15 ギルドへ報告しました
「きゅう……じゅう……じゅういち、と。予定よりたくさん倒したね」
倒したグリーンスライムの数を数えつつ、ティエラは吸魂管を使って死体から魔力を回収して行きます。
「岩の裏側で群れてた奴らに気付かなかったのは失敗だったよ。まあ、大事にならずに済んで良かった」
そう言いながらリオは、張りを失いすっかりぶにょんぶにょんになったグリーンスライムの身体を拾い上げ、ギルドバッグへと詰め込んで行きます。
「開拓者やってりゃ、こう言う事もしばしばある。戦闘が終わっても油断するんじゃないぞ」
「はーい。……それよりもさ」
「ん?」
「リオが最後に使った魔術。あれ一体何なの? あんな動きする魔術なんて、ボク聞いた事もないんだけど」
「ああ」
リオは頷きました。
「俺が操作した。言っただろ、魔術|の制御には自信がある、って。」
「……あんな事、出来るの?」
「実際、出来ただろ」
「嘘でしょ……」
軽く言ってのけるリオに、ティエラはしばし絶句しました。
一度放った攻撃魔術は、術者の制御によって軌道を変える事も可能です。しか
し、大抵はわずかに動きを曲げるくらいのものであり、出来て『敵の動きにあわせて軌道を補正する』程度が関の山です。
対してリオが行った事は、軌道を大きく曲げつつ魔物の動きを牽制するように飛ばし、最終的には当初狙っていた相手とは全く別の目標へと命中させる――と言うものです。これは複雑かつ繊細な、極めて高い魔術制御を行う事で初めて達成出来る技術なのです。
一言で言って、まさに神業でありました。
「……す……凄いよリオ! 魔術をあんな風に操れるだなんて! 天才だよ!」
「おいおい、褒め過ぎだって」
「それに、魔術をあんな自在に操作出来るなんて! 本当に凄い!」
「ふっ、よせやいよせやい」
「しかも、魔術を自由に操れるし、それに……えーと……魔術をあんな風に自在に操ってるし、その上魔術を自在に操作出来るし!」
「はっはっは。段々と発言の裏側から『それ以外褒める点がない』って本音が漏れ出して来てるんだよゴルァ」
にっこりとさわやかに青筋を立てつつ、リオは言いました。
「……まあ良い。クエストも達成した訳だし、さっさと帰ろうぜ」
「そうだね。それじゃあ、街道へと戻ろう!」
「そっち川な。大人しく俺の後ろを付いて来なさい」
元気良く明後日の方角へと歩き始めたティエラを、リオは即座に引き止めまし
た。
「――だから、大人しく俺の後ろ付いて来いって言っただろうがっ!! 何でお前は鳥やら蝶々やらにいちいち気を取られるんだよっ!?」
そして二人は真っ赤な夕日が山の向こうへと沈む頃に、ファインダの街は開拓者ギルド本部ロビー内へと戻って来ました。
帰還予定時刻を大幅に超過する、実に遅い帰りでした。
「だってだってー、普通気になるでしょっ!? 目の前をふわふわ、ひらひらと飛ぶんだもんっ!! あれはもう、ボクを誘ってるも同然だったねっ!!」
「微妙に誤解を招く表現は止めなさいっ!! 蝶々に誘われる開拓者なんぞお前くらいのもんなんだよっ!! お前が散っ々、あっちこっちフラフラしたおかげでもうすっかり夕方になっちまってるじゃねーかっ!!」
「別にこの後、用事とかある訳じゃないんでしょっ!? 良いじゃん、そんなセカセカ生きなくったってっ!! 心に余裕持とうよっ!!」
「そう言う次元の話をしてんじゃねえんだよっ!! ……ああもうっ!!」
これ以上続けても不毛と考えたリオは、頭を振って無理矢理気分を切り替えました。
「……はあ。……とにかく、帰ったらまずは報告だ。カウンターに行くぞ」
そう言って二人は、ギルドカウンターへと向かいました。
「あら、リオさんにティエラさん。お戻りになりましたか。……確かグリーンスライムゼリーの調達でしたよね? それにしては、随分と時間が掛かったみたいですけど……」
「まあ、色々あったと思って下さい……。それよりも確認お願いします」
そう言ってリオとティエラは、カウンターの上にそれぞれのギルドバッグと吸魂管を置きました。
「どれどれ。……見た限り、指定数よりも多いですね。報酬に上乗せが出ますよ」
ギルドのクエスト成功時には当該開拓者に対し報酬金が支払われますが、この金額は条件によって上下する事があります。
今回、リオ達が指定されたグリーンスライムゼリーの数は『五匹分』ですが、実際には『十一匹分』と倍以上の数を持って帰っております。こうした場合、本来の報酬金に上乗せ分が追加されます。単純に倍の数を持ち込めば倍の金額が貰える
……と言う訳ではありませんが、金欠のリオにとっては実にありがたい追加収入となります。
なお上乗せ分には上限が存在するため、『持ち込めば持ち込むほど無制限に報酬が跳ね上がる』……などと言う事はありません。"ないソデは振れません"し、何よりも乱獲を招き、島の生態系に大きな悪影響を及ぼす恐れがあります。むしろ、魔物を含めた島の動植物を過剰に採取、討伐するような開拓者には、最悪ギルドからの除籍処分などのペナルティが与えられる可能性すらあるのです。
閑話休題。
「では手続きが終わるまで、ロビー内でお待ち下さい。完了すれば呼びますので」
そう言ってパティは他の職員を呼び、二人分のギルドバッグと吸魂管を奥へと持ち運ばせました。
「後は報酬を受け取ればクエスト完了、って事だね」
「その通りだ。んじゃまあ、どっか適当に座って待つか」
二人はロビーの一角、テーブル席が設けられたスペースへと移動します。
「ん……? あれはハリーか?」
そこで見知った顔――二日前までパーティーを組んでいた相手を発見したリオ
は、そちらへと近付いて行きます。
「よお、ハリー。それに、ヴェネッサとエマも」
「ん? ……ああ、リオか」
穏やかに談笑していたハリー達でしたが、リオの姿に気付くと一瞬気まずそうな顔を浮かべました。
「お前ら、クエスト終わりか? それともこれから受ける予定か?」
「あ……ああ。さっき終わって戻って来たところだよ」
微妙に歯切れ悪く、ハリーは答えました。目線も横へ、下へと泳いでおり、落ち着きがありません。何だかんだと言いつつも、先日追放した事を気にしている様子です。
一方のリオは、何度も何度もパーティー追放を受けております。自分を追放した人物とその後も接する機会などしばしば存在し、そのため彼はこの辺りの『割り切り』には慣れています。自分を追い出したハリー達に対し、特に態度を改める事はありません。『彼らが気にしているであろう』事も十分に察した上で、以前までの気楽な調子で接しているのです。
「……あれ? リオ、そっちの赤髪の娘は誰なの?」
ヴェネッサが言いました。
「ああ、こいつはティエラ。つい昨日開拓者になったばかりだ。ティエラ、こいつらは俺の以前のパーティー仲間だ」
「は、初めまして。ボクはティエラって言います」
ティエラがぺこりとお辞儀をします。
「新人か。初めましてだな、俺はハリー。こいつらは俺のパーティーメンバーで、ヴェネッサとエマだ」
「初めまして、ヴェネッサよ。よろしくね」
「エマです。ティエラさん、何か分からない事があれば遠慮なく尋ねて下さいね」
「あ、ありがとうございます!」
そう言ってティエラは、先程よりも深々と頭を下げました。
「……で、リオ。もしかしてこの娘……」
「ああ。俺とパーティー組んでる」
「そうか……」
やはり歯切れ悪くハリーは呟きました。先日追放した手前、何と言えば良いのか分からない……と言った風情がありありと現れておりました。
「それで、ハリー。俺が口を挟む言う義理もないだろうが……パーティーはどうするつもりなんだ? 三人でやってくつもりなのか?」
「……ああ、いや、それがだな……」
ハリーが答える前に、リオは青いローブに身を包んだ一人の男がこちらへと近付いて来ている事に気が付きました。
何気なく男の姿を確認し――瞬間、リオの全身に驚愕の電流が駆け巡りました。
スラリとした長身。美しい銀髪。切れのある輪郭内部へと端正に配された目鼻。知的な目線をより一層引き立てる眼鏡。そして何より、他者の接近を拒絶するような、ほのかに険を漂わせる佇まい。
間違いありませんでした。リオは、この男を知っておりました。
「――久しぶりだな。リオ・"ウィーデル"」
「――アルヴィド……」
二人は静かに口を開きました。