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銀星と黒翼  作者: ふとんねこ
幕間3

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はじまりの物語


 すべてのはじまりの時。この世界を作り上げた神々が、天へ上がるにあたって、人間では頼りなかったため、地上を自分たちの代わりに治めるものを作り出した。

 彼らは神に似たる者。エルフと呼ばれる美しく優れた種族であった。神々の予想に反して、とても穏やかな気性を持った彼らは、結局地上の支配者となることはなかったが、神々は自分たちによく似た美しい彼らを愛した。



 そして、ある時エルフたちの元に、とある双子が生まれた。天泣の如し清らかさを持つ美しい子と、美しかったが邪なものを抱えた子の二人である。

 双子は不思議なことに生まれて三日で大人の姿にまで成長し、やがて各々の持つものに相応しいものを愛するようになった。


 清らかなアルタラは光と命を。

 邪なるベリシアルは闇と死を。


 陽の下で人々に愛されるアルタラと暗がりで孤独を()むベリシアル。次第に仲間たちから嫌悪され始めた片割れをアルタラは必死に守ろうとしたが、ベリシアルはついに心優しい片割れすら拒絶した。


 それから双子は互いに顔を見合わせれば口論をするほどに関係の溝を深める。互いに声を掛け合い、手を取り合うことはなくなった。



 そしてある日のこと。アルタラは天上の神々から天に住まうことを許される。エルフの中でも抜きん出て美しく優れていたアルタラは、他の誰よりも神々に良く似ていたからだ。


 それを告げられて、思わず天を見上げたアルタラが、衝撃に憑かれた様にしてこぼした二つの言葉がある。


――汝の前に黒き翼の降りる時、永遠の決別は(ほど)かれ、太古の闇は去り、平穏が訪れるであろう――


――汝の道に銀の星の瞬きたる時、終わりなき争いは去り、新たなる時代が興りて、安寧が得られるであろう――


 アルタラにすら、誰のための何の言葉なのか分からなかった。それでも、アルタラはその二つを持って天へ向かおうとした。

 しかしその時、暗がりから飛び出したベリシアルが二つ目の言葉を奪っていった。アルタラは追いかけようとしたが、神々の声に急かされて、仕方なく二つ目の言葉を諦めたのである。


 天に上ったアルタラに与えられたのは、空色の中にぽっかりと浮かぶ島の様な国であった。たった一人で、誰もいないその国へやって来たアルタラは、国の真ん中でどうしたものかと考え込んだ。



 そして、アルタラから二つ目の言葉を奪ったベリシアルは、次の日にエルフたちの国を去っていった。向かうは地下である。苛烈の胎動を秘め、神々に追いやられた邪悪な力たちが怨嗟の声を上げる、闇と死の気配に満ちた世界であった。

 地下の世界に降り立った時、ベリシアルの元へ悪戯な風がやって来てベリシアルが抱えていた言葉を拐っていった。


 どこを探してもその悪戯な風も言葉も見つからなかったので、ベリシアルは諦め、地下の真ん中に立った。そこから辺りを見渡して、こここそ己のいるべき場所と確信し、その深く深くに身を沈めた。


 地に沈む過程で怪我をしたベリシアルの血から、はじまりの魔物が生まれた。名も無く形も定まらぬ、寂しげな生き物であった。

 地の底に沈み込み、地下の世界と完全に同化したベリシアルは完全な孤独を得たことに安堵して眠ろうとしていた。

 しかしベリシアルは、完全な孤独を得たものであるはずの己から別の生き物を生んでしまったことに気づくと、寂しそうに親を探して泣いていたはじまりの魔物を地の底に飲んでしまった。


 地に飲まれる瞬間に、はじまりの魔物がベリシアルの存在に気づいて歓喜した声から二人の魔物が生まれる。


 イスグルアスとアラドリス。眠ってしまったベリシアルは気づかなかった二人っきりの兄弟。彼らが地上のエルフを真似て地下に帝国を築き上げるのに、そう時間はかからなかった。



 一方、天の国でぽつんと一人きりであったアルタラは、経験したことのない孤独に泣いていた。

 アルタラの涙が、川を作り、国の端から空へ流れ落ちるほどになったので、困った神々はアルタラを国の中心に根を張る巨大な木に変えた。

 そして、木の力でもって、新たな命を育むことを神々に教えられたアルタラは、まず自らの中に一人の命を生む。


 アルタラに良く似た姿をした新たな命の名はティリスチリス。アルタラは、彼に力の大半を分け、国を治めることにした。

 しかし、国を治めると言っても民は一人もいないのである。少し考えたアルタラは大きな枝を揺すり、沢山の色に染まった葉を国中に散らした。


 すると、その葉と同じ色の羽を持つ、エルフに似た者たちが生まれた。アルタラとティリスチリスはこれを喜び、彼らの命を繋いでいくために、持つ力と同じ力を宿す枝の下に彼らを集めた。


 それからも、風が運ぶ葉から彼らの新しい命は生まれていった。しかし、それを続けていくうちにアルタラとティリスチリスは力を満遍なく巡らせることの難しさを知る。

 アルタラはティリスチリスに、四季の枝は私が守るから、お前の力を分けて七本の枝を守る者を作れ、と言った。

 ティリスチリスはそれに頷いて、ほろりと涙を溢す。何よりも美しいその涙に、秋の枝からふわりと舞い降りた白い花が宿った。

 そうして生まれたのは、羽を持たず、アルタラやティリスチリスに良く似た形をした者。枝を守る者の長子、土の力をその身に強く宿した乙女ジュラリアである。


 次々生まれるティリスチリスの子供たちに、アルタラは自らの名を与え、彼らをアルタラの一族とした。


 すべてが円滑に進み始めたのを見届けたアルタラは、新たに自分をユグドラシルと称し、国を、民を、そして空を見守る世界樹として、穏やかな眠りについた。

 ティリスチリスはすべての生みの親である世界樹ユグドラシルに敬意を表し、国の名をユグラカノーネと定めた。



 アルタラが残した二つの言葉は後に予言と呼ばれ、途方もなく長い時を経て、天では銀の星を宿した末子に、地下では黒の翼を持つ者に告げられることになった。

 

 予言の者たちは、世界に背負わされたものに苦しみ、葛藤しながらも必死に足掻いて、ついに予言を真とした。すべては新しく、春の芽吹きのごとく鮮やかに変わっていくであろう。



 これがすべてのはじまりの物語。


 神々から始まった、エルフと、精霊と、魔物との物語。


 各々の間にあった溝から、今の今まで広く知られることのなかった、すべてのはじまりを記した物語である。


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