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16 ライバルと再会しました

「……まさか、ティルノア島(こんなところ)でお前の顔を見る羽目になるとはな……」

「そう嫌そうな顔をするな、リオ。僕と君の仲だろう?」


「単なる腐れ縁ってだけだろ。学院時代から、ことある(ごと)に付きまといやがって」

「ふん……」


 不愉快そうに顔をしかめるリオに、アルヴィドと呼ばれた男は露骨に相手へ聞かせるように鼻を鳴らしました。


「……? 何だアルヴィド? リオと知り合いだったのか」

「リオ、この人の事知ってるの? それに、"ウィーデル"って……」


 ハリーとティエラそれぞれの言葉に、二人は反応を返しません。リオは警戒するような視線を、アルヴィドは冷ややかな視線を、互いに無言で飛ばしておりまし

た。ロビー内には開拓者達、ギルド職員達が響かせる雑多な音に包まれておりましたが、そこからぽっかりと切り取られているように、二人の周囲には沈黙が流れておりました。ハリー達もそれ以上言葉を掛ける事ははばかられ、黙って様子を見守る事にしました。


「……アルヴィド。何でお前がティルノア島に?」

 やがて、リオが口を開きました。


「もちろん、開拓者になるためだ」

 アルヴィドが答えました。


「先月、魔術学院高等部を卒業したからな。父上からの了承も得ている。僕は何の憂いもなく、開拓者になった訳だ。……それに引き替え、お前は何だ?」

「……」


「お父上の反対を押し切って高等部への進学を取り止め、最後は家出同然に島へと渡った。その結果はどうだ? ……こっちに渡って、一つ噂を耳にしたぞ。『全ての属性魔術を使える割に、威力はやたら低い魔術師がいる』とな。すぐにお前の事だと分かったよ。どうやら、相変わらずの無能ぶりを晒してるみたいじゃないか」

「……そっちこそ、相変わらずの嫌味ぶりだな。聞きたくなかったよ」


 吐き捨てるように言った後、リオはハリーへと顔を向け、尋ねます。


「なあハリー。もしかして……」

「……ああ、そうだ。俺達は昨日、アルヴィドをパーティーに加えた」


 遠慮するようにおずおずと、ハリーは答えました。


「実力を確認するために軽めのクエストにも出掛けてみた。お前には悪いが……腕の良い魔術師だったよ」


「うん……。魔術の発動も速かったし、威力も申し分なかったわ」

「複数のビッグアントをまとめて倒してましたからね。……正直、かなりの逸材です」


「当然だ」


 三人からの評価を、アルヴィドは眉一つ動かさずに受け止めました。


「僕が一体、何のために魔術学院へ通っていたと思うんだ。あの程度、出来て当たり前だ。むしろ、中等部まで通っていながらロクに修練の成果も出せていないリオ(お前)は何だ。単なる恥さらしじゃないか。まあ、君に相応しいと言われればそれまでかも知れないが……」

「手前ぇな……」


「おや、しばらく会わない間に汚い言葉遣いを覚えたようだね。学ぶ意欲はあるみたいだ。何だったら、僕が君に魔術を教えてやっても良いぞ? 付きっ切りでね」

御免ごめんだね。お前から学ぶ事なんぞ何一つない」


「そうかい」


 怒りを滲ませたリオの視線と、棘の生えたようなアルヴィドの視線とが正面から交差し、険悪な火花をバチバチと周囲へ撒き散らします。ティエラもハリー達も割り込む事が出来ず、ただ不安げに見守るばかりでした。


「……行こう、ティエラ。そろそろ確認が終わる頃だ」

「え? あ、そ、そうだね。あの、それじゃあ皆さん、ボク達はこれで……」


「あ、ああ。……それじゃあな、リオ」

「気が変わったら、僕がいつでも教えてやろう。意地を張らない方が建設的だよ」


 背後に浴びるアルヴィドの言葉から遠ざかるように、リオは大股でカウンターへと向かいました。


 ティエラは小走りになって、リオの背中を追いました。






「……それじゃまあ、ティエラのクエスト初成功を祝って」

「かんぱーい!」


 テーブル席に着いたリオとティエラは、互いのピューター製ジョッキをコツン、とぶつけ合い、中身の液体を思い切り良く喉へと流し込みました。パティからクエスト報酬を受け取った二人は、その足でギルド本部に併設された酒場『パラトロ

ゴ』へと移動し、祝勝会を開いている最中でありました。


 酒場には、ギルドロビーとはまた違った喧騒でごった返しておりました。四方山話に花を咲かせながら、時折大きな笑い声を上げる開拓者パーティー。得物と思しき弓を席に備えられている懸架台に置き、テーブルに山積みにされた串焼き肉を一心不乱にむさぼり食う弓使いの女。片手で二つ、計四つの料理皿を巧みに持ちながら、人混みをすり抜けて行く酒場の配膳係。


 まさしく活気と言うに相応しい空気へと身を委ねつつ、リオとティエラはしばし勝利の美酒を堪能しました。


 余談ですが、アラケル王国における成人年齢は『十五歳前後』です。事情によっては――例えば家督相続の都合です――成人を早めるケースも存在しますが、いずれにせよ二人は既に成人を迎えており、飲酒も結婚も可能な立場であります。それ以前に、アラケルでは『飲酒、喫煙は成人を迎えてからが"望ましい"』とされているだけであって、未成年者の飲酒を禁止する法律自体が存在していないのです。


「……それでね、リオ。ええと……」

 ジョッキの中身を半分ほど片付けてから、ティエラが切り出しました。


「……分かってる。さっきのあいつの事だろ?」


「それもあるけど……リオの名字って、"リュンクス"だったよね? けれど、あのアルヴィドって人は"ウィーデル"って呼んでた。……それに、ウィーデルって確

か、その……」

「……まあ、別に秘密だって訳でもないしな。まずそこから説明しようか」


 一緒に注文したシチューをスプーン一口分飲んで、リオは事情を打ち明けます。


「俺の本名は『リオ・ウィーデル』って言ってな。アラケル領内の貴族であるウィーデル家の出身なんだ」

「やっぱり……」


 ティエラは多少驚いた様子を見せはしましたが、事前に予想は付いていたのでしょう。すぐに納得した表情を浮かべて頷きました。


「確か今の当主はキュオン・ウィーデル伯爵(はくしゃく)、だったよね」

「父親だ。俺はウィーデル家の四男として生まれた」


 貴族の子供が冒険者に……と言う話は、そこまで珍しい事ではありません。


 高貴なる者の義務ノブレス・オブリージュの精神に乗っ取り、我が子を積極的に軍人や冒険者に――つまりは"人々のために戦う"職に就かせる親もいます。


 あるいは領地経営だけでは利潤が出せない貧乏貴族を親に持つ者が、金策のために冒険者となる場合もあります。


 またあるいは、相続権を持たない貴族の子供が、野に下り己の腕前のみを頼りに立身を果たす――と言うロマンを夢見て冒険者の世界へ飛び込む場合もあります。


 冒険者と比べて危険度も上がる分割合的には減るとは言え、ティルノア島へと渡って開拓者となる貴族の存在も決してあり得ない事ではないのです。


「父上……親の方針で九歳の時、"アラケル国立魔術学院"に入学した。魔術には子供の頃から興味あったし、鍛錬も行ってたからな。別に不満のある進路じゃなかった。その後の六年間で初等部、中等部と無事に修了し、親はそのまま高等部へと進学させようとしていた」


 アラケル国立魔術学院は将来の魔術師、魔術研究者、魔 具(アーティファクト)開発者の育成を目的に設立された教育機関です。平民、貴族問わず国中から入学希望者を募っており、一般的には数え年九歳から初等部へと入学する事となります。教育カリキュラムは初等部、中等部、高等部に分かれており、それぞれ三年間の教育課程を経て進学、あるいは卒業……となるのです。


「だけど俺は、進学するつもりがなかった。中等部までの段階で、すでに並みの魔術師以上の体内魔力(マナ)保有量を持っていたし、魔術制御技術も高かった。もう十分に魔術師としてやって行けるって自信があったんだよ。魔術の威力は……まあアレだったが……そっちは実戦経験を積んで行けば、改善されるはずだと踏んだんだ」


「なるほど」


「俺は周囲に進学するつもりはないって伝えた。このまま騎士団に入り、魔術部隊に配属してもらうつもりだと。だが、父親は反対した。『今のお前の魔術じゃ、どこへ行っても全く通用しないだろう』って風に。


 最初こそ互いに何とか説得しようって感じだったが、長引くにつれて段々エスカレートして行ってな。散々揉めに揉めた末、最後は俺が家を飛び出して、そのままティルノア島へと渡った。今から三年前の事だ。母方の姓である"リュンクス"を名乗るようになったのも、その頃からだ」


「そうだったんだ……」


 注文した山菜パスタをフォークに絡めながら、ティエラは言いました。


「リオの魔術、威力弱いなって思ってたけど……アレでも頑張って改善させた成果だったんだね……」


「すんません。全っ然、改善されてません。俺の魔術の威力、中等部の頃から何一つ変わってません。色々舐めてました。本っ当すんません」


 ティエラの柔らかな言葉が、塩のように優しく心の傷へと染み渡って行く心地でした。反射的にリオは、テーブルの木製天板に額をめり込ませる勢いで頭を下げておりました。


「…………まあそれは置いといて。それで、あの男はアルヴィド・ケント。ケント伯爵家の次男で、俺とは魔術学院初等部以来の同級生だった。魔術的才能に恵まれた男で成績優秀、同学年の間でも常に上位を争っていた奴だったよ」


「じゃあ、幼なじみ……って言っても良いのかな。でも、あんまり仲良さそうには見えなかったけど」


「良くないな。しょっちゅう張り合ってた……って言うか、あいつが一方的に俺に絡んで来てた。何かあるたびに俺の魔術を嫌味ったらしくコケにして、続けて出て来るのは『何だったら、僕が魔術を教えてやろうか?』……だ。断ってもしつこく喰い付いて来やがる。どんだけ俺を馬鹿にしたいんだって話だよ」

「そ、そうなんだ……」


「そもそも何であいつ、わざわざティルノア島まで来たんだか。本土の騎士団なり研究者なり、もっと堅実な道を選べたはずなのにな。……まあ、そう言う事情だ。黙っててすまん」

「良いよ、そんな。……あの、リオが貴族だったって事は、ボク敬語使ったりとかした方が……」


「気にすんな。冒険者なり開拓者なり、ギルドに所属している貴族へ仲間がタメ口で接するなんて、珍しくもない。大体、俺はウィーデルの名を捨てたんだ。今更な話だよ」

「……そうだね。じゃあ改めて……リオ、これからもよろしくね!」


「おう! んじゃまあ、今日のところはパーッと食うか!」

「さんせー!」


 そう言って二人は、存分に祝勝会を楽しんだのでありました。

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