第9話.円卓の会議
足枷が外れ、魔法も使える状況になったがまずは何をしたらよいのか。
「取られた俺の剣を取り返したい。あれは俺の大切なものだ」
「そっか。じゃあ、絶対に取り返さないと」
そう言ったウルは魔力の気配を押し込めながら魔法を発動。石壁をすり抜けてシヴァのいる牢へ移る。
「どこにあるかな?」
「そうだな……精霊はあの鉄が嫌いだろう? その辺に放置されてそうだ」
「確かにね……でも危険な賭けだよ。僕に任せてくれる?」
何をするつもりか、と思ったがウルの目には自信が見える。シヴァは彼に任せようと決めた。
二人一緒に牢をすり抜け、一応幻の身代わりを置いて廊下を進む。土枝宮本殿に繋がるであろう重たい木の扉の前に兵士が立っていた。ウルは小さく「よし」と呟く。
怪訝な顔をするシヴァを石の柱の陰に残し、自分の姿を魔法で消して兵士に近づいていくウル。
兵士は勿論気づかない。彼が何をするのか皆目見当がつかず、シヴァはハラハラして兵士の隣に並ぶウルを見ている。
そんな状況でウルは霊杖ウラヌリアスの先を兵士の頭に翳してこそこそと小さく呪文を呟いた。
すると突然兵士の身体がふらついた。
ウルはふわりと魔法粒子を漂わせて姿を消す魔法を散らすと、兵士の前に立つ。
「君は僕たちを連行した一団にいたよね?」
「……はい。いました」
「押収した冥界の鉄の剣はどこ?」
「……枝宮内の危険物保管庫です」
「それはどこ?」
「……ここを出て、最初の角を右に。その廊下を真っ直ぐ進んで行き止まりになっている所です」
「ありがとう」
ウルはシヴァを振り返って満面の笑みで頷いた。「どうだ!」と言わんばかりの表情である。
兵士は未だ虚ろな目のままふらふらと立っている。シヴァは警戒する猫の様なしなやかさで柱の陰から出てきた。
「あんまり使いたくない魔法だな……」
ウルはふらり、ふらりと身体を揺らしている兵士を見ながらそう言う。シヴァはゆるりと首を横に振った。
「そうだけど今回は役に立った。いいってことにしよう」
「うん。行こう」
二人は再び姿を消し、兵士から聞き出した通りに木の扉の向こうを歩いていった。
長い廊下を進み、行き止まりの所に鉄製の扉を見つける。大きな鉄の錠前が掛かっているが、ウルの魔法の前では鍵など意味をなさない。
シヴァの手を引き一緒に扉をすり抜けて二人は危険物保管庫に入り込んだ。
真っ暗なそこにはいくつもの棚が並べられ、様々なものが並んでいる。平和なユグラカノーネであるが、危険物や武器がこんなにあるのか、とウルは驚いた。
天を揺蕩う国とは言え、聖人君子ばかりではない。神聖視されることの多い精霊にも犯罪者はいる。そんな者たちから押収した武器がほとんどの様だ。
「見つかる……?」
「んー……あ、あった。これだ」
押収したばかりだからか、シヴァの黒い剣は思いの外近くにあった。
剣を手にとって彼は声無く「良かった」と安堵の言葉を漏らす。大切だと言うこの剣は彼にとって何か特別なものなのだろうとウルは彼を見て考えた。
それからきょろ、と辺りを見渡して魔力の気配を探る。誰にもバレていないようで近づいてくる者はいない。ジュラリアの目を欺けたらしいことが一番の安心だ。
「よし、行こう」
「うん」
そうして二人は危険物保管庫を出た。
――――……
一方その頃。世界樹ユグドラシルの幹の中、霊王ティリスチリスの園にて七人全ての枝守が集まり、大理石の円卓に着いて会議を開いていた。
「あれは今、私が捕らえています。状況を鑑みるに、これからも土枝宮に置くのが良いかと」
緑玉の嵌まった金環の揺れる腕を組み、土の枝守ジュラリアはそう切り出した。
“あれ”とは勿論ウルのことで、全体へ向けて発言しているようで、その実ウルを逃がしたイルジラータに向けられている言葉である。
「わたしも賛成よ。ジュラリア義姉様に任せておけば何も心配要らないわ」
頬杖をついたまま笑ってジュラリアの言葉に賛同したのは、草の枝守メリーニール。長い金の髪を頭の高い位置で二つに結い、赤や白の花で飾った、菫色の瞳の美少女である。
「……僕は、どうでもいい。勝手にしてよね」
大きな欠伸をして円卓に突っ伏したのは氷の枝守ロアルハーゼ。左手の甲に冬の黒の花紋を持つ彼のさらりとした銀の髪は少しボサボサで、翠眼は常に眠たげだ。
「寝てんじゃねーぞ、ロアルハーゼ。この件に関しては全員の意見が必要だ」
「そ、そうですよ。起きてください兄さん」
そう言ったのは双子。荒っぽい姉は雷の枝守トルネア、控えめな弟は風の枝守トルネオという。豊かな青い髪をポニーテールに結い、黄玉の瞳をしたそっくりな双子は各々額の右と左に冬の黒の花紋を持っている。
「……義姉上、確かに連れていかれはしましたが侵入者がいなければ問題なかったはずです」
「ふん、よく言うわ」
「ミルテル、控えなさい」
「……はい」
ウルを捕まえることができなかったミルテルは先程からずっと機嫌が悪い。イルジラータはちらりとミルテルを見て、またジュラリアを見た。
「確かに貴方は長らくあれを捕らえたままにしていましたね。ですが……あれにはまだ、自由を望む心があった。だからあれは逃げたのです」
イルジラータは金の目をじっと枝違いの姉に注いでいる。ジュラリアは薄い水色の目を彼からそらさない。しかし互いに、相手の瞳に揺れるものを理解した。
「……心も、殺すべきであったと?」
「……はい。あれのためにも、それが一番良かったのではと思うのです」
「…………」
ふっと目をそらしたイルジラータは、牢の中で膝を抱えていたウルを思い出した。記憶の中のその姿は幼いままである。幽閉してから全くと言っていいほど彼に会いに行かなかったからだ。
「おいおい……義姉さん、流石にそれは酷くねぇか」
「私たちは、すでに取り返しがつかないほどの事をしていると、思いませんか」
「義姉さん、あんたまさか……」
トルネアはつい、と言った様子で腰をあげ、顔を強張らせてジュラリアを見た。目を伏せたジュラリアの膝の上の握り拳は微かに震えている。
「……今更、迷ってんのかっ?!」
バンッと円卓を右手で叩き、やってられねぇと叫んでトルネアは円卓の間を出ていった。あわわ、とトルネオが走って追いかけていく。
「なんなの~……うるさいなぁ……」
円卓を思いっきり叩かれて、その音と怒鳴り声で起きたロアルハーゼは、文句と共に顔をあげた。どうやら話は聞いていたらしく溜め息を吐く。
「しょうがないよ、義姉上。トルネアはあの時あの場にいたからね」
「……確かに、私が今言っていることは今まで私たちが信じてきたことを全否定するようなものです。ごめんなさい」
「……話を聞くのと実際に対面するのじゃ違うに決まってる。僕らだってどうなるか」
そう言った彼に、黙っていたミルテルが口を開いた。
「私は揺らがなかった! あんな、呪われた子……迷う方がどうかしているわ!」
「ミルテル、あなた忘れちゃったの? あんなに可愛がっていたのに」
そう言ったのは右手の甲にミルテルと同じ夏の赤の花紋を持つメリーニールだ。幼い見た目に似合わぬ静かな瞳をしている実の姉の言葉にミルテルは顔を歪める。
「それはっ……あれが、正体を隠していたから……」
「……まあ、それは一旦いいとするわ。でもね、殺しちゃったのは駄目」
「だって……」
「あの瞳はもう薄紅まで来ています。あとどのくらいなのか、想像がつかないのですよ」
「そうそう。何が起こるか分かんないのよ? 危ないじゃない」
ジュラリアは溜め息を吐く。メリーニールは二つ結いの片方に指を絡めて唇を少し尖らせた。ミルテルは気まずげに俯く。
「……義姉上」
静かに考えていたイルジラータがようやく口を開いた。
「我々は迷ってはいけない。何故なら我々はこの国を守護する一族だからです」
「やはり、ユグラカノーネのためにあれを犠牲にすることを選ぶべきだと?」
「はい」
「…………」
一同は沈黙した。
アルタラの一族の一員としては、イルジラータの言葉に躊躇い無く頷くべきであるが、かつて慈しんだ枝違いの弟を思う者としては、全員がすぐに頷くことができなかった。
幽閉することは迷わなかったのにね、と思いながらロアルハーゼは欠伸を噛み殺した。
「……処遇の件は保留しましょ、わたし、少し、考えたい」
「僕も、しばらく待って」
「……私の答えは決まっているわ」
そしてメリーニール、ロアルハーゼ、ミルテルの三人は円卓の間を去った。気配が揺らぎ、彼らが各々の枝宮へ戻ったのが分かる。
ジュラリアも言葉無く席をたった。一人沈黙しているイルジラータに彼女は少し考える。
(……何故自らを追い込むのです。あの子を一番愛していたのは貴方なのに)
ともかく、一度帰って考え直そう。
ジュラリアは土枝宮に戻るため、霊杖ドラテアを喚び出した。
生まれの順番は、土→氷→火→草→水→雷/風→ウル。
季節的には春「火、ウル」夏「草、水」秋「土」冬「氷、雷/風」です。