10 クエストを受けました
――翌日。
「わあ……昨日より更に人が多いね」
開拓者達でごった返すギルドロビー内の様子に、ティエラは感嘆の声を上げました。
「昨日、早めに来といて正解だったろ? クエストへは午前中に出掛けるのが普通だし、ボードにクエストが張り出されるのも大体この時間だからな。だから今が一番、人が集まるんだ」
「ふんふん」
「『クエストを受けたその日は準備に費やし、翌日に出発』……って事もあり得るし、夜行性の魔物が標的の場合は夜中に出発する事もあるから、実際はいつ受けても良いんだけどな。ただまあクエストは基本早い者勝ちだから、のんびりしてた結果、都合に合うクエストが残ってなかった……なんて可能性もある。早く来れるなら、そうするに越した事はないな」
「なるほど」
説明をしながらリオは、ティエラをクエストボードの前へと連れて行きます。群がる開拓者達の隙間をこじ開けるようにして、最前列まで移動しました。
壁に大きく打ち付けられた横長の木板一面に、大量の紙が張り出されておりました。紙は一枚につき一つの押しピンによって留められており、紙同士が重なって下側の内容が見えなくなってしまわないよう、多少横列が上下にずれつつもそれなりに整然と並べられておりました。
紙――依頼書に書かれているものは、全て"クエストの依頼"に関するものばかりであり、内容も千差万別です。
危険な魔物の討伐や遺跡調査員の護衛、物資の運搬や指定された野草の採取……などなど。おおむねティルノア島の調査及び開拓事業に関わる内容ですが、中には臨時土木作業員の募集やら、家畜の放牧の手伝いやら、わざわざ"開拓者ギルド"が引き受けるべきものなのか判然としないクエストも混ざっております。本国における"冒険者ギルド"も似たような問題を指摘されており、『"冒険者、開拓者"と言う名称はもはや形骸化している』と言う意見もむべなるかな、と言えます。
「いっぱいあるね〜。……で、どれを選ぶの?」
「お前と組むのはこれが最初だからな。お互いの実力を確認する意味でも、戦闘を前提としたクエストが良い。……そうだな……」
リオは視線を右から左、左から右へとじっくり巡らせます。
「……これなんかどうだ? 『グリーンスライムのゼリー体を五匹分納入』って
奴。そう難しいクエストじゃないし、不測の事態に陥る可能性もまずないだろう。"初陣"にはちょうど良いと思うんだが」
「そうだね。グリーンスライムなら、村の外でも相手した事あるし」
「決まりだ」
そう言うとリオはボードへと手を伸ばし、依頼書の一枚を手に取りました。そのまま勢い任せに引っ張り、ボードから破り取ります。
"仲間と検討した結果、やっぱり取り止める事にしたので、元に戻す"……と言った事があるので、依頼書を『破いて取る』のはギルド内では推奨されていない行為ではあります。……が、『ピンを外して取る』と言う手順を面倒臭がる者がそこそこの割合でいる上、"クエスト受注は早い者勝ち"の原則があるため、実際には割と普通に行われている行為だったりします。混雑時では尚更であり、実害も大半が
『貼り直した時、若干不格好に見える』程度なので、半ば黙認されているのが実情なのでありました。
依頼書を手に、二人は受付カウンターへと移動しました。
「あ、リオさん……に、昨日の新人さんですよね? 確か、ティエラさん」
リオの隣に立つティエラの姿に、受付嬢はカウンターの上で腕を組みつつ、言いました。
「は、はい。覚えていてくれていたんですか?」
「職業柄、人の顔と名前覚えるの得意ですから。それに昨日の一件で、ある意味あなたは有名人になっちゃってますからね」
「あう……」
赤面するティエラに、パティはクスクスと悪戯っぽい笑い声を上げました。
「まあ、それはともかく。クエストですよね? パーティーは決まっているんですか?」
「はい、俺とこいつです」
「揃ってここに来た時点で、何となく察してましたけど……お二人で組む事にしたんですね。まあ、リオさんは経験豊富ですから。色々と教えてもらうと良いです
よ」
「が、頑張ります!」
「……それじゃあ、依頼書とギルドカードを出して下さい。適正等級に達しているかの確認を取りますので」
言われた通り、二人はそれぞれにカードを取り出し、カウンターの上へと置きます。リオから依頼書を受け取りつつ、パティは二枚のギルドカードにざっと目を通します。
「……はい、確認しました。このクエストは、商業ギルドからの依頼ですね。今週中に達成すれば良いので、焦らなくて大丈夫ですよ」
商業ギルドは本来、アラケル本国を拠点に活動しております。しかしティルノア島の開拓事業にも出資をしており、ファインダの街には支部が存在しております。
彼ら商人ギルドがスライムのゼリー――生々しく言えば"スライムの身体"を求めるのは、ごくありふれた事です。煮込んで溶かせば、薬の材料として使えるためです。薬を始めとした商品は本土からの定期便によって輸送されてはおりますが、島で作ればその分の輸送コストが浮く――と言う理由があるため、こうした依頼は定期的に来るのです。
説明を終えたパティは、手元にある別の用紙に目を落とし、ペンを片手に何やら記入を始めました。
「……クエストの受注を完了しました。ギルドバッグと"吸魂管"の貸し出しは、あちらのカウンターでお願いします。ではお二人共、くれぐれもお気を付けて下さいね」
リオ達から向かって二つ右隣のカウンターを指しつつ、パティは言いました。指示通り二人はそちらへと移動し、担当職員に声を掛けますます。
「……はい、確認しました」
依頼書の確認を終えた職員は、棚からギルドバッグと"吸魂管"――筒状ガラスの上下を金属製部品で蓋をした構造の|道具を二人分取り出し、リオとティエラそれぞれに渡しました。
「……この小さいランタンみたいな道具、何?」
「吸魂管だ。魔 具の一種で、死んだ魔物の"魂"を吸収し魔力に変換する。ギルドの設備を使えば倒した魔物の種類と数も分かるから、例えば『魔物を指定数倒せ』なんてクエストの場合、条件を満たしたかどうかギルド側で確認する事が出来る。溜まった魔力は、その後魔力灯なんかのインフラに活用される」
「へえ、便利だね。……で、クエストの受注はこれで良いんだよね?」
「ああ。今回は納品が目的だから、クエストの場所は特に指定されていない。……が、依頼書に書かれてある通り、グリーンスライムは北の街道外れで良く見掛け
る。素直にそこへ向かおう」
「うん」
「準備は済ませてるな? 良ければ早速出掛けるぞ」
「りょーかい!」
両の拳を胸の前で作り、ティエラは気合十分な声を上げました。