3 野宿よりはマシです
「あんっの鬼職員め……ちょっとくらい支払い待っててくれても良いだろ……」
ギルド職員の手によって一切の抵抗も許されずきっちりと納入金を支払わされたリオは、銅貨二枚だけが中に転がる軽い財布を恨めしそうに眺めつつ、とぼとぼと道を歩いていました。
「……にしてもまた追放か……。これで何度目だっけな……」
実際のところ、リオがパーティーを追い出されるのは今回が初めてではありません。三年前にティルノア島へと渡り開拓者となって以来、彼は様々なパーティーと組んで様々なクエストをこなして来ました。が、結局はどのパーティーからも『魔術の威力不足』を原因に追い出されてしまうのが常でありました。
一方で、パーティーメンバー達のおかげもあり、何だかんだと多数のクエストを成功させて来た実績"だけ"はあるので、リオのギルド内での等級――最上位を『一位』、最下位を『七位』とした、開拓者の実力を示す階級は『四位』です。一人前の開拓者と見なされる等級であり、リオの実状とはまるで釣り合っていません。むしろ、ギルドへの納入金は"等級が上がる程金額も上がる"事を考えると、『特定のパーティーで安定してクエストを成功させ、分相応の報酬を稼ぐ』事が出来ていないリオにとっては、負担にしかなっていません。
つまり、リオにとって金欠は常日頃から付きまとっている問題でありました。
「……仕方ない。今夜も"宿舎"で泊まるか……」
渋々と言った調子で、リオはボソリと呟きました。
ファインダの街の川沿いに建てられた開拓者用宿舎は、ギルド所属の開拓者であれば誰でも無料で利用出来る宿泊施設となっております。
……と言えば聞こえは良いのですが、実際には『施設』などと呼べる上等な代物ではありません。何しろ、元は馬小屋だった建物を転用しただけのものなのです。開拓が進みファインダの街も拡充され、馬小屋をもっと広い別の場所に移す事となり、空いた場所を有効活用した……と言う経緯を辿った結果です。
「はあ……またここで一夜を過ごすのか……」
元・飼育小屋に適当な壁と床を張っただけの一室へと足を踏み入れ、リオはうんざりと溜め息を吐きます。粗末な壁は防音性も保温性も一切期待の出来ないぺらぺらな作りであり、掃除もろくにされていない床は、足を乗せるとじゃりっとした土や砂の感触とたっぷり舞い上がるホコリとがお出迎えをしてくれます。そこかしこに目に付く隙間と、何もはめ込まれていない窓のおかげで通気性だけは確保されているとは言えますが、それは裏を返せば冬場に地獄を見ると言う事でもあります。
いずれにせよ、快適と言う言葉とはまるっきり無縁の、まさしく"野宿よりはマシ"を体現させたような施設でした。
リオは壁の隅に丸まっていたボロ布の上へと腰を下ろしました。室内には彼以外に誰もいませんが、当然この宿舎には個室などと言う贅沢な概念はありません。たまたま誰もいなかっただけであり、基本は見知らぬ者達と相部屋、プライバシーが必要なら部屋の"付属品"であるボロ布とボロ縄と壁の釘でカーテンを作れ……と、とことん安上がりなのです。
(これからどうするかな……)
壁にもたれ掛かり、反対側の壁をぼんやりと眺めながら、リオは物思いにふけります。
何にせよ、まずはパーティーを探すところから始めなければなりません。一人でクエストに挑む開拓者もいますが、リオの力では"魔物との戦闘が前提でない"初心者向けのクエスト程度が関の山です。報酬を独り占め出来る点を差し引いても、
日々の生活費、クエストの準備代、次回の納入金をまかなうには少々無理があります。
でもパーティーを探したとしもて、どうせまた追い出されるのがオチじゃない
か?
薄暗い部屋の寂しい空気に引きずられ、リオの胸に不安がよぎります。パーティーから追放された精神的ショックのせいもあります。何度も何度も経験しているとは言え、自分の魔術が"役立たず"の烙印を押されるのは変わらず辛いものがあります。
と言うか、自分は開拓者に向いていないのではないか?
もういっそ、開拓者を止めた方が良いのでは?
リオの思考は、どんどんネガティブな方向へと迷い込んで行きます。
止めてどうするのか。
そもそもリオは家族の反対を押し切り、本土にある実家を飛び出しティルノアへと渡って来た身です。今さら『やっぱり無理でした』と戻るなど出来はしません。
では、開拓者ギルドの正規職員となる?
等級が四位以上の開拓者は、申請をすれば正規職員に――より正確に言えば『ギルド調査班の正規班員』となる事が出来ます。等級が四位であるリオも、条件を満たしております。
しかし、無理でしょう。『等級四位以上』はあくまで条件の一つであって、『四位以上であれば無条件で正規職員になれる』訳ではありません。申請者は面接や試験を受け、合格判定を貰わなければなりません。面接はまだしも、実力が伴っていないリオは、間違いなく試験――必要な戦闘能力が備わっているかどうかの確認の段階で落とされる事でしょう。
コネを頼りにどこかで雇ってもらう道も、思い当たるコネが精々が行き付けの酒場程度のものではまるでアテになりません。『間に合ってます』の一言で路頭に迷う未来が確定です。
そして何より、このまま開拓者を止めると言う事はすなわち『自分の魔術は所詮そこまでのものだった』と認める事と同義です。実家を飛び出す際に散々威勢の良い事を言っておきながら、これでは"父親"の方こそ正しかったとリオ自らが証明する事になってしまいます。
引く事も出来ず、さりとて進もうにも先が見えません。無明の暗闇へと迷い込んでしまったような錯覚に陥り、リオの胸一杯に不安と無力感が薄墨のように広がって行きました。
「……おっと、いかん。考え過ぎた」
暗い感情に支配されてしまいそうな気分を、リオは首を振って無理矢理切り替えます。
「まあ、新しいパーティーの事は明日になってからで良いか。それより、身体洗ってさっぱりしとこう」
リオはゆっくりと立ち上がり、宿舎を後にしました。