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8 ティエラが戻って来ました

「……何故だ……何故パーティーが見付からない……」


 長テーブルの上に顔を突っ伏し、リオは一人死んだような声で呟きました。夕焼け色の混じり始めた陽光が、ガラス窓を透かして彼のブルネットの髪を寂しく照らしておりました。


 あれから様々な冒険者達へと声を掛け続けたにも関わらず、リオはその全てからパーティーへの加入を断られていました。『パーティー人数が多過ぎる』『魔術師なら間に合っている』……などの理由であればまだ救いがあるのですが、実際の断られた理由の多くは『リオは戦力にならない』……でありました。


 要するに、リオが悪い意味で有名になっている、と言う事です。二ヶ月前にハリー達のパーティーへと加入出来た事は、むしろ例外的な|幸運であったとすら言えるでしょう。もしこのままパーティーを組む事が出来なければ、相応の対価を得られるクエストをこなしてお金を稼ぎ、ギルドへの納入金を支払う……と言う事すら、まともに出来なくなってしまうでしょう。


 前にも言った通り、一応は魔物と遭遇する可能性の低い場所で行われる採取系クエストや、魔術を使わずとも簡単に倒せるような弱い魔物を相手にしたクエストなど、リオ一人だけでも十分にこなせるクエスト受ける道も残されてはいます。が、それら駆け出しでも簡単にこなせるようなクエストでは十分な稼ぎを得る事は難しいでしょうし、何より『魔術を使わずとも達成出来るクエスト』に頼りっきりの状況と言うのは、リオの"魔術師"としてのアイデンティティが揺さぶられる事態でもあります。幼い頃から魔術の鍛錬を積み、『王立の魔術学園』でも熱心に研鑽を続けて来た彼の心には、"魔術"に対する相応の自尊心が根付いております。昨日ハリー達に食い下がった時などのように、ある程度はやむを得ないと考えてはいますが――そもそも自分の魔術を否定してまで開拓者を続ける事に意味があるのか、と言うのがリオの率直な本音でした。


 一時は人の少なくなっていたロビー内部には、再び数多の開拓者達で賑わい始めております。朝方、日帰りで達成出来るクエストへと出発した開拓者が戻って来

る、大体の時間帯であるためです。


(……つーかティエラの奴、あれから姿を見掛けねぇな……)


 彼女の受けたお試しクエストは、魔物に遭遇する危険性も低ければ、内容も『癒やし草を採って帰る』と言う、単純極まる代物です。普通であれば、大体昼前には戻って来ているはずなのです。帰還が遅れる可能性はほぼなく、この時間帯に至るまで姿を見せないと言うのはかなり不自然な状況でありました。


(……ま、俺もパーティー探しに集中してたからな。たまたま気付かなかったってだけ……ん?)


 リオが胸中で無難な結論を下しかけた辺りで、にわかに入り口の方が騒がしくなっている事に気付きました。一体何だ、とリオが眺めていると、


「…………か、帰って来られたぁぁ〜……」


 見るからに満身創痍なティエラが、覚束おぼつかない足取りでふらふらと扉をくぐる姿が映りました。そのままギルドの床にべしゃりと力なく倒れ込んだ彼女に、リオは慌てて椅子から立ち上がり、側へ駆け寄りました。ロビー内の開拓者達もざわざわと周囲へ集まり、治癒魔術の使い手も杖を手に魔術発動の準備を整えました。


「おま……っ!? ど、どうしたんだよっ!?」

「……あ、リオ〜……ただいま〜……」


 顔の近くにリオがひざまずいて言うと、ティエラは疲労困憊の溜め息を漏らすような、弱々しい調子で言いました。全身は土やら草やらで汚れており、頭には木の葉が引っ付いておりました。ざっと見た限りでは怪我もなく、きちんと会話も出来る様子ですが、楽観は出来ません。


「その娘、お前の知り合いか?」

「ああ、今日開拓者になって、お試しクエストに出掛けた」


 リオの答えに、質問者始め周囲の開拓者達の間に緊迫した空気が張り詰めます。いくら初心者とは言え、お試しクエストでこの有り様になるとは普通は考えられません。必然、彼らの脳裏には尋常ならざる異変の可能性がぎったのです。


 リオは少し声量を落としつつ、ティエラに詳細を尋ねました。


「何があった? ……まさか、街の近くに凶暴な魔物でも現れたのか?」

「……ううん、そう言う訳じゃなくって。……まあその、何て言うか、一言でまとめるとね……」


「落ち着いてからで良い。焦らずに、ゆっくりと話せ――」

「……道に迷った」


 ティエラの言葉に、リオを始め周囲に集まった人々が固まります。


 ここで、ファインダの街周辺の地理について説明をしましょう。


 ファインダを魔物から守るために作られた外壁は、一般的に見られるような街の周囲を円環状にぐるりと取り囲む……と言った構造ではありません。乱暴に言えば『街の西側を遮るよう、北東から南西に向かって斜めに縦断するように作られている』のです。これは、島を南北に流れる"リバ川"に隔てられている影響でティルノア島の東側およそ四分の一には危険な魔物が生息していないためです。『リバ川と外壁とを組み合わせて』西からの魔物の侵入を防いでいるファインダの街にとって"東側を守る意味が薄く"――あくまで魔物の脅威だけに絞っての話ですが――、それよりも街の拡張を視野に入れ、壁は作らない方が良い……と言う判断があったためです。


 一方で、件の薬草園は街の南西側にあります。外壁を左手側に見ながら、そのまま壁に沿って進めば辿り着ける位置に作られているのです。その事はクエスト前にしっかりと説明を受けますし、事前に地図も確認出来ます。


 要するにお試しクエストは、"道に迷いようのない場所"へと行って帰るだけの内容なのです。ティエラの"迷った"発言は、開拓者達の常識を斜め上にブッチ切る、別の意味で尋常ならざる異変でありました。


「………………は?」


 長い間を置いて、ようやくリオが口を開きました。


「いやだからね、道に迷ったの」

「…………いやいやいやいや。むしろ、どうすりゃ迷えるんだよ。お前、ちゃんとクエストの説明受けたんだよな?」


「受けたよ。外壁を左手側に見ながら、そのまま壁沿いに進めば辿り着く、って聞いた。……で、ボクは言われた通り、門を通って街の外に出てから、壁を左手側に見ながら進んで行ったんだよ」

「うん」


「しばらくして、ちゃんと薬草園に着いたよ。看板が立てられてたし、中の人に確認したから間違いないよ」

「うんうん」


「それで、ギルドで言われた通りに癒やし草を採って鞄に入れて。それから薬草園を出たんだ」

「そうか」


「……後になって気付いたんだけどね。行きは『壁を左手側に見ながら進む』って事は、帰りはその逆の『壁を右手側に見ながら戻る』って事なんだよね……」

「おい、嘘だろ……?」


「その事をすっかり忘れてたボクは、薬草園を出て愕然としたよ。だって、ボクの左側に壁ないんだもん。帰る際の目印を失ったも同然の状態だったよ。……まあでも、きっと何とかなるだろうって思って。自分の勘を信じて、そのまま街があると思う方角へ歩き出したんだ」

「信じちゃったか……。その場面で、恐らくは一番信じちゃいけないものを信じちゃったか……」


「……気が付いたら、何か森の中にいてね。もう完全にどこに行けば良いか分かんなくなっちゃって……」

「まず森に入る前に気が付こうな?」


「で、魔物と戦いながらあちこち彷徨さまよっている内に、偶然他の開拓者の人達と出会って。ちょうど街に帰るところだったらしくて、ボクも一緒に連れてってもらって……何とか戻って来られたよ……」


「すんませんっしたっ!! このボクッ娘が、皆様に多大なるご迷惑をお掛けして本当にすんませんっしたっ!! 俺も昨日会ったばかりで責任とか全く取る必要ないとは思うんだけど、とにかくすんませんっしたっ!!」


 未だ体力の回復し切らないティエラに代わり、リオはキツツキに匹敵する勢いで周囲の開拓者達へと何度も頭を下げました。特に入り口の外側、恐らくはティエラを連れて来てくれたと思しき開拓者達には念入りに頭を下げ続けました。


「……うう……皆さん、ごめんなさい……」

「……取り敢えず、宿へは俺が連れて行くからな……」


 気まずそうに謝るティエラに、リオは呟きました。


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