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銀星と黒翼  作者: ふとんねこ
第一章.精霊の国編
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第6話.呪い


 ミルテルの青い目は静かに燃え、風が流れる中で何かあればすぐに魔法が放たれるだろう緊張感があった。流石のシヴァも剣を抜き、じっと構えている。

 ウルはその緊張感の中で必死に頭を働かせていた。ミルテルの魔法を思い出せ、かつて父の園で共に暮らしていた時のことを思い出すんだ、と。


(この人は、すごく乱暴に魔法を使うんだ。だから……兄上はよく水を被っていたなぁ)


 その時、倒れていた兵士の一人が小さく呻き声を上げた。ミルテルの手がピクリと反応する。

 その緊張の綻びにシヴァが飛び込んだ。下段から振り上げる黒の剣の一撃、ハッとしたミルテルが水魔法を発動する。乙女の姿はあっという間に分厚い水の膜に覆われた。


「こんなの、で!!」


 防げると思うな、とシヴァが水の膜を切り払う。割れた水を越えて、後退するミルテルへ放たれる追撃。霊杖の柄がガキンッと剣を受け止めた。


「冥界の鉄……このっ、穢らわしいっ!」


 ミルテルの顔が歪み、霊杖から激流がほとばしる。押し流されたシヴァは濡れた翼で宙に逃れた。


 水の枝守になってから、水の性質に影響を強く受けたミルテルは“純潔”を尊ぶようになっていた。それ故に、冥界の忌まわしき鉄であるシヴァの剣を見て、冷静さが欠けたのである。

 怒りと嫌悪感によって放たれた青の激流は広場を荒れ狂う竜の様に暴れまわった。ミルテルの視界も狭めながら。


「シヴァッ、そのままで!!」


 それを見ていたウルは上空のシヴァに叫んだ。ミルテルの視界が彼女自身の魔法によって狭まっているのが分かったのである。チャンスだ。彼を見下ろしたシヴァは不思議そうにして、しかし確かに頷く。

 青の激流はシヴァを捕らえて食らってしまおうと身をくねらせながら上へ上へと登っている。

 ウルはウラヌリアスの先を、足元を走る激流に軽く浸けた。薄紫の魔法粒子が漂い、水に溶けていく。


「凍てつけ!!」


 力ある言葉と共に、激流が凍りつき始めた。パキパキパキ、と尾から氷結に駆け上られた竜は苦悶の様子で暴れながら完全に凍りついた。


「えいっ!!」


 更にウラヌリアスを振り、石畳の地面に魔法を放つ。激流を凍らされたミルテルが憎々しげな表情で標的をシヴァからウルに変えた。

 石畳の隙間を魔法が駆ける。それを睨んでミルテルは叫ぶ。


「忌まわしい悪魔、呪われた子! 大人しく捕らわれていれば良かったのに!!」


「僕はっ、自由でいたいんだ!!」


(そう、もう誰にも奪われたくない!)


 立ち上がれっ、と力ある言葉を放つ。石畳の隙間に溶けた魔法が草樹の力を宿して変化した。緑の蔓がミルテルに襲いかかりその手足を拘束する。


「くっ……」


「やるじゃん」


 そう言ってシヴァが降りてきた。濡れた翼をふるふると揺らす。ウルはそれを火の魔法の力で乾かしておく。


「放しなさい……」


「ごめんなさい。僕たちは行きます。しばらくしたらユグラカノーネからも出ていくから、どうか追わないで」


「逃がすわけがないでしょう。あと六人の枝守がいるのよ。必ず、必ず捕まえるわ」


 ウルは悲痛な面持ちでミルテルを見つめた。枝違いの姉、つんつんしながらも水魔法を教えてくれた優しかったはずの義姉。

 口をついて「義姉上(あねうえ)」という言葉が出そうになってしまう。震える手をウラヌリアスを握りしめることで誤魔化して、ウルはミルテルに背を向けた。


「行こう、シヴァ」


「いいのか、あのままで」


「あの人は、細かい魔法が苦手だから。大丈夫だと思う。それに……」


 あの人を必要以上に傷つけたくない、というその先は言えなかった。だがシヴァはそうか、と短く言った。ウルの胸の内で消えた言葉を察してくれたのだろうか。しかし、その直後何かが彼の頬を掠めた。


「おいウル!!」


「何?!」


 そしてウルの左肩をその何かが貫く。痛みに顔を歪めて、ミルテルに向き直ると彼女は蔓に捕らわれたまま笑っていた。


「愚かね。あれから何年経ったと思っているの?」


 彼女の周囲に浮かんでいたのは無数の水の弾丸だった。手加減などないと宣言するかの様なその数にゾッとする。それがシヴァを狙って高速で放たれた。剣で払い、跳んで避けるが彼の身体には掠り傷が増えていく。


「っ……シヴァ!」


 左肩から血を流しながらウルがウラヌリアスをシヴァに向ける。薄紫の防御魔法陣が展開され、水の弾丸を弾いた。その様子にミルテルが目を光らせる。


「……っあ!!」


「ウル!!」


 ウルの左胸が背後から撃ち抜かれた。心臓の中心を貫く正確な一撃である。油断した、悔しいと同時に死が迫ることへの焦りがウルにのし掛かる。

 握りしめていたウラヌリアスが魔法粒子となって空気に溶け、支えを失ったウルの細い身体はパタリと石畳に倒れた。


(……ああ、駄目だ……また、僕は)



――――……



 かつて、ウルがウルーシュラという名前で世界樹ユグドラシルの幹の中、父である霊王ティリスチリスの園で生きていた頃。


 まだ、呪いが彼の中に息をひそめていた頃。


「兄上!」


 左頬に、ウルーシュラと同じ春の青の花を持つ兄。七人いる枝守である兄姉たちの中、唯一同じ枝の花を宿す兄は、駆け寄ってきたウルーシュラを優しく抱き上げた。


「どうした、ウルーシュラ」


「父上が、明日から、魔法の練習をしてもよいと言ってくださいました! やっとぼくの霊杖に会えます!」


「そうか……ようやくか。大きくなったのだな」


「はい!」


 慈愛の溢れる金の眼で、兄はウルーシュラを見つめる。兄の手に撫でられて、ウルーシュラは嬉しくて目を細めていた。


「お前の霊杖はどんな姿をしているだろうな」


「兄上のもののように、かっこういい杖が良いです」


「どうだろうな。だが、霊杖は謂わば我らの双子のようなもの。現れればその姿が一番だと理解できるはずだ」


「そうですか? ぼくのふたご……楽しみです!」




 そして翌日、皆が見守る中でウルーシュラは初めて己の半身を顕現した。銀月と銀翼が紅玉を抱くウラヌリアスである。

 園の上座、階段の先に幾重もの紗布で姿を隠した父王がいること、優しく見守ってくれる兄姉たちの存在に、幼いウルーシュラは心震わせていた。


 安全を考えてミルテルが教えてくれた水魔法を慎重に編み上げていた時、事件が起こった。


 ユグラカノーネに、冥界ベリシアルの軍勢が攻め込んできたのである。ユグドラシルを介してティリスチリスが張る結界がそれを弾いていたが、園は大きく揺れた。

 ベリシアルの軍勢が放った結界を破壊せんとする砲撃である。また一撃、園は再び揺れた。父王は紗布の向こうから姿を消し、兄姉たちも半数が父王に従って出ていった。


 ウルーシュラは混乱していた。ベリシアルの攻撃と言うことすら理解しておらず、また魔法の形成のために集中していたことで彼の周りには魔法粒子が満ちていた。


 それは不幸としか言いようがなかった。完成した水の小さな槍の穂先が、ウルーシュラの目の前に浮かんでいた。そして彼には魔法に関する天賦の才があったのである。


 様々な要因が重なった結果、混乱によって小さな水槍の穂先は大きくなり、制御できずに震え出した。そしてまた外で破壊の一撃が放たれ、園が揺れる。

 外のことに気をとられていた園に残った兄姉たちは、水槍がウルーシュラの小さな身体を貫いていることに暫く気がつかなかった。


「っ、ウルーシュラ!!」


 兄がその小さな身体を抱き起こした時には、見開かれた瞳に命の光は無かった。兄姉たちは泣き叫び、蘇生しようと試みた。


 そしてその時に、呪いが、姿を現したのだ。


 胸に空いた大きな穴へ流れ出した血潮が勝手に傷口へと戻り始め、傷はぶくぶくと泡を出しながら再生を始めた。見開かれていた銀の瞳が端からうっすらと赤みを帯び、淡い桜色になった。

 絶句する兄姉たちの前で、死んだはずの幼いウルーシュラは目を覚ました。


「……兄、上?」


 誰も答えなかった。答えられなかった。



 その後は、ただ早かった。

 ベリシアルの軍勢は撃退され、戻ってきた父王が兄姉たちの説明を受け、一時の沈黙の後ウルーシュラの名を取り上げた。


 死なない、と言うことは自然の摂理に反する。命が理に従わないのは冥界だけ。そんな呪われた存在はあってはならない。アルタラの一族にそんなものがいるとは知られてはならない。父王はそう言った。


 そして兄が、苦しそうに兵団長ラビに命じて魔力を封じる鉄の枷を彼の足首にはめた。呆然としていたが、何か悪いことが起きたのだと気づいたウルーシュラは泣いた。だが誰も助けてくれなかった。


 こうして、彼は幽閉されることになったのである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘描写がカッコいいですね。 たらこもそう言う表現に凝っていたので、こう言った手に汗握るバトルは大好きです。 殺陣も分かりやすくて良かったです。 何が起こっているのか、明確に頭のなかで思い…
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