2 『開拓者』達
――ティルノア島。
アラケル王国の遙か西の洋上に浮かぶ、大きな島です。
存在そのものは先史文明時代の古文書によって知られてはいましたが、遠い距離と複雑な潮の流れ、西からの向かい風とに阻まれ、長い間アラケルの人々が上陸する事は出来ませんでした。
八〇年前、航海技術の発達のおかげでようやく国の調査船団が上陸に成功。以
後、ティルノア島の調査と開拓が開始されます。
それでも当初はなかなか上手く行きませんでした。人間の支配圏が広く、基本的には森や迷宮などの限られた場所でしか魔物に遭遇しない王国本土とは違い、ティルノア島ではそこかしこに凶暴な魔物が出没するためです。
調査のため予め設置しておいたキャンプ地へと向かったが、すでに魔物達に荒らされて利用不可能になっていた。
かつてこの島に『人が住んでいた』事を示す遺構へと調査員を派遣したが、道中に魔物に襲われて戻って来たのは一人だけだった。
拠点となるよう少しずつ広げて来た村が、魔物の襲撃によって一夜で壊滅した。
その他数え切れないほどの問題を前に、ティルノア島の調査と開拓は困難を極めます。中止を訴える意見も日に日に強くなって行きましたが、それでも期待される資源的価値の高さと、新種の動植物の発見、先史文明時代の遺跡の発掘が相次ぐと言う学術的価値の高さから、調査の手が止められる事はありませんでした。
そして更なる技術の発達により、海と空による本土間との安定した航路がほぼ確立した二〇年前。王家や国内の有力貴族、商業や冒険者と言った各ギルドによる共同出資により、ティルノア島の調査、開拓を専門としたギルドが設立されます。
『開拓者ギルド』です。
正規の職員が進める調査及び開拓事業を、一般から広く募集した非正規職員――通称"開拓者"が支援する仕組みです。基本的には本土の冒険者ギルドと同じく、
『受けたクエストを成功させて、報酬を得る』ものですが、前述の通り魔物の脅威が限られている本土よりも危険と報酬は上であります。
未知の大地の上にある者はスリルを求め、ある者はチャンスを求める。ある者は夢とロマンに心躍らせ、ある者は即物的な報酬に胸を高鳴らせる。玉石、清濁、種々混合。今日もティルノア島に開拓者達は集います。
そして、彼らの拠点となる街が"ファインダ"――ティルノア島南東部に位置す
る、開拓活動の本拠地なのです。
「何でっ!? ねえ何でっ!? 何で俺がパーティー追い出されなきゃならない訳なのっ!?」
「良いから腰から手を離せリオ!! さっきから重いんだよ!!」
ファインダの街は開拓者ギルド本部・ロビー内部にて。
パーティー追放を言い渡されたリオは、元・パーティーリーダーであるハリーの腰をがっちりと掴み、ズルズルと引きずられておりました。
「はっ、重い程度どうした! 俺なんか、腰を掴み続ける&引きずられ続ける苦労にずっと耐え続けているんだぞ!!」
「知るか馬鹿!! くぬっ、くぬっ!!」
「ほらリオ、離れなさい」
「そして、ちゃんと自分の足で歩いて下さい」
ヴェネッサとエマに左右それぞれの足を引っ張られ、無理矢理ハリーから引っ剥がされたリオは、哀れ木目の床へとへばり付きます。潰れたカエルのように倒れ伏すリオの上を、別の冒険者が「ごめん、急いでるんで」と言いながらひょい、と跨いで行きました。
「何でだよっ!? 俺達、これまでずっと上手くやって来たじゃないかっ!!」
「ずっと、て言うか、組んでまだ二ヶ月ほどだけどな……」
「それは気にするな! とにかく、何故俺がパーティーを抜けなきゃならないの
か、納得の行く説明を求める!」
「……言わなくても分かってるだろう」
リオの言葉に、ハリーは皆を代表して重々しく口を開きました。
「お前の魔術は、あまりにも威力がなさ過ぎる! 戦力としてまるでアテにならんからだ!」
容赦なく痛点を突くハリーの指摘に、リオは口をつぐみます。
魔力の力を、人間は様々な形で利用しています。道具であれば、例えば街に明かりを灯したり、風景を画像や映像として記録したり、風の向きや有無に関わりなく進む事が出来る船を建造したり。このように、魔力の力を利用した道具は
『魔具』と呼ばれています。
魔物に挑む開拓者達の戦闘能力を支えるのも、自身の体内に宿る魔力を利用し、様々な現象を引き起こす技術――『魔術』と呼ばれているものです。例えば前衛であるハリー達は、『身体強化魔術』で身体能力を高めた上で戦闘を行っています。
対して、リオのような後衛の魔術師達には、魔術で様々な支援を行ったり、強力な攻撃魔術で敵を倒したり……と言った事が求められています。
ところがリオは、あまりにも魔術の威力が弱過ぎるのです。本日のあの場面、もし並の魔術師が下位火炎魔術を放っていた場合、少なくとも平原オオカミを怯ませて攻撃を阻止する事が出来たでしょう。優れた術者であれば、一撃で倒すだけの威力を持たせる事も出来たかも知れません。それに引き替え彼の場合、ろくに足止めさえ出来ませんでした。
何だかんだ言いながらも、リオ自身はっきり自覚がある事です。客観的に言っ
て、『戦力にならない』と言う評価はむしろ妥当とすら言えます。
「……だ、だけどあの時、お前は言ってたじゃないか! 『自分を卑下する事はない』って!」
「卑下する必要はないけど、戦力外通告は必要なんだよ。お前には抜けてもらっ
て、代わりに別の魔術師を入れる事にする」
「べ、別に『パーティーの合計は四人まで』なんて規則はないだろ!? その新しいメンバーを含め、これからも五人で頑張って行こうじゃないか!」
「その分、一人辺りのクエスト報酬が減る。まるで戦力になっていないメンバーのために、そのデメリットは受け入れられん」
「ポ、荷物持ち! 荷物持ちとして頑張るから!」
「だったらパ―ティーが持ち運べる荷物が増えるだけでなく、何らかの形で戦力としても機能する本職の荷物持ちを入れた方が良い。お前である必要がない」
「マ、マスコットキャラとして一生懸命みんなの心を癒やすんだリオ! これからもずっとよろしくなんだリオ!」
「俺達のパーティーには、珍妙な語尾の全然癒やされないマスコットキャラは要らん」
「ね、熱意だけなら誰にも負けませんから! 朝一番に誰にも負けないくらいの大声で挨拶しますから! 毎日素敵な明るい笑顔で過ごす事を心掛けますから! いつもハキハキとした元気の良い声で喋りますから! ……お願いだから見捨てないでぇっ!!」
「……分かってくれ、リオ。こんな事を言うのは、俺だって辛いんだ。だけどパーティーのリーダーとして、今は情に流されちゃいけない時なんだよ……」
「……そ、そんな……。だったら、俺は一体どうすれば……どうすれば良いんだ
よ……っ!!」
悲痛なリオの訴えに、ハリーは苦しげに目を伏せます。後ろにいるヴェネッサとエマも、沈痛な面持ちでリオを眺めるばかりです。
「……すまない……本当に。お前が必死になって頑張っているんだって事は、みんな分かっている――」
「ギルドへの納入金で今回の報酬含めた有り金全部持ってかれそうだから、今夜はお前らの金で宿に泊まろうって思ってたのに! 『パーティーメンバーの体調管理もリーダーの仕事だぞ』とか何とか理由ゴネて! 折角の予定が狂ったじゃないか畜生ぉぉっ!!」
「「「…………」」」
リオの大変俗物的な発言に、ハリー達の顔から一瞬で哀れみの表情が消え去りました。代わりに浮かんだのは、飲んべぇ達が酒場からの帰り道に残して行ったひとときの思い出(詩的表現)を見るような、それはそれは冷たく乾き切った表情でした。
「お願いだっ! せめて、せめて宿代を――」
「……良いからとっとと出てけ、このへっぽこ魔術師っ!!」
リオの報酬分の硬貨を当人の顔面に叩き付けつつ、ハリーは叫びました。そのまま痛みで床を転がるリオを放置して、元・仲間達三人はロビーを後にしました。
「――リオさん。納入金、払えますよね?」
流れるように、満面の笑っていない笑顔を浮かべたギルド男性職員がリオの前へとやって来ました。開拓者達は、ギルドに対し定期的に納入金を支払う義務が存在するのです。
容赦のない現実を前に、リオは抗う術を持ちませんでした。