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銀星と黒翼  作者: ふとんねこ
第三章.冥界編

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第29話.青雷の撃墜


 爆発の瞬間、イスグルアスの尾によって壁際からかっさらわれたシヴァ。

 そうして捕まったイスグルアスの大きな前足の下で、彼は全身を押し潰す様な激痛に叫びながら、こちらへ飛来する青雷の鳥を見ていた。

 それを見た瞬間、絶対に離すまいと思っていた黒剣を、彼は何故か手放して右手を伸ばしていた。ウルがイスグルアスに向けて放った魔法だと分かっていたが、何故か手が動いていたのである。


 その瞬間、左手に握ったテンペスタの金の弓身に刻まれた群青の波形の紋様が鮮やかに光った。

 弾丸の様に真っ直ぐ飛んできていた青雷の猛禽は途端に軌道をずらし、そしてテンペスタ目掛けて飛び込んできた。


(どういうことだっ?!)


 一瞬痛みも忘れて、シヴァは目を見開いた。ぶつかった、と思った青雷の鳥が、物凄い勢いでテンペスタに吸い込まれたのである。

 直後、握り締めたテンペスタを伝ってその魔力がシヴァに流れ込んできた。それにより、冥界の空の色を写して濃紫に染まっていた瞳が、深い紺青を経て、燦然と輝く鮮やかな空色に変わる。


 同時に、シヴァの周りに彼を守る様に青い雷が現れ、閃いた。イスグルアスの足に絡み付いたそれは、霊具の聖性をもって魔物の身を削る。

 思わず足を浮かせたイスグルアス。シヴァは全身を苛んでいた痛みが重みと共に消えた様に感じて飛び起きた。


『っ、小賢しい奴め!』


 離れたところに、全身傷だらけのウルが倒れている。ウラヌリアスの姿はなく、彼が魔力を使い果たしたのだとわかった。

 崩壊した玉座の間。ハルザリィーンとドローリアの姿はあるが、二人とも瓦礫に半ば埋もれて意識を失っているようだった。


 シヴァは身を翻してイスグルアスから距離をとる。テンペスタを使うのは今しかないと思った。

 テンペスタの姿は変わっている。大きく開いた金青の双翼。しかし気配は馴染んだそれであった。シヴァが握り締めると、応えるように青白い光が弾けた。


 全身を魔力が巡る。こんな感覚は初めてだった。彼は父親譲りの膨大な魔力を有してはいたが、それを使うことができなかったのである。

 青い雷が双翼にも張り巡らされ、折れていた左の翼の骨が繋げられる。この場凌ぎの荒療治、どうせ後には折れた状態に戻ってしまうだろうが今はこれでいい。


「行くぞ、イスグルアス」


 そう言って、彼は床を蹴った。



――――………



 ウルはぼんやりと霞む目でシヴァを見ていた。

 魔力不足でウラヌリアスの顕現を維持できなくなり、丸腰の状態に不安を抱いていたが、突然訪れたシヴァの変化にそれどころではなくなった。


(シヴァの、翼が……)


 こちらを守るように背を向けた彼の黒い双翼は、魔力を巡らされて全体的に淡く光を放っており、特に大きな風切り羽は目映い程に青白く輝いている。

 折れていた羽根も瞬く間に魔力で修復され、今やほぼ無傷に戻った黒翼は巻き起こる風に青の電光を散らしながらはためいていた。


(魔力、が……まさか、この状況で……?)


 そして、魔力を見ることに優れたウルの目だからこそ判別できたことだが、彼の全身を取り巻く青い雷は、テンペスタのものではなかった。

 シヴァがその身に宿していた母親譲りの雷の魔力。精霊と魔物の血が混ざった影響か、使えなかったはずの膨大な魔力。それが今、確かに発現していた。


(テンペスタに、僕の魔法が吸い込まれたから……? でも……あれ??)


 朦朧として回らない頭で必死に考えていたウルは、シヴァの左手にあるテンペスタに目を止めて内心首を傾げた。

 ウルが作った初めての霊具。雷の枝の一葉を宿して、弓の形をとったテンペスタ。

 金の弓身に深い青色の波形の紋様が刻まれたものだったはず。


 今シヴァが握っている弓は、金と青の翼を大きく広げたような形をしていた。


 気配は確かにテンペスタである。シヴァが弦を引き、大気中の魔力とシヴァの魔力を集めて現れる青雷の矢も、見慣れたものだ。


(霊具が、形を変えた)


 澄んだ弦音。放たれる矢はイスグルアスの大きな翼を射抜く。よろめいた巨竜は咆哮して白く燃え盛る熱線を放った。シヴァは青の光の尾を引いて、ひらりとそれをかわす。


 ウルの銀星の瞳に強い光が宿る。彼は拳を握り締めて呟いた。


「行け、シヴァ。君なら、勝てる」


 彼はそう確信した。

 そして、祈るようにシヴァを見つめた。


 鮮やかにひらめく青雷と、美しい黒翼を目に焼き付けるようにして。



――――………



 身体が軽い。駆け回る青雷は手足のように自由に操ることができる。

 シヴァは宙を飛びながら、自身の変化に戸惑いつつもイスグルアスを倒すには今しかないとテンペスタを構えた。


『忌々しい奴め!!』


 吼えて、イスグルアスが高熱で空気を揺らがせる白い炎を吐く。それをひらりと避けて、右手の指を弓弦に掛けた。指と大気を伝って魔力が集まり、青白く煌めく電光の矢に変わる。

 イスグルアスは黒い尾を振り上げた。鞭のようにしなり、風を切って低い音を鳴らしながら迫るそれを、シヴァは真正面から矢を放ち射抜く。


『グォォォッ! き、貴様っ!!』


 尾の中程に突き刺さった青雷の矢がバチッと弾けて、槍の様な先端が吹き飛んだ。鮮血と黒鱗を撒き散らしながら、ごとりと床に落ちる黒い尾の先。

 激昂し、魔法と炎を乱発するイスグルアス。それらすべてを避けて、シヴァは更に矢を射込んでいく。


『グッ、ガァッ!!』


 鋭い矢が黒鉄色の竜翼を、鎧の如し甲殻を、鮮烈に貫き、撃ち抜く。駆け回る電光が弾けて傷口を焼いた。


 シヴァは自由自在に宙を舞いながら、全身に巡る力を感じていた。両親の力とウルの支え、霊具テンペスタの力強い守り。

 低空を滑る様に飛行しつつ、床に転がっていた黒剣を拾い上げる。瞬く間にその黒い刃も青雷を纏う。


「ふっ!」


 気合いを込めて、イスグルアスが放った黒炎の魔法を斬った。それから振り上げられた巨大な右前足を受け止める。金属の触れ合う様な音を立てて、刃が甲殻を削り、火花を散らした。


『おのれっ!!』


 イスグルアスが前足に力を込める。魔力が巡り、血の様な紅色の爪がバキバキと伸びた。怒声の如く吼えるイスグルアス。黒鱗が逆立ち、押し込んでくる力が増す。


「っ、負けるかよ!!」


 シヴァも叫んで押し返す。バチバチッと弾ける青白い光。粉塵が吹き飛び、床材にひびが入る。


『忌々しい……余の玉座は渡さぬぞっ、アラドリスッ!!』


 肉に食い込む刃に焦り、イスグルアスが叫んだのはかつて殺した弟の――シヴァの父の名だ。

 それを聞き、一瞬目を見開いたシヴァであったが、彼はすぐに鮮やかに煌めく青の瞳を細めて挑発的に笑った。


「そんなもん、お前ごと壊してやるよ」


 そして押し潰す様にのし掛かってきていたイスグルアスの右前足を下から剣を押し込んで斬る。叫び、後ずさるイスグルアスに追撃の一閃。踏み込んで、右後ろ足の腱を狙う。


『ウガァッ!!』


 ぐらりと巨躯が傾いだ。シヴァは床を蹴り横合いから矢を放つ。イスグルアスの横腹へ突き刺さる三本の青雷の矢。堪らず倒れていくイスグルアスの顔は苦しげだ。


『ぐっ、うぉぉっ!』


 すぐに魔法が発動し、失われた右前足と切られた後ろ足の腱が再生し始める。イスグルアスの足下に大量の紅い魔法陣が描かれて、そこから紫紺の蝙蝠が砂嵐の様にして溢れ出てきた。

 宙に浮いたままシヴァは右手で(くう)を薙ぐ。宙に撒かれる魔力は一瞬で青雷に変じた。

 空間を喰らう蝙蝠たちを、青の雷は素早く捕らえて破壊していく。蝙蝠は、常人には捉えられぬ物凄い速度で動いているはずだが、シヴァの目にはとてもゆっくりに見えた。


『っ、致し方ない……』


 追い込まれ、劣勢となり、攻撃魔法も精霊としての魔力に相殺されることに気づいたイスグルアスは悔しげな声を漏らして大きな翼を広げた。


「逃げるつもりか?!」


『黙れ!!』


 羽ばたき、風が吹き荒れる。宙に浮いていては体勢が整わないと判断したシヴァは床に降りて弓を構えた。

 イスグルアスは炎を吐いてシヴァを近づけまいとする。そして彼は崩落した天井を見上げた。


(この様な小童に、余が……冥界の皇帝イスグルアスが負けるなど有り得ぬ! 余は負けぬ、態勢を立て直すだけだ……)


 イスグルアスは己にそう言い聞かせて床を蹴った。砕けた床材を撒き散らしながら翼を勢いよく動かす。


 飛び去ろうとするイスグルアスを睨み上げて、シヴァは一本の矢をつがえたテンペスタを打ち起こした。魔力を限界まで注ぎ込むと、矢はどんどん大きく、力強い電光を宿していく。

 その魔力によって周囲を渦巻く風が生まれた。そこを駆け回る迷走電流。おもむろに、シヴァの黒翼から一枚の黒い羽根が抜け落ちる。


 真っ直ぐに己を狙う青雷の鏃に、ちらとシヴァを振り返ったイスグルアスは戦慄した。鮮やかな空色の目をしてこちらを睨むシヴァの姿が、かつての弟と重なる。


『っ、アラドリス……!』


「復讐も、お前も、そして予言も、今日、ここで終わりだっ!!」


 シヴァは叫んだ。


 放たれる巨大な青雷の矢。光の尾を引きながら、イスグルアスへ向けて真っ直ぐ進んでいく。


「行けぇぇっ!!」


『止まれっ、ッ、グァァァッ!!』


 イスグルアスが苦し紛れに展開した防御魔法陣を破壊して、シヴァの矢はイスグルアスを捉えた。

 黒い竜の鱗を貫き、そして心臓へ。イスグルアスの苦悶の咆哮と、テンペスタの矢の弾ける音が響き渡る。




 轟音と地の揺れ。目映い白の光が辺りを満たしていく。


 それを見ていたウルは、光の中で、シヴァの美しい翼が(ほど)けていくのを見た気がした。


(勝った……勝ったんだ、僕たち……)


 予言は成った。意識と共に音が遠退いて行くなかで「頑張ったね」とウラヌリアスの声が聞こえる。


(まずい……もう、意識が……)


 そしてウルの意識は、穏やかな光の中に呑まれていった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ついに決着ですね! お疲れさまでした(キャラクターに対して いやぁ、手に汗握る展開で、ラストがなかなか読めなかったですねぇ。 霊具に宿った青い猛禽にはいろんな思いが込められているようで感無…
[良い点] 己に流れる、両極端の血と魔力。ウルの作った霊具に吸い込まれた、ウルの魔法。それを受けて進化した霊具で追い詰め、愛剣で最後の足掻きを払いのける。 そしてやはりとどめは霊具から放たれた矢。 …
2020/03/15 01:39 退会済み
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