「月以外の宇宙人が残したオブジェ。展覧会か、美術展かなんかで作ったやつをそのまま置いてきたんだと思う」

「オブジェか、ありかも。私はあれ自体が生き物、つまり宇宙生物だと思ってるよ」

「宇宙生物・・・・・・そうかも?」

結論は出ないのがわかってるけど、それでも色々な可能性を話してみる。現実的な線から突拍子もない可能性まで。でもそれが楽しい。結論が出たほうがいいと思ってる人が多いのは間違いないけれど、結論が出ないのが面白いと思ってるのが私、寒河江りんごであり、肘折百花であり、我がオカルトサークル。



ファンタズムアポロ おしまい。




あとがき

はじめましての人ははじめまして。いつもの人はこんちには。湯殿たもとです。ファンタズムアポロはちょっと頭をたまには回転させてみようと思って書いた話です。結果は、なんというか、ちょっとうざい話に。まあいいや。宇宙っぽさが出せてればいいかな。次の話で会いましょう。


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