1 追放されました
「一匹仕留めたよ! あと二匹!」
「焦るな! 確実に数を減らせ!」
一面の緑がなだらかに続いて行く草原に、男女の声が飛び交っておりました。
四人組である彼らの視線の先には、四本の足で大地を蹴り、唸り声を上げて駆ける獣――"草原オオカミ"と呼ばれる種類の魔物が捉えられています。街道近くに出没した草原オオカミを討伐し、付近の安全を確保する。自分達が受けた"仕事"をこなすべく、男女は武器を手に魔物達へと果敢に挑みます。
一匹の草原オオカミが四人組の一人、緑髪の女に狙いを定めて走ります。咆哮と共に大口を開け、人間の皮膚など易々食い破ってしまうであろう鋭い牙を荒々しく覗かせ、女のか細い首を目掛けて弾丸のように飛び掛かりました。
「……はぁっ!」
しかし、女は慌てません。左に持った大盾を前方へと構え、迫り来る魔物の身体をがっちりと受け止めます。そのままタイミングを合わせ、盾をぐっと前へと押し出します。
突き飛ばされ、背中から地面に叩き付けられた平原オオカミは『ギャンッ!』と悲鳴を上げ、草の上を転がります。隙を逃さず飛び出した四人組の一人、剣士の男は無防備な魔物の腹部に向かって容赦なく右手の剣を突き出します。鋭い切っ先が皮膚を貫き、鮮血が草を濡らし、魔物は短い断末魔と共に息絶えました。
「あと一匹! ……リオ! そっち行ったぞ!」
剣士の男は振り返り、後方に控えていた魔術師の男へと叫びました。
「分かってる!」
リオと呼ばれた男――緑のローブに身を包んだ魔術師の男は、自身へと襲い来る平原オオカミへと右手に持った杖の先端を向けました。
――発動に時間の掛かる上位級の魔術では、この距離での迎撃には向かない。
――ならばここは、威力で劣る代わりに素早く発動出来る下位級の魔術を。
的確に状況判断を済ませたリオは、自身の体内を巡る魔力へと意識を集中させます。
リオの極めて優れた制御能力を持って素早く正確に魔力を練り上げ、腕へと――その先に続く杖へと向かって一気に流し込みます。
標的の平原オオカミの敵意の籠もった視線にも怯まず、リオは真っ直ぐに睨み返します。この距離なら外しはしません。
己の練り上げた魔術を顕現させるべく、リオは断固たる意志を持って魔術名を発し、練り上げた魔力を杖の先端から放出させました。
「――下位火炎魔術ッ!!」
杖から、ロウソクみたいな小さい火の玉が『ぽんっ!』と出ました。
ミニマムサイズの火の玉がそのまま『ひゅーん』と飛んで行き、魔物の額に命中しました。
魔物が鬱陶しそうに首を振ると、火の玉は『ぽふっ』とかき消されてしまいました。
リオの魔術はそれで終わりました。何事もなかったかのように、平原オオカミは元気良くリオへと迫り続けております。
こうなっては、彼に取れる手段はただ一つです。
「誰かっ!? 誰か何とかしてぇぇぇぇぇぇぇえっ!?」
リオは堂々と魔物から背を向け、対処を仲間に丸投げして、迫る平原オオカミから全速力で逃げ回り始めました。
その甲斐あって、仲間が何とかしてくれました。
「ヴェネッサにエマ、怪我はないな?」
金髪の男剣士――ハリーは、剣に付着した血を布で拭い去りながら、仲間の二人に声を掛けます。
「うん。あたしは大丈夫よ、ハリー」
両手の短剣を腰の鞘に収めながら、ショートの青髪の女――ヴェネッサが答えました。
「私もです」
大盾とランスを構えつつ油断なく周囲に目を配らせながら、緑の長い髪を三つ編みにした女――エマが答えました。
「リオはどうだ?」
「……あ……ああ……何とか……」
草の上に座ったままゼイゼイと肩で息をしながら、リオは答えました。荒い呼吸に合わせてブルネットの髪が上下に揺れ、エメラルドグリーンの瞳も疲労のためかどんよりと濁っておりました。
「そうか。……じゃあ、早いとこ街へと戻ろうぜ」
「魔物の死体はどうします?」
安全を確認し終えたエマが、構えを解きつつ尋ねます。
「この大きさなら、"ギルドバッグ"一つに一匹は入る。持って帰って、解体はギルドに任せよう」
そう言ってハリーは、地面に置いておいた肩掛け式のカバンを拾い上げました。蓋を開けて口の部分を広げ、布で包んだ平原オオカミの死体を押し込みます。
一見すると、カバンの容量に対し魔物の死体はとても収まりそうにない大きさでありましたが、『魔術の力によって内側の空間を拡張』したそのカバンは見た目の大きさ以上の内容量を誇ります。合計三匹の平原オオカミの死体をハリー、ヴェネッサ、エマの三人はそれぞれの"ギルドバッグ"へと収め、紐を肩へと引っ掛け持ち上げました。
「まあ、今回は比較的楽だったわね。何しろ、たった三匹だし。こいつらって普
段、群れで行動するのが普通だから」
「そもそも、街道近くに現れるものでもありませんしね。大方、群れからはぐれたか追い出された個体が当てもなく流れて来た……と言ったところでしょう」
「何にせよ、無事に終わって良かったよ。さあ、帰ろう。……どうした、リオ?」
先程から立とうともしないリオに、ハリーは首を傾げます。
「怪我でもしたのか? だったら回復薬でも――」
「迷惑掛けて本っ当にスミマセンでした――っ!!」
突然リオは叫んで地面に両手を付き、額をこすり付ける勢いで頭を下げました。
ここより遙か東方、"アヅマ"の国よりもたらされた謝罪スタイル、土下座です。リオ自身は実物を見た事がなく、あくまでも文献の知識を元にしたやり方ではありましたが、全身から謝罪の意思が吹き出るかのような、それはそれは美事な土下座っぷりでした。
縮こまってひたすらに頭を下げるリオの姿に、ハリー達三人はしばらくの間互いに顔を見合わせます。
やがて、ハリーはゆっくりと腰を屈め、リオの肩に優しく手を置きました。
「さっきの事なら気にするな、リオ。こうして一人の怪我人も出ず、無事にクエストを成功させたんだからな」
「だけど――」
「お前は魔力の制御が天才的なレベルで上手い代わりに、魔術の威力が絶望的に低いって事は、これまで一緒にパーティー組んで来た中で十分に分かってた事だからな。だけどリオ、そんなに自分を卑下する事はないんだぞ」
「ハリー……」
「そうそう。確かにあたし、リオの魔術が魔物にダメージを与えたところなんてこれまで一度たりとも見た事ないけど、それでもリオが雑用とかで役に立った事は一度や二度じゃないわよ」
「私も、リオの魔術に助けられたと感じた事はこれまで一度たりともありません
が、それでもあなたはいつも明るく元気に頑張っているじゃないですか」
「ヴェネッサ……エマ……」
リオはゆっくりと顔を上げます。涙の滲む視界には、仲間達の優しい笑顔とハリーから差し出された右手が映っていました。
「泣くなよリオ。ほら、さっさと立とうぜ」
「みんな……ああ」
リオは差し出された手をしっかりと握り返します。そしてハリーに――頼もしい仲間に支えられつつ、再び大地の上へとその両の足で立ち上がりました。
「ありがとう……ありがとう、みんな……っ!」
「気にするなって。――さあ、帰ろう。俺達の街、"ファインダ"へ」
そしてリオは、心から信頼出来る仲間達と共に歩き始めました。
爽やかな風に揺れる草が陽光を浴び、波のような輝きが草原一杯に広がって行きました。
「ああリオ、それはそれとしてパーティーは抜けてくれ」
リオが彼らの仲間ではなくなりました。




