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銀星と黒翼  作者: ふとんねこ
第三章.冥界編

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第2話.黒岩の大地


 果てなく永遠に続くかと思われた紅の砂丘の道は、黒くひび割れた岩肌を晒す大地の出現によって唐突に終わりを迎えた。


 ウルにとってここまでの長距離を歩いたのは初めての経験であったので、彼はすでに若干ぐったりしている。


「ウラヌリアスに……叱られそうだ……」


 霊杖を文字通り杖の様にして身体を支えながらウルは呻いた。

 その隣でけろりとしているシヴァは、ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返すウルに溜め息を吐く。


「体表に一切出さずに治癒魔法を使ったらどうだ」


「君は、難しいこと、言うなぁ……」


「ふん。できるんだろう」


「できる……」


 息を整えながら答えたウルは、両手で握ったウラヌリアスにグググッと魔力を込めた。


 一片(ひとひら)の魔力すら外へ漏らさないよう細心の注意を払って、ウラヌリアスの内部と自身の内部で魔力を練る。


(内側で、底から癒す感じ……)


 ウラヌリアスの紅玉に、きらりと淡い緑の光が煌めいた。ただの魔力が治癒の力になりつつある証拠である。


(巡らせる……)


 霊杖の中で出来上がった治癒魔法を、ゆっくりと掌を通じて体内へ巡らせる。

 循環する柔らかな力。少しずつ身体の疲労が回復していく。


「……ふぅ」


 主に足の疲れが取れ、倦怠感が去った。ウルは大きく息を吐いてウラヌリアスを持ち直し、シャキッと背筋を伸ばす。


「ごめん、時間を取らせた」


「途中でへばられるよりマシさ」


「うん」


 そう言葉を交わし、二人は黒くひび割れた岩ばかりの大地へ足を踏み入れた。


 乾いた風が、どこからか火の様な鉄の様なにおいを乗せて吹き抜ける。

 時折乱暴に向きを変えて、背後からパラパラと紅砂を運んでくるその風は、しばしば体重の軽いウルをふらつかせた。

 聞こえるものと言えば、風が起こす獣の唸り声の様な低い音や、遥か彼方から響いてくる地鳴りの様な遠雷の音。


 時折寂しい大地に、景色の彩りにすらならない様子で現れる枯れた黒く細い木々の枝には、早贄の様に魔物なのかはたまたそうでないのか、よく分からないものが突き刺さって揺れていた。


 二人はそんな中、黙々と足を進める。


 乾いた風にやられて喉が痛めば、小さな荷物の中から取り出した水筒に口を付け、砂が無理矢理に入り込む目を擦り、ただ真っ直ぐ歩き続けた。


 固い岩の地面は、歩き慣れていないウルの足腰を容赦なく痛める。

 ウルはその度に治癒魔法を使ったので、次第に強く念じなくても体内のみで治癒魔法を使うことが出来るようになった。




 どこまでも真っ直ぐ平らかに広がっているかと思われた黒岩の大地であったが、次第に山の様なものが現れ始め、二人は山間の道に入った。


 そろそろ休憩しよう、とシヴァが言ったのはその山間の道の左側に、小さくぽっかりと口を開けた岩窟を発見したときであった。


「変な悪戯書きが……」


「昔ここでよく遊んだんだ」


「へ?!」


 岩窟の内側、黒々とした岩の表面に白い悪戯書きがあったのを発見したウルが呟いたことにシヴァがそう答えた。


 びっくりして彼を振り返ったウルは、岩壁の悪戯書きとシヴァの顔を交互に見る。


 どうしても、このうねくった死にかけのミミズの塊みたいな悲惨な絵と、端麗なシヴァの顔が合わない。


 つまりは、彼がこんな下手な絵を描くらしいと言うことが信じられないのである。


「…………何だよ」


「……君、絵が下手なんだな」


「ふん、言っとけ」


 シヴァはそう言ってすたすた岩窟の奥に歩を進め、すとんと腰を下ろした。

 しばらく悲惨すぎるシヴァの絵を眺めていたウルは、やがて満足し、彼の向かいに座る。


「この岩窟が現れたってことはゴドラの中心地に近づいてるってことだ」


 シヴァのすらりとした指先が、砂の地面にさらさらと大小幾つかの丸を描く。


「ここがゴドラの城下町だ」


「なら、今は手薄だね。魔王本人がシリエールにいるから」


「ああ。だからそこで少し物資を調達するぞ。まあ、あの皇帝が何も手を打っていないとは考えられないから警戒は怠るなよ」


 ウルはこくりと頷いた。多分シヴァのことだから、魔王城に侵入するくらいはしそうだと考えながら。


「それで、そこまでの道を少し外れたところに赤蝶の森ってとこがある」


 彼はそう言って小さな丸を指す。それは今二人がいるこの岩窟を示す丸から程近い距離にあった。


「……そこって」


冥界(ここ)を逃げ出してから、一度も来れなかった。もう何も、残っていないだろうけど……」


「行こう、シヴァ」


 冷静な表情を一切崩さず、ただその美しい瞳に悲痛な色を揺らした彼の言葉を、ウルは遮り、指先を微かに震わせる手に自身の手を重ねた。


「行こう、君の故郷へ」


「……ああ」


 シヴァは自分の前に膝立ちになったウルの顔を見上げ、泣きそうに、しかし安堵した表情で頷いたのであった。



――――……



 しばらく岩窟で休息した後、二人は再び進み始めた。

 緩やかにくねる山間の道には何本か脇道があり、シヴァは岩窟から三本目の脇道に躊躇うことなく入っていく。


 不気味な赤い植物の繁る細くて狭い、暗い道であった。

 まるでこの黒岩の山に巨人が斧を一振りした(あと)であるかの様にぱっくりと開いた道である。


 両側は切り立った崖の如し岩肌で時折小さな穴が開いており、ウルはそこから誰かの目がこちらを監視している様な気味の悪い感覚を覚えた。


 そんな岩肌を這い回ってびっしりと覆う蔓性や蔦性の植物は、この世のものとは思えないほどに不気味な深い赤色で、大ぶりの葉には透かし彫の様に葉脈だけで形成されているものもあった。


(虫に食われた葉みたいだけど……綺麗な形すぎて不気味だ)


 蔓が時折ひゅるりと動き、まるで屍の手の様な蔦がウルの細い足首を撫でる。

 そこに嵌まっている銀環は彼の命綱である魔導具の一つなので、ウルは警戒して足元ばかり見て歩くようになった。


 足元を吹き抜ける風は生暖かく、まるで死霊の囁きの様に心地が悪い。

 呼吸すら耐え難いこの道がどこまで続くのか、気になって前方を確認しようにも人ひとりがやっと歩ける狭さであることに加えて、シヴァの大きな黒翼がありよく見えなかった。


(シヴァは今、緊張しているから声をかけづらいしなぁ……)


 ウルはそんなことを考えながら仕方無く足元に注意して歩き続ける。


 その時、ふわりと明るい赤色の何かがウルの頬を掠めて通り過ぎた。


「?」


 何だろう、と顔を上げた時、いきなり暗かった視界が明るく開けた。


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