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4 不慮の事故で出会いました

 夕日が西へと沈み始め、夜のとばりが東から昇り始めた空の元、リオは宿舎を後にします。ファインダの街にも銭湯は存在しますが、当然お金がなければ利用出来ません。彼が向かう先は、開拓者であれば無料で利用出来る水浴び場です。


 宿舎側の川岸へと降り、丸石を踏みつつ下流へと少し下ります。さして時間も掛からず、川の上へと張り出すように建てられた小屋――と言うよりも、木材で四方を囲っただけの水浴び場へと辿り着きました。


 リオは入り口前に立てられた仕切り板へと近付き、ゴンゴン、と叩きます。中に利用者がいないかの確認です。反応が返って来ませんでしたので、そのまま中へと入りました。


 無料と言うだけあって、水浴び場も相当に安っぽい造りです。屋根もなければ床もない、あるのは薄い壁と使い古したおけが一つだけと言う塩梅です。壁で仕切られた空間の三分の二が岩と砂、時々草の岸辺で、残り部分に川が流れている……と言う配分の構造であり、要は川の水を桶で汲んで身体に掛けるだけの、施設と呼べるのかすら怪しい施設なのです。女性の開拓者に若干の配慮をした程度の代物であ

り、クエストの最中、野山の川なり湖なりで水浴びをするのと大差がありません。


 リオは着ていた緑色のローブを脱ぎ、バサバサとはたいてホコリを落とします。同じ調子で残りの服も全て脱ぎ去ってホコリを落とし、隅の方へと適当に畳んで置いておきます。


 桶を手にして川の水を汲み取り、頭から一気にぶっ掛けます。頭のてっぺんから足先まで流れ落ちる冷たい感覚に思わず全身をぶるりと震わせますが、それよりも身体にまとわり付いた汗や泥が洗い流される、さっぱりとした快感が上回りました。


 リオはもう一度全身から水を浴び、今度は顔や手を洗い始めます。温かいお湯には及ばないとは言え、疲れた身体には十分染み入る心地良さでした。


 しばらく川のせせらぎを聞きながらゆっくりと一日の疲れを流すリオの元に、入り口の方角からこちらへと近付いて来る足音が届きました。それも、随分と近くからです。水音に気を取られていたせいか、ここまで近付くまで気が付きませんでした。


 一応、ここを利用出来るのは開拓者だけと言う事になってはいます。そうは言いつつも鍵が掛かってない上、そもそも明文化された規則と言う訳でもないので、実際には誰もが利用可能なのも同然ではありますが、主な利用者が銭湯に行くお金のない低等級(ランク)の開拓者である点には変わりません。大方、宿舎から別の開拓者がやって来たのだろうと当たりを付けたリオは、入り口側を向きつつ『使ってまーす』と声を上げようとしました。


 が。


「……ええと、ごめん下さーい」


 その前に、ひょいっと内側を覗く顔が飛び込んで来ました。そろそろ辺りも暗くなって来ているとは言え、人の顔がはっきり見える程度の明るさは十分に残っています。


 見間違えようもなく、女の顔でした。と言うかまず、声からして女のものでし

た。長い赤髪のツインテールが印象的な、まだ少女と言って良い年頃の女が、入り口の外から内部を覗いておりました。


 改めて現状を確認しますと、リオは現在全裸です。水浴びをしている最中ですので当然です。その上で、入り口の方へと身体を向けております。念を押して繰り返しますが、人体がはっきり確認出来る程度には夕日の明るさも残っています。


 ほんの数秒、両者は固まり、


「うきゃああぁぁぁぁぁあっ!?」

「おわぁぁあっ!?」


 ほぼ同時に、女とリオの口から悲鳴が飛び出しました。女は顔を覆いながら入り口から顔を引っ込め、リオは慌てて前を桶で隠しました。


「みみみ……見た……。見ちゃった……。ばっちり見えちゃった……。お、お父さんのと全然違ってた……」

「解説は要らねえんだよっ!? ノ、ノックぐらいしろよっ!?」


「ご、ごめんなさい……。だってここ、扉とかないから……」

「壁叩くとかで良いだろっ!? そこ機転が試されるところだぞ!」


「だ……だけど普通、ロビーに入ったらいきなり男の人が全裸でいるだなんて考えないよ……」

「それでも一応は確認して――ちょっと待て。今しがた"ロビー"とか言う全く場にそぐわない単語が聞こえた気がするんだが、俺の空耳か?」


「…………え? ……あの、確認したいんだけど、ここ宿屋じゃないの?」

「…………逆に聞かせてくれ。どこをどう見れば、ここが宿屋だと思えるんだ?」


 いい加減しつこいくらいに現状を確認しておきますが、ここは川沿いにぽつんと建てられた即席小屋の中です。


「……い、いやその……確かに、ちょっと変だとは思ったんだけどね? ティルノア島ではこう言うのが普通で、本土での常識とは違ってる可能性もあるのかな〜、って……」


「……あのな。この街はアラケル本土の人間達が、本土での常識を下敷きにした上で作った街なんだ。魔界の底に潜む魑魅魍魎(ちみもうりょう)達が作った訳でもなければ、裸族の国の陽気なブラザー達が作った訳でもないんだよ」


「そ……そうだったんだ……」

「そうだったんだ。そしてはっきりさせておくが、ここは即席の水浴び場で、俺は水浴びをしている最中だ。断じて宿屋のロビーで全裸になるような奇行へと走っていた訳じゃない」


「なるほど……。どうやら、また道に迷っちゃったみたいだね……」

「どう迷ったら、川の側の屋根すらない小屋へと辿り着くんだ……」


「……何て言うか、ごめん。……それでその、もの凄く不躾ぶしつけなお願いだとは思うんだけど……」

「何だ?」

「……出来れば、宿屋まで連れてって下さい……」


 入口付近の壁の向こうから、少女の申し訳なさそうな声が聞こえて来ます。正直そこまで付き合う義理もないのですが、どうやら彼女は本土からこの島へと渡って来てまだ日が浅い様子です。土地勘がない上相当な方向音痴であろう彼女に、道を教えただけで無事宿屋へと辿り着いてくれる保証もありません。リオは少し考えましたが特に断る理由も思い当たらず、また夜中まで迷った挙げ句良からぬ輩に絡まれる可能性もあるため、連れて行った方が良いだろうと結論付けました。


「……分かったよ。服着るからちょっとそこで待っていろ」

「本当!? ありがとう……ええとその、お名前は……」


「リオ。リオ・リュンクスだ」

「うん、ありがとうリオ! ボクはティエラ。ティエラ・イワセだよ!」


 ティエラと名乗った少女は、壁の向こうで嬉しそうに声を弾ませました。


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