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銀星と黒翼  作者: ふとんねこ
幕間2

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43/76

1.シリエールの戦乱


 緑樹の森を魔物の足が踏み荒らす。

 地霊たちは魔物の撒き散らす禍々しい魔力に耐えきれず、風の囁きの様な悲鳴と共に消えていった。


「リン!! どいて!!」


 黒々とした魔物の群の真ん中で、負傷した部下を撤退させるため剣を振るっていたリンは、突如鋭くかけられた声に慌てて近くの魔物の頭を踏み台に、群から飛んで逃げた。

 丁度彼が飛び出したタイミングで、豪炎の獅子が魔物の群に突っ込む。魔滅の火炎は、牙を向き、爪を立て、耳を(つんざ)く咆哮で敵を打ち払った。


「ミレイシア! そっちはどう?!」


「圧されてるに決まってるでしょ!」


「はーい、行くよー」


 敵を斬りながら話していた二人の間を、ブンッと重たいものがすごい勢いで通り過ぎる。

 見れば飛来したのは魔物に倒されたであろう白木。わさわさと葉の繁る枝を付けた幹そのもの、丸々一本の木だ。

 火炎の獅子に焼き付くされた一団の後から迫っていた魔物たちは見事に潰されている。


「……あっぶないじゃん兄さん!!」


「えぇ~? 二人なら避けられるよね?」


「まあそうね。あたし行くわ! じゃあ生きてまた会いましょ!!」


 ミレイシアはそう言ってとっとと別のところへ走っていってしまった。

 緑竜弓を片手に、先程恐ろしい腕力で木を投げたレイは金糸の髪のあちこちに魔物の角やら目玉やらを引っ掛けた凄まじい姿をしている。


「……兄さん、何したらそんなに頭に引っ掛かるのかな」


「ん~? 何かついてる?」


「もういいや、後で」


 首を傾げる兄を他所に、リンは次々に湧いてくる冥界軍の魔物たちに矢を射込んだ。


 その時、彼らの上空を巨大な緑光の翼竜が通過した。水晶を砕いて撒いたかの様な光の粒を引き連れて、強大な魔力で作られた翼竜は飛んでいる。


「あれは……」


「ジジだねぇ。じゃあ二人は冥界に行ったのかな」


 兄弟がそう結論付けた時、翼竜の(あぎと)がグワッと開いた。そこから耳慣れた、感情の抑揚に乏しい声が響く。


『副魔導長ジジ、やること、やった。あとは、冥界軍、殲滅、するだけ』


 戦場にまだまだ残っていた獅子弓軍の兵たちが「副魔導長が来たぞ!!」と喜びの声を上げた。

 ジジは、小さな身に宿す莫大な量の魔力と、その魔法技能において、実のところその力は魔導長を超えていると言っても過言ではない。

 それでも彼女が副魔導長であるのは、彼女が仕事が増えるのを嫌がり、それでも自由に研究できるだけの権力は欲しいと言ったからである。


『以上。これ、突っ込む。前線、退避』


 そう締め括り、翼竜は(あぎと)を閉じた。その身に宿る魔力が磨き上げられ、次第に魔を打ち払う浄化の力に変えられていく。


 そして緑光の翼竜は翼を畳み、シリエールの入口、冥界軍の中心へと降下した。


 冥界軍の魔物たちは降り注ぐ圧倒的な魔力による浄化の力に耐えきれず、(むくろ)すら残さず消えていく。

 浄化の波涛はそこだけに(とど)まらず全方面へ円形に広がっていった。

 魔物にとっては死の衝撃波である。冥界軍は目に見えて動揺した。


 上空、魔導士たちと共に宙に浮かんでいたジジはそれを見てこっくり頷く。


「マオ。大将、来る」


「分かってるよ主。大丈夫だ」


 マオの目には、かなりの距離があっても寸分の狂いも無く彼を睨む魔王の姿が映っていた。


 ゴドラの魔王バルディアノス。彼は、牙ある黒馬を走らせ、前線に上がってこようとしている。


「来いよ親父、片をつけよう」


 マオもまたジジと共に、前線へ進んだ。



――――………



 総力で敵を殲滅せん、と前線へ上がるジジとマオに続いて獅子弓軍の兵たちと魔導士たちが一気に最前線へ歩を進めた。


 それは冥界軍も同じらしい。バラバラになった魔物たちを纏め上げ、最初の頃とは比べ物にならないほどの少数となった軍を引き連れて、ザクザクと進んでくる。


 お互い先頭に、ジジとマオ、バルディアノスを置き、両軍はシリエール前の平原で対面した。


「久しいな、愚息」


「俺はもうあんたの息子じゃないよ」


 黒々とした立派な体躯の軍馬の上から、魔王が嗤う。マオは至極冷静に、じっと魔王を見上げて答えた。


「ふっはっはっ、そうか。自らの名すら忘れたか」


「それで良かったんだ」


「愚か者が。貴様は我が魔王家の恥、ここで切り捨ててくれるわ!!」


「駄目」


 空間の歪みから赤黒い大剣を引き抜いた魔王へ向けて、そんな言葉と共にジジが魔法を放つ。


「ふん」


 魔王は手を適当に振ることでその魔法を砕き、鼻で笑った。


「まさかこのちんちくりんが貴様を召喚したエルフなのか? ますます滑稽だな!」


「ちん、ちく、りん」


 そんな魔王を同じく(しかし下手)鼻で笑い、ジジは言葉に合わせて三つの魔法を放つ。


「この様な魔法、効かぬわ!!」


 怒りを露に、威圧するかの如く全身から狂暴な赤黒い魔力を溢れさせた魔王。

 そんな彼に、ジジはうっそりと微笑む。


「効く」


 魔王の魔力に刺激された三つの魔法が魔王の目の前で爆散した。


「ぐっ?!」


「マオ」


「ああ!!」


 思わず仰け反った魔王へ、マオが両腕に黒い鱗を鎧の様に纏わせて飛びかかった。

 鋭い剣先の様な爪が、黒馬の太い首を半分も裂きながら魔王の喉元へ迫る。


「おのれっ!!」


 魔法の爆散によって発生した白い煙の向こうから、赤黒い大剣がぬっと突き出された。マオは冷静にそれを弾く。

 魔王はよろめいた黒馬から飛び下り、大剣を構えた。


「ぐっ?!」


 そこへまたもや放たれるジジの魔法。何もない宙から、深緑の蔓がうねくって飛び出し、魔王の視界を塞ぐ。


 彼らの周囲ではすでにシリエール軍と冥界軍がぶつかり合っている。ジジとマオ、そして魔王の周りには兵はおらず、三人は存分に戦った。


「小賢しい真似を……!!」


 バチッと攻撃的な音と共に、魔王の左手に赤黒い稲妻を放つ塊が現れる。

 乱暴な投擲、稲妻が弾ける音に続いて塊は鳥に形を変えた。

 赤黒い稲妻の鳥は真っ直ぐジジへと向かっている。


「主! それは触っちゃ駄目だぞ!!」


「ん」


 戦いながらのマオの言葉に、ジジはこっくりと頷いて短杖を一振り。一瞬で張られた防御陣が赤黒い稲妻の鳥を弾き返した。

 勢いを失った鳥が地面に落下する。ジュッと酸が降った様な音がして、地面が焼け焦げた。


 マオは両腕に紅薔薇で染め上げた様な色の炎を纏わせて魔王に襲いかかる。

 彼の爪は鋭刃。炎の色に染められて、どこか艶めいて見えた。


「ここで、あんたの首を落とす!」


「やれるものならやってみよ!!」


 魔王もまた、それを大剣で受けた。

 二人の間に魔王の魔力が巨大な力を込めた魔法陣を展開する。


「マオ」


「分かってる」


 冷静に後退するマオ。代わりに前に出たのはジジである。その手に煌めく金の短杖には薄ぼんやりした魔力の光があった。


「エルフ風情が……滅びよ!!」


 大きな赤黒い魔法陣から、巨大で全体が腐蝕し崩れかけている人型のものの上半身がぬぅっと現れる。


『ギギ、ゴァァァァッ!!!』


 腐蝕した皮膚を自ら引きちぎるかの様に大きく口を開いて絶叫するそれを、ジジは無感情な眼差しで見ていた。

 絶叫と共に大きく開かれ、腐肉をぼたぼたと落とすそれの口の前に煌々と光る黒い魔力の塊が形成され始める。


 ジジの眉根がきゅっ、と寄る。


『ガガ、ガ、ギィィィィッ!!!』


 黒い光線が放たれた。それは命あるものが触れれば忽ちの内に輝く生命を、そしてその目映い魂すら吸い取られる、死の光線であった。


 黒い光線はジジの身長を遥かに超えた巨大な円柱形で迫る。ぐるぐると濁った深淵の(まなこ)に動揺は見られない。


 スッと持ち上がる短杖を握った手。彼女の前方に展開する濃密な魔力。瞬時に描かれる防御陣の、鮮烈な緑色の煌めき。


 ジジの防御陣が黒い光線を右斜めに反射した。その先には傷を負って撤退する獅子弓軍の兵士たちを追う魔物の群がいる。

 反射された死の光線が魔物たちを焼き払った。彼等もまた、命ある者なのだとジジは無感動にそれを見ている。


 まさか弾かれるとは思っていなかったのか微かな動揺を見せた魔王に、光線がジジの防御陣に触れた瞬間に彼女の後ろから飛び出していたマオが飛び掛かった。


 魔王の前で光線を吐き出しきって消えていく腐れ崩れた人型のものの影を裂いて、鋭刃の如く爪が魔王の首の皮膚を僅かに掠めた。

 チリッとした痛み、零れ落ちる紅薔薇の花弁の如く舞う鮮血。

 それを見た魔王は不機嫌そうに目を細めて、大剣を捨て、マオと同じく素手で彼とぶつかった。


 ぎゃりぎゃり、とマオの爪が魔王の腕を覆う黒鱗を削る。

 瞬きの間に散る火花は至近距離で睨み合う目と目の間にも目映く弾けていた。魔力のぶつかり合いが生む火花である。



 マオの様子にジジは「平気、そう」と呟いてふっと目を左右に向けた。

 右ではミレイシアが、ジジによる魔改造を施された紅蓮の炎を纏う細剣(レイピア)を振り回し、魔物たちを焼き払っている。

 副官の様な魔物の首が落ちて燃えた。周囲の魔物に動揺が走る。


 左ではレイとリンが位置をくるくると変えながら戦っていた。閃く白刃、飛んでいく獅子の五爪は鋭く執念深い。

 一般兵たちは押され気味で、上空から魔導士たちが援護している。

 ジジは杖を一振り、敵兵の集団に攻撃魔法を突っ込んで、は、と短く息を吐いた。


(魔力……)


 冥界とこちらを繋ぐ扉を開くのは流石のジジにもかなりの大仕事で、莫大な量の魔力にもうっすらと底が見えてきている。


(陛下は、もっと、大変)


 結界が破られた瞬間、術者である女王に大ダメージが行ったことは間違いない。

 ジジは再び短く息を吐いて、短杖を構える。


(マオ、急ぐ。決着、つけて)


 心の中で告げた言葉は、しっかりとマオに届いたらしい。マオが視線を投げてきて頷いた。


 使い魔と主人の繋がりとは便利なものだとジジは思った。


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