第5話.ゴドラの城下町
飛来する鋭い石片が、ウルの頬をかすめて前方の石畳に突き刺さった。
チリッと微かな痛みが、走り続けているためにへこたれそうになっている両足を叱咤する。
(シヴァとはぐれたっ……どうにかしてあそこまで戻らなきゃ……っ!!)
ウルはちらりと後方を振り返り、自分を追っている者を見た。
黒い膝丈のドレスのスカートをひらりと翻し、宙を舞いながら攻撃魔法を放っている白髪の乙女は、ウルの視線を受けてゆるりと微笑む。
(駄目だ、走ってちゃそのうち追い付かれる)
ウルはウラヌリアスを振り、かなりの高さがある石柱を乱立させ、沢山の魔力障壁を張るとパッと身を翻して裏路地に飛び込んだ。
――――……
時は少し遡る。
ウルとシヴァは黒岩の山道を越え、ゴドラの城下町への道の途中で二足歩行の犬型の魔物二頭に遭遇した。
武器は携帯していなかったし、様子や気配が一般人のそれであったので、シヴァは難なくその二頭を伸した。
「わざわざ攻撃しなくても……」
「俺がそんな無意味なことする様に思えるか?」
ぐったりした犬型の魔物の三角の耳に触れながら言ったウルに、二頭から黒いマントを奪ったシヴァが一枚を差し出しながら答える。
「……なるほどね」
ウルは自分の格好を見下ろして、このまま城下町に入れば即騒ぎになるだろうことを悟って溜め息を吐いた。
大人しくマントを羽織る。少しごわごわして、濃い獣のにおいがした。
「内側から滲む気配を全力で抑えろ」
「分かった、やってみる」
シヴァはもう一枚のマントで霊弓テンペスタを包んでいる。
魔物が身に付けていたもので覆うことで、少しなれどテンペスタが放つ神聖な気配を隠せるとのこと。
「君は、その……顔を隠したりしなくていいの?」
「俺は隠されて育てられたからな。俺の顔を知っているのは皇帝くらいだろう」
「……そっか」
シヴァはテンペスタを包んだものを肩に掛けて歩き出す。ウルはウラヌリアスを還してあとに続いた。
しばらく真っ直ぐの道を歩いたら、段々と歩いている魔物が増えてきた。
異形のもの、人に似たもの、形の定まらぬもの等、様々な姿をしたものが各々荷を牽いたり、話し合いながら闊歩している。
(翼が生えている魔物もいる……でも、シヴァの翼を見る時とは違って、ただただ怖いな……)
ウルは緊張しながら俯いて歩を進める。
その道の先に、高々と聳え立つ城壁が見えてきた。灰色の壁は恐らく攻撃に備えてのもの。
城壁の先に進むため通らなければならない大きな門は開かれていた。重厚な黒鉄製で、ウルは開け閉めするのが大変そうだと思った。
「見張りとかは?」
「いるな。けど、堂々と歩いていれば問題ないさ」
ここでは黒翼なんて珍しくない、と精霊の国で隠すのに苦労した時のことを思い返した様な台詞。
ウルは辺りを見渡して確かに様々な色の翼やら翅があるなぁ、と頷いた。
周りの魔物たちと押し合い圧し合いしながら門をくぐる時、ウルは息が止まるくらいの全力で自身の魔力の気配を身体の奥の奥に押さえつけた。
(どうか、バレませんように、バレませんように……)
木製の台に立って門をくぐるものを監視している衛兵二人の視線は、ウルのシヴァの上を素通りした。
ウルはほっと安堵の息を吐く。しかし気は抜かない。
門からそこそこの距離をとるまでウルは顔を赤くしてふるふる震えながら魔力を押さえ続けていた。
「よく頑張ったじゃないか」
「うん、すごく疲れたよ……今もさっきほどじゃないけれど、抑えているし……」
「申し訳無いが、魔物の多い場所にいる間はそれを続けてくれ」
「ふ、うん。分かった」
力む様な鼻息を混ぜながらウルはそう答えた。
「さて何から行くか……」
呟くシヴァから目をそらし、全てが物珍しいと感じながら城下町の景色に視線を巡らせたウルは、ふと雑踏に目立つ純白に目を奪われた。
(綺麗な女の子だ……)
そう思った時、不意にその乙女の目がウルの方を向いた。
銀星の瞳と色の無い真っ白な瞳が視線を交えて、その後ただ重なり続けることもなくすぐにそらされる。
(あ……いけない。バレたら困るもの、あんまりきょろきょろしちゃ駄目だ)
ウルはそう考えてふるふると首を振り、シヴァの後を追った。
ゴドラの城下町は、とても活気に満ちており、闊歩する魔物たちはざわざわと忙しなかったのでウルとシヴァは簡単に雑踏に紛れることができた。
ウルはシヴァが慣れた様子で物資を調達するのを眺め、時折魔物の団体に押し流されてはぐれそうになったり、魔物の子供に纏わりつかれて戸惑ったりと、緊張することも多かった。
「ユグラカノーネや、シリエールとは全然違うね……」
「ああ。そうだな」
目立った違いは服装である。ウルは時折すれ違う一般人とは少し違った雰囲気の魔物を見てそう考えた。
ユグラカノーネの精霊と、シリエールのエルフの服装はよく似ている。
全体的にゆったりとした裾の長い物が多く、帯を締め、編み上げサンダルを履くことが多い。
魔物の中にもそういった服装は多かったが全員ではなかった。
他より魔力の多いものは(貴族階級と言うものがあって、そこに属する魔物だと後でシヴァが教えてくれた)不思議な服を着ているのである。
男性型の魔物は、しっかりとした形の上着の下に前をボタンで閉じる柔らかな生地の服を着ていた。
ズボンはウルたちが好む様な裾の膨らんだものではなく、ぴったりと肌に添うように作られたものである。
女性型の魔物は、腰をぎゅっと締め、ふわりとしたスカートに踵のある靴を履いているものが多い。色もデザインも様々なドレスは逆さにした花の様でとても華やかだ。
「派手だねぇ」
「皇帝が支配体制を作り上げる時、支配階級と被支配階級を簡単に区別するために見れば分かる違いとして服飾文化を重点的に発展させたんだよ」
「なるほどね。じゃあ、ああいう格好をしている魔物は宮廷で地位を得ているってことになるのか……」
「ああ。つまり魔力が多くて、力が強いのさ。目敏くもあるから気を付けろよ」
「分かった」
そう返事をしながらウルは先程見た白い乙女を思い返していた。
(あの子は黒いドレスを着ていたっけ)
後頭部で団子型のシニヨンに纏められた白い髪と対照的な、ひらりと翻った黒い膝丈のミニドレス。
どうしてか頭から離れないそれをウルは首を振って無理矢理頭から追い出し、露店で魔薬を選んでいるシヴァの手元に集中した。




