21 問題が見えて来ました
街道を外れた三人は、起伏のある草原を進んで行きます。角度こそ緩やかではありますが、大きいものではリオ達の背丈を超えるほどの高低差がある場所です。地面そのものが遮蔽物となっているため、丈の低い植生の割には死角となる箇所が多い地形でした。
「周囲を注意深く見てろよ。今は魔物の姿が見えてなくても、丘陵の向こうとかに隠れているかも知れんからな」
「うん。坂になってる場所を進む時には、"向こう側の視界を徐々に広げる"みたいな感じでゆっくり登れ、って事だよね」
「お、分かってるじゃないか。ホイホイ進んでいきなり顔を出して、結果余計な魔物に見付かって戦闘になっちゃ困るからな。この辺りにはそうそう危険な魔物はいないから神経質になる必要もないが、今の内にそう言う細かい癖を付けておいた方が良いからな」
感心しつつ、リオは言いました。ぽややんとした印象のあるティエラでありますが、こと戦闘に関わる部分では押さえるべき点をきっちり押さえています。
「そうですね。無駄な戦闘は避けるに越した事はありません。警戒し過ぎて損をする訳でもありませんし」
「そうだな。…………で、マール。お前は何をしてんだ?」
「何って、見ての通りですけど?」
草の上で腹這いになり、芋虫のように身体をくねらせズリズリと進みながら、マールはさも当然のように答えました。どこから調達して来たのか両手には葉っぱの付いた枝が握られており、頬の両側辺りに構えて広葉の隙間から前方を窺っておりました。
「……見ての通り、か。俺にはどうも匍匐前進をしてるように見えるんだが」
「分かってるじゃないですか。こうして姿勢を低くする事により、魔物に見付かる確率を下げる事が出来ますからね。木の枝を使う事で、さらに偽装効果を高める事が出来ます」
「…………一つ。背中のでかいリュックが全く隠れてない。むしろ目立つ。二つ。無駄に警戒し過ぎて労力を大いに損している。三つ。俺達が全く隠れていないんだがその点に関してはどうなんだ?」
「……なるほど。その視点はありませんでした。次からはリュックにも偽装を施さなければいけませんね。ただ、労力面に関しては大丈夫です。私体力には自信ありますから」
「………………俺達が隠れていない件については?」
「落ち着いて下さい。違いますから」
「いや何が」
「不肖私ことマール・ディッチャは荷物持ちです。皆様から預かった大切な荷物を死守する事こそが、職掌上の至上命題なのです。決して魔物を恐れている訳ではありませんが、魔物からの攻撃で皆様から預かった大切な荷物を傷付けてしまう事だけは何としても避けねばなりません」
「……俺達、お前に何の荷物も預けてないんだが?」
「平時から備えずして、いかに職務を全う出来ましょうか? それに、私は治癒魔術の使い手でもあります。負傷者が出た事を切っ掛けに魔物の攻勢を支え切れなくなり、パーティーが壊滅……なんて事態、決して珍しくはありません。万が一にも負傷者が出てしまった場合、即座に回復させて立て直しを図るためにも、私は万全の体勢で有事に備えておく必要があります。決して魔物を恐れている訳ではありませんが、あくまでも治癒術士の立場として明哲保身の才を磨いておかなければなりません」
「……要するに?」
「私にとって、仲間達に身の安全を守って頂く事は役目の内なのです。例え表面上は仲間を盾にしている風に見えなくもない行為であったとしても、私情を押し殺して役割に徹しなければならないのです。"逃げるは恥"であるならば、どれほど辛くとも私は恥を飲み下して見せましょう」
地面に這ったままリオを見上げ、マールはすらすらとした多弁で語りました。
「それこそが荷物持ちとして、治癒術士として貫くべき、私の矜持――」
「二人共、魔物がこっち来てるよっ!!」
ティエラの声にリオが前方へ視線を向けると、遠方からこちらへと猛烈な勢いで走って来る魔物達の姿が見えました。数はざっと十以上、くすんだクリーム色の羽毛を持つ鳥達は、間違いなく今回のクエスト目標である"突撃鳥"でした。
「――ええまあ、そう言う訳ですので、ここはお二方に任せますっ!!」
「良いからとっとと武器構えろこのヘタレ聖職者っ!!」
魔物襲来の報を聞くや否やマールは跳ね上がって立ち上がり、速攻で背を向け駆け出します。あっという間に枝葉のひしめく低木の影へと身を潜めたマールへと向かって、リオは確信を込めた叫びを上げました。
「聞いていなかったのですかっ!? これはあくまで、私の役割に課せられた責任を全うするための戦術的行動なのですよっ!!」
「普通に戦う方が遙かに戦術的貢献度が高いんだよ馬鹿っ!! お前単にビビって逃げただけだろうがっ!!」
「失礼なっ!! リオさんの瞳には、私が魔物を恐れているように見えるんです
かっ!?」
「声の勇ましさ以外の全挙動が恐れているように見えるわっ!! さっさと低木から出て来いっ!!」
二人が不毛なやり取りをしている間にも、突撃鳥達の群れはどんどん迫って来ます。数十本もの足が草と黒土を力強く蹴り上げ、人間のへそくらいの高さで両目をギラ付かせ、一心不乱にこちらとの距離を縮めておりました。
「リオ、あれが目的の突撃鳥で良いんだよねっ!?」
「そ、そうだっ!! 取り敢えず生け捕りは考えなくても良いから、バンバン斬ってくれっ!!」
「了解っ!!」
ティエラは左肩から伸びる"影分"の赤い鞘を左手で押さえ、白い柄巻きを右手で握り、鋭い音を響かせ白刃を抜き放ちました。




