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19 見習い聖職者と出会いました

「……今日はこのクエストを受けようと思う」


 ギルドロビー内のテーブル席に着いたリオは、先に座らせておいたティエラにクエストボードから剥がして来た依頼書を手渡しました。


「なになに……『"突撃鳥"の駆除』?」


「ああ。突撃鳥は主に平原を中心として活動している鳥の魔物でな。空を飛ぶのが苦手な代わりに、地面を走るのが得意な奴なんだ。動いている相手が視界に入り次第、誰彼構わず突撃して行ってはクチバシで突っ付き回す、周辺の生物にとって実に迷惑な習性を持っていてな。格上の魔物が相手でも後先構わず向かって行って、返り討ちに遭う姿も珍しくないそうだ」


「どう言う進化の過程を辿れば、そんな生態を持つに至るんだろ……」


「知らん。現在調査中なんだとさ。きっとこの島は、不思議に満ちてるんだよ。

……で、街道や村の近くにもしばしば現れては人間や家畜に襲い掛かったりするもんだから、定期的に駆除クエストが入るんだ。今回はファインダ北西の草原で群れが確認されたそうだから、そこへ向かう事になる。


 強さはそこそこ、グリーンスライムより危険な相手ではあるが、まあお前なら問題なく倒せるだろう。肉は淡泊で中々の味だし、羽毛も布団や矢羽根なんかに利用出来るから、死体をギルドに持って帰れば良い値段で換金してくれる。仮に生け捕りに出来れば、研究班がそれ以上の値段で買い取ってくれる。俺達には割と良い条件だと思うんだが、どうだ?」


「うん、リオの判断に従うよ」


「じゃあ決まりだな。突撃鳥の討伐数に指定はない。一羽でも狩れば一応は成功扱いなんだが……それだけじゃ報酬も大した額にはならない。討伐数が増えればその分報酬も上がるから、なるべく多く狩りたいところだな」


「二人でどれだけ狩れるんだろ。それに死体だって、持って帰るにしても限界はあるでしょ? ギルドバッグも無限に荷物が入る訳じゃないんだし」


「そうなんだが……それを差し引いても、昨日より報酬が期待出来る。生け捕りは……俺達の装備じゃ難しいだろうし、取り敢えずは考えないでおこう。まあそう言う訳で、出来るだけ頑張ろう――」


「――そこのお二方!」


 二人の話を遮るように、聞き覚えのない少女の声が唐突に割り込んで来ました。リオとティエラは、声の方向へと顔を向けます。


 そこには、青い服|を着た見知らぬ少女が立っていました。背面には人間一人くらいなら詰め込めてしまえそうな程に大きな大きな背 嚢(リュックサック)が背負われており、一見すると持ち主の小柄な体格と釣り合いが取れていない、アンバランスな印象を受けます。腰には得物であろう戦棍(メイス)が見え、彼女が開拓者であろう事が(うかが)えます。


 栗色のボブカットの上には、青い帽子が乗っております。帽子中央に描かれている模様は、教会の――アラケル王国で広く信仰されている"フォルト教"教会のシンボルでした。


 ただし、一人前の聖職者である"正司祭"は山の高い――つまりは縦に長い帽子をかぶりますが、彼女はそれよりも一段低い帽子です。これは、まだ一人前とは認められていない"準司祭"がかぶるものです。


 つまり彼女は、フォルト教会の聖職者見習いの立場である、と言う事になりま

す。


「……何か?」


「お話は聞こえていましたよ! あなた達はどうやら、持ち帰れる荷物の量に不安が残っているご様子ですね!?」


「不安……って言うのも違うが…………あー、じゃあまあ不安って事で」


 くりくりとした青い瞳から期待に満ちた視線を一方的に飛ばされ、リオは流されるままに曖昧な返事をしました。


「ですよね、ですよね! そしてどうやら、『ああ、こんな時に荷物持ち(ポーター)が一人でもパーティーにいてくれたら……』と、お悩みのご様子! ですね!? ね!? ね!?」


「いや、そんな悩んでるって…………あ、はい、お悩みです」


 荒い鼻息でぐいぐいと遠慮会釈なく迫る少女に、リオは気圧されるままに適当な返事をしました。


「でしたら、この私をあなた方のパーティーに加えては頂けませんでしょう

か!? 役に立つと思いますよ!?」


「……あのさ、開拓者って子供でもなれるものなの?」

 横からそっと、ティエラが疑問をていします。


「いや、審査の段階で成人済みかどうかを調べるし……。いやでも、人里離れた村で生まれたから出生に関する書類がない場合とか、孤児だから詳しい年齢が分からない場合とかもある。だから自己申告も割と通してるから、ああ見えて厳密ではないところも……」


「失礼ですね。私はちゃんと大人ですよ。ほら」


 少女は懐からギルドカードを取り出し、提示します。生年月日の欄を確認する

と、今年からではありましたが確かに成人年齢に達しています。もののついでに、氏名の欄も確認すると、


「……ええと、名前は"マール・ディッチャ"さん?」

等級ランクは……六位か」


「はい」

 少女――マールは頷き、再び懐へとギルドカードを収めました。


「では、私の口から改めて。……私はマール・ディッチャ、今年からギルドの開拓者として登録させて頂きました。普段はこの通り、フォルト教会のファインダ教区にて準司祭を勤めさせて頂いてます」


 頭の帽子をちょんちょん、と指しつつ、マールは言いました。


「準司祭……って事は、もしかして治癒系魔術が得意なのか?」

「はい」


 献身と協調を説くフォルト教は、その長い歴史の中で治癒魔術発達の一翼を担って来ました。そのため教会は、現在でも司祭職の道を進む者達に対し治癒魔術の習得を推奨し、積極的に教習を受けさせております(司祭になるために習得は必須、と言う訳ではありません)。その癒しの能力を生かして冒険者、開拓者達の助けとなるために、準司祭がギルドに参加する……と言う話は、決して珍しい事ではありません。


「それ以外にも、私は身体強化魔術(ストレングスニング)が得意なんです。魔術で強化した身体能力を生かして、たくさんの荷物を持ち上げる事が出来ます。もちろん、単純な打撃攻撃にだって自信ありますよ。……試してみます?」


 そう言ってマールは、親指が自分側を向くよう右手を胸の前へと持って来て、くいくい、と軽く手の平側に倒します。


「力比べか。よっしゃ、やってやる」


 彼女の仕草に挑戦的な気分が湧いて来たリオは、袖をまくりながら"腕押し(アームレスリング)"勝負を受諾しました。


 テーブルを挟んでリオとマールが席に着き、肘を天板に付けた状態で互いの右手をがっちりと組ませます。


「互いに組んだ手を押し合って、相手の手の甲をテーブルに倒した方が勝ち。席から立ち上がる事、開いた左手を使う事、右肘をテーブルから離す事は反則。ティエラの合図で開始だ。……良いな?」


「いつでもどうぞ」


「その余裕、崩してやるぜ。……ティエラ、頼む」


 いざ勝負となれば、気持ちで負ける訳には行きません。好戦的な笑顔を真正面からマールへぶつけ、リオはティエラに開始を促しました。


「じゃあ行くよ。……始めっ!」


「うりゃあぁっ!!」


 勝負開始と同時に、リオは渾身の力を右手に込めました。


 マールの右手はぴくりとも動きませんでした。


「でりゃぁあっ!! ふんぬぅうっ!! おんどりゃぁあああっ!! きぃえええええいっ!! うんとこしょぉおおおっ!! どっこいしょぉおおおっ!!」


 一心不乱に叫びつつ、リオは全力を込め続けます。席から勢い良く立ち上がり、開いた左手を躊躇なく動員し、右肘を大いにテーブルから離し、ただひたすら全身全霊だけを右手に込め続けました。


 マールの右手がぴくりとだけ動きました。


「はい」

「ぎゃふんっ!!」


 マールは顔色一つ変えずに、リオの右手を一瞬でテーブルへと押し倒しました。


 しばらく三人は無言でした。その間、リオの荒い呼吸だけが鼓膜に響きました。


「ふっ。まあ、そこそこだな。これなら、及第点を与えてやる事もやぶさかでは」


「……あの……。この方、腕力なさ過ぎて何の証明にもならないかと……」

「……うわぁ……。反則技を駆使しまくった末に惨敗とか……」


「だってだって、俺魔術師なんだもんっ!! 腕力とかあんまり要らない人なんだもんっ!!」

「……じゃあ何でボクに先立って力比べに挑んだの……」


 童心に帰って(湾曲表現)両手足をジタバタさせ始めたリオに、ティエラは生暖かい視線を送り付けてあげました。


「じゃあきちんと確かめるために、次はボクと勝負しよう。リオ、審判お願いね」

「……今日、ちょっと調子悪かっただけだもん……」


 ぶつくさ言いつつ、席をティエラに譲ります。ティエラとマールの両名が互いにしっかり右手を組み、準備を整えました。


「……じゃあ行くぞ。……始め」


「えいやぁ――っ!!」

 開始と同時にティエラは腕に魔術を込め、マールの手を倒そうとします。


「んぬぬぬぬ……っ!!」

「……っ!」


 身体強化魔術(ストレングスニング)で強化した腕力同士が、(しのぎ)を削り合います。ティエラ相手には流石(さすが)に楽々とは行かないのか、マールの表情に力が籠もります。


 両者の腕がしばし拮抗した後、


「結構やるみたいです……がっ!」


 マールが一層の魔力を込めると、斧を入れた木がゆっくりと傾くように、ティエラの右手がテーブルへと押し倒されてしまいました。


「……凄いや。全然敵わなかったよ」

「いえいえ。お姉さんも中々でした」

「……別に悔しいとかないんだもん……」


 熱い勝負の後、正々堂々と挑んだ者達の間にはなごやかな空気が流れておりまし

た。


「……とまあ、そう言う訳でして。いかがです? 私をパーティーに加えて頂けます?」


「どうする、リオ?」


「……そりゃあ治癒魔術の使い手は大歓迎だし、荷物持ち(ポーター)も有り難い。その上腕力も相当なもんだから、前衛攻撃役としても期待出来る……」


 リオはじっくりと噛みしめるように情報を整理し、


「……おいおい。こいつはとんだ掘り出し物じゃねえか! 俺らのパーティーに加わる? もちろん大歓迎だよ! むしろこっちから頼みたいくらいだ!」


 にわかに驚きと喜びが飛び回っているような表情を浮かべ、結論を下しました。


「決まりだね。ボクはティエラでこっちはリオ、よろしくね、マール!」


「はい! よろしくお願いしますね、ティエラさん、リオさん!」


 弾けるような笑顔でマールは言いました。


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