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銀星と黒翼  作者: ふとんねこ
第三章.冥界編

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第10話.不死者


 ふらふらと覚束ない足取りで、シヴァはジエルメーラの元に歩いていった。確実に倒したと、確認しなければならない。


(……ウルは、無事だろうか)


 瓦礫を踏まない様に、土煙のもうもうと上がる場所へ近づく。


 円形に砕けた煉瓦の壁、破砕された木箱の残骸。そしてそこに場違いな白と黒があった。


「はっ……はっ……」


「驚いた。まだ、息があるのか……」


 胸部に大きな穴を開け、テンペスタの矢が残した青い電流に苛まれながらも、短い呼吸を繰り返して、ジエルメーラは生きていた。


 魔力粒子の残滓が辺りにぼんやり漂っているが、もう増強の羽衣の様になったり、攻撃の黒刃になるほどの力はないようだった。


「……ディエ、ル……オーナ」


 意識がぼんやりと不明瞭なのか、うわ言の様に妹の名前を繰り返している。


 シヴァはテンペスタを握り締め、息を整えた。

 このまま彼女を生かしておく理由はない。いつ復活して、道行きに再び立ち塞がられるか分からないからだ。


「……じゃあな」


 弦に指をかける。シヴァは大きく息を吐いた。





「あらー? 駄目じゃない、姉さん」


「っ!!」


 突如響いた、場違いなのんびりした声にシヴァは弾かれた様に振り返った。


「っ、ウル!!」


 そこには、白い服の腹部を真っ赤に濡らしたウルを横抱きにした、黒いドレスの乙女が立っていた。


 ウルの傷は、シヴァの位置からはよく見えなかったが、その出血量から、浅い傷ではないと分かる。

 その傷には、ジエルメーラのものによく似た漆黒の魔力粒子が絡み付いていた。


(あれは……)


 それが良いものか悪いものかは分からない。だが、ウルは確かに息をしている。早く助けなければ。


 人形の様な色の無い美貌に、完璧に作られた笑みを浮かべて、ディエルオーナは小首を傾げた。


「立って、姉さん」


「ディ、エル、オーナ……」


「いつまでも寝ていたら駄目でしょ」


 何を、とシヴァは混乱した。ウルを助けなければならないが、何か不気味なものを感じるこの状況で、どう動けばいいのだろう。


「立て、ないん……です……霊具の、力の、影響で……」


「それが?」


「魔力を……分けて、ください……」


「そのくらいなら立てるでしょう」


「あ、ぅ……」


 ディエルオーナは笑みを崩さずにそう言ってのけた。仰向けに倒れたままのジエルメーラは、曖昧に呻いて立ち上がろうと藻掻く。


「あーあ、まったくもう。役立たずなんだから。あたしがいないと何にもできないのよね」


「ごめん、なさい……」


「いいよぉ。大事な姉さんだもん」


 にっこりと笑いながら、ディエルオーナは藻掻く姉の傍らまでやって来た。


「精霊も捕まえたし、そこの半霊半魔を殺して帰ろ? できるよね?」


「でき、ます。すぐに……」


 震えながら、瓦礫の中でジエルメーラは立ち上がる。その頭を優しく撫でて、ディエルオーナは頷いた。


「よしよし、じゃあ魔力分けてあげる」


「ぁ……」


 どこか肉食獣の気配にも似た笑みを浮かべたディエルオーナは、抱いていたウルを傍らに下ろした。

 それから、姉の胸にぽっかりと空いた穴に手を触れ、その身体に背後から両腕を回して抱きしめる。


「これが霊具の攻撃で受ける傷なのね。あたしたちには致命傷だわ」


「うっ……」


 細い指先がからかうように傷の縁をつぅっとなぞる。震える姉の肩越しにシヴァを見た彼女は「ねぇ」と嗤った。


「どうやってこの子を助けようか、とか考えてる? それとも、あたしたちの関係が不思議に見える?」


 シヴァは止まらない頭部の出血への焦りを押し隠し、口の端に笑みを浮かべて肩をすくめる。


「さぁ、どうだろうな」


「ふふふ、そうね。ここで死ぬんだから、思考は無駄でしかないもの」


 心底可笑しい、とでも言いたげなディエルオーナの笑い方に、シヴァはフッと目を細めた。

 途端、影を帯びて瞳は濃紫に変わる。そこに剣呑な色を(くゆ)らせて、シヴァは皮肉っぽい笑みを、艶然としたものに変えた。

 凄絶なまでに暗く美しい笑みに、ディエルオーナは再び「くすっ」と笑い声をこぼす。


 そして彼女は細い指に黒い魔力を纏わせながら、ジエルメーラの胸の傷にずぶずぶと爪先を潜り込ませ始めた。

 その痛みに短く悲鳴を上げたジエルメーラは、すぐにかくんと頭を下げて目を閉じる。


「姉さんはね、一度壊れたの。かなり前のことよ。ずーっと前」


 傷の縁がじわじわと再生を始める。シヴァの眉がピクリと動いた。彼はこの状況に焦り始めている。


「その頃、皇宮にはすごい屍術士がいたの。だからね、直してもらったのよ。しかもちゃんと生きながら死んでいる不死者(アンデッド)の特性を失わないままね。だから姉さんは自分の意志で動くし、傷つけられれば流血する。素敵でしょ?」


 あ、と彼女は傷を優しく掻き混ぜながら短く声を上げた。


「この話、姉さんには秘密よ。姉さんは知らないの。自分が一度壊れちゃったってこと」


(……なるほど。なら、あれは正確には不死者(アンデッド)ではないんだな)


 それを知らないから自身を“不死者(アンデッド)”と称するわけか。


 シヴァはそんなことを考えながら、ちらと地面に横たえられているウルを見た。

 流血はしていない。どうやらディエルオーナの魔法で止血されているようだ。


 意識はなく、血まみれでぐったりとしている様子は、ユグラカノーネでの出来事を思い出させる。


(ウラヌリアス……)


 シヴァにウルを託した彼の半身の名を、悔しさと共に噛み締める。


「さーて、そろそろ直ったかな」


 そこへディエルオーナの言葉と、指を引き抜く音が聞こえてきた。

 見ればディエルオーナは捕食者の笑みで血濡れの指を舐めており、ジエルメーラの胸に残った小さな傷がすうっと塞がっていくところだった。


 パチッとジエルメーラが目を開く。


「姉さん」


「はい」


「あれ、殺して」


 ディエルオーナの魔法が、姉の大鎌を手元に引き寄せる。

 それを、手に握らせればジエルメーラはこくりと頷いた。


 来る、とテンペスタを構えるシヴァ。今度は頭を吹き飛ばす。それも、姉妹二人を同時にだ。


(難しいだろうが……片方がここにいる間は、ウルを連れていかなさそうだ。それは助かる)


 ならば、と弦を引き絞る。現れるのは三本の青雷の矢。シヴァが意識して操ることのできる限界数だ。


(囲んで、射つ)








 その時だった。


 突然、シヴァの足元に薄緑の魔法陣が現れた。その場の誰しもがぎょっとして動きを止める。


「この魔力……っ、まさか!」


 ディエルオーナと同時に、シヴァも気づいた。


 痛みに耐えながら、苦しげに、しかし笑みを浮かべてウラヌリアスを握り締めるウルの姿に。


「ウルッ!!」


「シヴァ、ごめん。どこに飛ぶか、分かんないや」


「っお前、まさかっ、やめろ!!」


 骨が軋む両足に力を込め、シヴァは走ろうとしたが、魔法陣から伸びた魔力の帯がそれを阻む。

 それと同時にディエルオーナがウルの頭に手を伸ばした。その顔には余裕がなく、恐ろしい形相であった。


「逃げろ」


 そして目映く光る魔法陣。それは転移の魔法だった。


「やめなさいっ!!」


 ディエルオーナがウルの頭を押さえつけてウラヌリアスを奪おうとする。

 足を縛る魔力の帯に、堪らず膝をついたシヴァは吼えた。


「必ず助けに行くからなっ!!」


 死ぬな、とは言えなかった。その瞬間には、シヴァの姿は淡い緑光を残して消えていたからだ。


「このっ!!」


 ガツンッと苛立ちのままに蹴られて、ウルは呻いた。

 それでも、彼の顔には笑みがあった。


(逃げて、やり遂げるんだ、シヴァ。僕は僕で、頑張るから……)


 そしてウルは、ディエルオーナの悔しさから来る咆哮を聞きながら、そのまま意識を失った。


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