13 戦闘開始しました
岩陰から飛び出したティエラの存在に気付き、グリーンスライムは慌てたようにこちらを向きます。"向く"とは言ってもスライム系統の魔物に顔と呼ぶべき部位はありませんし、そもそも前も後ろもないような外見をしております。あくまでも、注意を接近者の方向へと注いだだけです。
そして気付いたとは言っても、イコール即座に対応出来ると言う訳ではありません。流水のような滑らかさで窪地へと駆け降りるティエラに、グリーンスライムはまごついたように身体を震わせます。辛うじて迎撃の動きを見せた時には、既に
"影分"の白刃が大上段から振り下ろされておりました。
一閃。
縦一文字、グリーンスライムが身体の中心から綺麗に断たれます。生命維持が不可能なほどに身体を損傷したスライムは、もはや生命と呼べる存在ではなくなりました。二つに分かれたゼリーの身体から張りのある弾力が失われ、へちゃあっ、とへばり付くようにグリーンスライムは大地に骸を晒しました。
「リオッ!」
幸先良く一匹を倒しましたが、まだ二匹残っています。離れた箇所にいたグリーンスライム達が跳ねて来るのを見て、ティエラはリオに合図を送りました。
「任せろっ!」
既に岩陰から身を出していたリオは、二匹のグリーンスライムの内一匹、向かって右側へと杖を向けます。体内から汲み取った魔力を望む魔術の形へと練り上げ、杖へと流し込みます。そして喉の奥から魔術名を、杖の先端から魔術を放ちまし
た。
「下位水流魔術ッ!」
杖の先から、コップ一杯ほどの水が出ました。
水はそのまま飛んで行き、グリーンスライムに『ぱしゃんっ』と掛かりました。
グリーンスライムは若干身震いをして、何事もなかったかのようにティエラへと向かいました。
「…………」
ティエラがリオへ、横目の視線を寄越して来ました。何か言いたげな視線でし
た。
「……後は任せたぜ、ティエラッ!!」
「何でこれで『へっ、一仕事済ませたぜ』って顔出来るのさーっ!?」
イイ笑顔でサムズアップするリオに、ティエラの悲鳴じみた声が上がります。そんな事にはお構いなしに、二匹のグリーンスライムが勢いを付けてティエラへと飛び掛かります。スライムの体当たりは衝突時に接触部位を硬くするため、決して侮れません。アザくらいは普通に出来ますし、何度も喰らえば危険な状態に陥る事でしょう。
「っ! 下位障壁魔術ッ!」
ティエラは開いた左手と太刀を握った右腕とを突き出し、魔術を発動させます。かざした両手の先から青白い魔術の壁が現れ、衝突寸前だったグリーンスライム達の体当たりを受け止めました。壁にぶつかったボールのようにグリーンスライム達は跳ね返され、地面へと転がりました。
「お前、防御の魔術使えたんだな」
「結構得意なんだよ。まあ身体強化魔術を除けば、魔術らしい魔術なんてこれくらいしか使えないけどね」
太刀を構え直しつつ、ティエラは答えました。
「それよりリオ、もっと強い魔術はないの? 正直、あれじゃ援護になってないんだけど」
「任せとけ。……上位級を使う」
全てがそうではありませんが、大抵の魔術は効果の強さや規模によって、下から『下位』『上位』『極位』……と三種類の階位分けがなされています。概ね、階位が上がるほど効果が高く、代わりに発動難易度や発動速度、消費魔力量なども高くなります。リオは杖を構え、一般的に『複数体の魔物をまとめて攻撃出来る』規模の上位級魔術使用のための魔力を練り始めました。
下位級に比べて複雑な制御を必要とする上位級魔術ですが、リオの緻密な魔力制御能力は素早く繊細に魔力を必要な形へと練り上げて行きます。並の魔術師には到底真似出来ないほどの速度で、魔術発動の準備が整います。
体勢を立て直し再びこちらへと跳ねて来たグリーンスライム達へと向かって、リオは渾身の気合いと共に上位級魔術を放ちました。
「上位水流魔術ッ!!」
杖の先から、バケツを振ったくらいの勢いと量の水が出ました。
そのまま、一匹のグリーンスライムに『ばしゃーんっ』とぶっ掛かりました。
グリーンスライムは一瞬驚いて動きを止めた後、すぐに何事もなかったかのようにリオへと跳び掛かって来ました。
「へぶぅっ!?」
腹に一撃喰らったリオの口から、奇っ怪な声が漏れ出ました。もう一匹の方も、立て続けに跳び掛かって来ます。
「……ん、にゃろっ!」
勢い任せに振り回した杖が、偶然にも跳び掛かって来た方にクリーンヒットします。リオは左手を腰の後ろへ回して短剣を引き抜き、地面に叩き付けられ動きの鈍ったグリーンスライムをガムシャラに切り付けました。
一振り。二振り。三振り。
二振り目までは浅く切った程度でしたが、三振り目の刃が上手くゼリーの身体を捉えます。同時にティエラが突き出した"影分"の切っ先が正確に中心へと差し入れられ、二匹目のグリーンスライムは息絶えました。
「…………」
ティエラが半眼でリオを見ました。とてもとても、何か言いたげな視線でした。
「…………良しっ、俺の魔術で一匹仕留めたぜっ!!」
「魔術ほぼ関係なかったよねっ!? リオの魔術弱過ぎないっ!?」
「う、うるせーよっ!! 結果的には倒せたんだから良いじゃねーかっ!!」
「そう言う問題じゃないんだけ……どっ!!」
会話の途中で跳び掛かって来た最後の一匹を、ティエラの太刀が横薙ぎに斬り裂きました。
「おお、お見事」
「まあね……って、そうじゃなくて。……リオ、手加減したとかじゃないよね? さっきの上位級魔術、並の魔術師の下位級魔術より威力なかったんだけど……」
「……頑張って出しました」
「……うわぁ……」
「な、何だよその目はっ。言っとくけど、魔術制御には自信あるんだぞっ」
「いや、あの威力のなさは流石に……待って。ちょっと静かに」
「どうした?」
「音がする。それも複数」
「…………。俺にも聞こえた。ああ、こりゃ多分――」
リオが言い終わらない内に、大きな岩の後ろから複数の影が飛び出して来まし
た。
「――お仲間だな。ティエラ、構えろ」
「うん。……グリーンスライムが四匹。油断しないでね」
新たにやって来た四匹のグリーンスライムに向かって、ティエラは"影分"を正眼に構えました。