51 帰還しました
その夜は酒場でちょっとした宴会が開かれました。
『村を救った恩人』であるリオ達のために、主人から特別な料理が振る舞われました。特別とは言っても、本日の酒場の献立である鶏肉シチューに簡単な肉、野菜料理を数品追加した程度ではあります。しかし、騒動の直後と言う限られた時間で用意されたものとしては、十分に手の込んだ品々でありました。主人からの粋な計らいに感謝しつつ、リオ達は心ゆくまで料理を堪能しました。
その後は宿の部屋へと戻ります。せめてもの礼と言う事で、宿の主人からは本日分の部屋代を無料にしてくれました。
その後はファインダへと帰還する準備を整えて過ごし――
「……リオ? ちょっと良い?」
リオがそろそろベッドで布団を被ろうか、と考えた時に、扉の外からノックと共にティエラの声が聞こえて来ました。
「ああ。良いぞ」
リオが言うと扉が開き、ティエラが狭い個室の中へと入って来ました。
「身体、大丈夫?」
「大丈夫だって。治癒魔術のおかげで傷跡一つ残ってないぞ」
「うん。でも無理しないでね」
「マールからも言われたな。だが、本当に何ともないぞ」
肉体的な怪我そのものは、治癒系の魔術によって治す事が出来ます。傷口もぴったりと塞がりますし、折れた骨も元通りにくっつきます。しかし、例えば出血によって体内の血が足りなくなったり、怪我によって引き起こされた身体の反応が治まらなかったり……と、何らかの不調が生じる事があります。そのため、魔術で怪我を治した後はしばらく安静にしておくのが常識的な対応なのであります。
「なら良いけど……」
「心配性だな。本当に無理そうなら素直に言うから安心しろ」
「うん……」
リオがそう言っても、ティエラの不安顔は晴れません。リオも無理に納得させる事はせず、しばらく無言の時が流れました。
「……何て言うかさ……」
少し経って、ティエラが口を開きます。
「ん?」
「ほら、ボク最近になってお父さん亡くしちゃったじゃない。だから、その……どうにも敏感になっちゃってて。リオが怪我した時、もし死んじゃってたらどうしよう……って怖くなって。……正直、今もまだ怖い。もう大丈夫だろうって頭では分かってたんだけど……確認しないと落ち着かなかったんだ」
「ああ……」
「……ごめん。勝手な事言ってるってのは分かってる。でも、自分じゃどうしようもなくって……」
「気にするな。俺は気にしてない」
そう言ってリオは気を紛らわせるために話を切り替えます。
「それより、お前も流石だったな」
「?」
「"遺産"との戦いだよ。あれ見りゃお前の戦闘能力が一級品だってのが良く分か
る。これなら討伐系クエストの依頼も大丈夫そうだ。等級だって、その内すぐに上がって行くだろう」
「ありがと。……それにしても凄かったよね、あの"遺産"。あれって、大昔の人が作ったものなんでしょ?」
「ああ」
「人の手で作られたものが、独りでに動いて戦うなんて。何か不思議な感じだよ。そりゃ、人を襲うのは悪い事なんだけど……それでも、凄いって思った。今でも信じられないよ。夢でも見てた気分」
「確かにな。俺もかなり驚いた」
「この島には、そんな大昔の人達が作ったものがまだあるんだよね。……そう考えたら、興味が湧いて来たよ」
「そうか」
「うん。ボク、ティルノア島の事もっと知りたくなった。たくさんの土地に行きたい。たくさんのものを見たい。そしてたくさん先史文明の遺産に触れてみたい」
「そう簡単には見付からねーぞ? 少なくとも、今回みたいなのは滅多にないぞ」
「分かってるって。ボクに新しい目標が出来たってだけだよ。……話をしてたら、少し気分が落ち着いたよ。ごめんね、こんな夜中に」
「何度も言うが気にするな。不安なら素直に頼れ。何なら俺が寝てる時に叩き起こしても構わんぞ」
「それは流石に気も引けるって。でもありがとう、もう大丈夫だから。じゃあ、部屋に戻るね」
「ああ。おやすみ」
「うん。おやすみ」
ティエラはそっと扉を閉じ、部屋を出て行きました。それを見届けてから、リオも改めてベッドへ横になり、布団を被りました。
「……返す返すも本当にありがとう。あんた達の今後の成功を祈ってるよ」
翌日。村長達から見送られつつ、リオ及びハリー達パーティーは村を出立しました。
「……しっかし、大変だったな」
穏やかな日差しの降り注ぐ道中、均された土の街道を歩みながらリオは口を開きました。
「元はと言えばティエラに経験積ませるのが目的だったんだが……まさかあんな事が起こるなんてな。まあ、無事に切り抜けられて良かったよ」
「のんきなものだね」
アルヴィドが言いました。
「こっちはクエスト未達成、つまりは報酬なしだ。全員無事だったのは不幸中の幸いだが……懐が少々厳しいな。これは少し節約を考えなければな」
「…………」
ティエラが目を丸くしながら、アルヴィド、リオ、再びアルヴィド……と視線を移しました。
「……あの」
「何だ?」
「仮に予定にはない臨時収入が入った場合、どうします?」
「うん? 必要な分は使いつつ、ある程度は貯金するな。何しろ今の僕は開拓者だからな。不慮の事態に備え、余裕がある内に少しづつ蓄えておいた方が安心出来るだろう」
「……うん、改めて認識したよ。元・貴族でもちゃんと正しく節約出来るんだね。リオが特別アレなだけなんだ」
「……おい。何を俺に対して失礼な比較をしてやがんだ」
「いや、完全にティエラが正しい。リオ、お前は節約って概念を覚えた方が良い」
「だよねー。一体何度『パン一切れで良いから恵んでくれ!』ってあたし達に泣き付いて来た事か」
「ですね。あなたは、出世する見込みのない人物から『金は出世払いで返すか
ら!』って言われる気分が分かりますか?」
「……うわぁ……。リオさん、ダメ男に片足突っ込んじゃってますね……」
「……リオ、良く聞け。ごはん食べるのには金が必要なんだぞ?」
「あーあーあー! 聞こえてないからな! 俺は正論なんて全く聞こえてないからな!」
「つまり正論だと理解してるんじゃないか。理解しているのなら実践するべきだ」
全員から総突っ込みを入れられたリオには、目を閉じ耳を塞ぎ、声を上げて雑音をかき消す以外の道は残されておりませんでした。忠告を素直に受け入れられるほど、彼の人間的器は大きくありませんでした。
「……あ、見えて来た。あれ、ファインダの外壁だよね」
ティエラが指差す彼方、波打つ草原の向こうに高く長い外壁が薄っすらと見えました。
「ああ。……戻ったら、まずはギルドへ報告だな。"遺産"の事は村人が伝書鳩で伝えたそうだから、話もスムーズに行くだろう」
「ああ。正直、帰ったらすぐに休みたいところだが仕方ない。こっちは正当防衛で戦ったんだから、咎められる事は多分ないだろう」
ハリーが言いました。
「だと良いけどな。……まあ、何にせよ帰ろうか。俺達の街ファインダへ」
石畳に切り替わった街道を踏み締めながら、リオ達はティルノア島開拓者達の拠点へと戻って行きました。
芳しい草花がそよ風に揺らぎ、|青空へ向かって囁くような歌声を上げました。
※今回で一旦終了します。
お付き合い頂きありがとうございました。




