12 何か見付けました
二人は街道をしばらく進み、やがて三叉路へと差し掛かりました。立て札の案内に従って北側へと伸びる道を選び、更に進んで行きます。
またしばらく歩き続け、舗装された石畳が途切れて踏み固められた土の道に変わり始めた辺りで、リオ達は立ち止まりました。
「……ここから、街道を外れるぞ。本格的に魔物と遭遇する可能性が出て来るか
ら、注意しろ」
「うん、分かったよ」
口調こそ先程までと同じ温厚な様子ながらも、ティエラの顔がにわかに引き締まります。彼女もそれなりに戦闘慣れしているのでしょう、魔物の生息域に平素の暢気さで踏み込む愚を犯す気配はありません。ごく自然な気分の切り替え方、"臆せず侮らず"の適切な気の張り方に、リオは密かに感心しました。
リオは、背中に背負っていた杖を手に取り、ローブの内側、後ろ腰に装着している短剣を確認します。戦闘では主に杖を使いますが、万が一近接戦に持ち込まれた場合、武器の扱いが苦手なリオにとっては木製の杖よりも金属の刃物の方が頼りになります。もっとも戦闘で使うケースよりも、野外での各種作業――邪魔な枝や木々に絡まった蔦を切ったり、現地で調達した食料の調理を行なったり、地面や木の幹に印を刻んだり――で使うケースの方が遥かに多いのですが。
二人は草を踏みつつ、どんどん街道から離れて行きます。
「ここから北へ進んだ辺りに、窪地がある。グリーンスライムはその辺りに巣を作っている」
「うん、了解……ったわぁっ!?」
横を向いてリオの言葉に耳を傾けていたティエラの姿勢が、前のめりに崩れま
す。一、二歩よろめきましたが、どうにかバランスを取って踏み止まります。
「大丈夫か?」
「うん……石か何かに躓いただけだよ。ちょうど草に隠れてて、見えなかったみたい」
ティエラが足元を見下ろします。
そこには、金属製と思しき丸い物体が地面の下から浅い角度で這い出すように姿を覗かせておりました。土に埋まっているため全容は把握出来ませんが、仮に円形であるとすれば半分程が空の下に露出している事になります。垂直に立てた場合、ティエラの腰くらいの高さになるでしょうか。黒い表面には乾いた土が薄くこびり付き、根を下ろした丈の低い草があちこち伸びておりましたが、錆はほとんど浮いていませんでした。
「……これ、何だろう? 鉄っぽいけど……」
「……これはティルノア島の"遺産"だな」
「遺産?」
「ああ」
リオは言いました。
「『大昔、この島には人が住んでいたらしい』……って話は知ってるか?」
「一応、ちょろっと聞いた事はあるよ」
「学者によると数千年もの昔、この島には人間の作った"文明"があったんだそう
だ。現在とは比べものにならない程に高い技術力を持っていたが、何らかの理由で滅んじまって、以来アラケルの人間がこの島に入植するまで、人は一人も住んでいなかった――との事だ」
「……じゃあこれも、大昔の人達が作ったものなの?」
「そう言う事だ。……もっとも、これが一体何なのかはサッパリ分からんそうだ。これ単体で使うものなのか、別の魔具か何かから欠落した部品なのか、それさえも分からん」
「へえ……。千年以上も昔のものなのに、良く残ってるね。普通の鉄とかだった
ら、とっくに錆びて跡形もなく崩れちゃってるだろうし」
ティエラは靴の先で"遺産"を突付きながら言いました。金属とも石とも取れる、不思議な感触でした。
「そうだよな。何の素材で出来てるのかすら分からんが、風化しないってだけでも相当なもんだ。……まあこの島には、こう言ったものをしょっちゅう見掛ける。そこらの地面に落ちてる奴ならまだしも……例えば、"遺跡"の中にあるようなものは勝手に持ち出したりするなよ」
「分かってるって。ギルドの規約なんでしょ? 昨日職員の人から説明されたよ」
「なら良い。……話し込んじまったな。そろそろ行くか」
「うん」
二人は再び歩き始めました。
それからしばらくの後――
「……いたぞ、グリーンスライムだ。見える限りで三匹」
「……ボクも確認したよ」
大きな岩影から慎重に顔を出しつつ、二人は小声で意思疎通を行いました。
二人の視線の先、あちこちに白い岩の目立つ窪地の中に、全身緑色の丸いゼリーのような魔物――グリーンスライムが三匹たむろしておりました。全長は人間の膝の高さ程、薄っすらと透ける体内中心には、小さくて丸い芯のようなものが見えます。
グリーンスライムは、ブルースライムの亜種です。ただし、ブルースライムよりも攻撃的な性格をしており、迂闊に近づけば例え危害を加えていなくても、向こうから襲い掛かって来ます。単体であれば決して恐れるような相手ではありません
が、多数に囲まれれば少々危険です。
「一匹が手前側に寄ってるな。……まずあいつから片付けるか」
「分かった。ボクが飛び出してあいつをやっつけるから、その間にリオは魔術の準備をして。奥の二匹のどっちでも良いから、そいつに向かって撃って」
ティエラはそう言うと背負っている太刀、"影分"に手を伸ばします。彼女の左肩後ろの鞘部分を、まずは左手で握って前方へと引っ張ります。ぐいっと突き出させた柄を右手で掴み、そのまま一気に引き抜きました。緩やかな曲線を描く銀色の刃が陽光の元に晒され、一筋の鋭い輝きが刀身を走りました。
「……ああ、太刀ってそう抜くのか。左肩から柄が出るよう背負ってたから、てっきりお前は左利きなのかと思ってたよ……」
「普通の剣だと、右肩側から柄が出るように背負うからね。けど影分は刀身が長いから、左手も使わないと上手く抜けないんだ」
ティエラは両手で柄をしっかり握り、太刀を構えます。
「……じゃあ、三つ数えるよ。ゼロで飛び出すからね」
「……おう」
「三……二……一……」
ティエラの数え下ろす声に、リオは我知らず杖を持つ手に力が入ります。
「ゼロッ!!」
ティエラは岩影から飛び出し、一直線に手前のグリーンスライム目掛けて駆け出しました。