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銀星と黒翼  作者: ふとんねこ
第二章.エルフの国編

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第13話.召喚術


 ウルはジジが書いた魔法の術式を解読しようとじっくり眺めた。

 細やかなエルフ文字を読み込んでいくが理解が及ばないところがいくつかある。


「これ、シヴァの血を何らかの方法で魔導具にくっ付けて……変換補助の式かな? どうなってるの?」


「血は、魔石に、沈める。そこから、補助して、ウルーシュラが、変換の枷、外した状態に、なるように、する」


 ジジは説明しながら分かりやすい様に図を描きつつ、顔を上げてウルをじっと見た。


「循環の、力は、精霊の魔法、が、優れてる。やって、ほしい」


「分かった」


 ウルも、世界樹ユグドラシルの枝を守るアルタラの一族の者である。力を循環させる魔法はお手の物。難なくその役目をこなすことができるだろう。


「魔導具、首と、足首に、着ける。上から、下まで、力を、循環する」


「首と足首……あっ、だから採血の前、僕の首と足首を測っていたのか! まさか、その時から魔導具の形はもう決まっていたの?」


「ん。形は、役割に、準ずる。元から、循環が、必要、分かってた」


 その言葉にウルは感心の溜め息を漏らして「流石」と呟いた。天才魔導士の名は伊達じゃない。


「シヴァ、起きない。暇。召喚術、練習、する」


「あっ、そうだね。よろしく!」


 『召喚術基礎』の本を手に取ったジジはうっすらと微笑んで「外、出る」と歩き出した。



――――………



 裏口から生徒の少ない学園裏に出て、ウルとジジは森の中へ入っていった。

 ほどよく開けた場所に出ると、先導していたジジがくるりと振り返る。


「ここで、やる。でき、そう、か?」


「多分。僕らの魔法とは術式の構築の仕方が少し違うけど、何とかなりそう」


「そう、か。精霊の魔法、柔軟。できる」


「頑張るよ」


 こっくりと頷いたジジは、金の短杖を取り出してその先に魔力を宿すと、さらさらと地面へ向けて召喚陣を描いた。


「シヌゥを、喚ぶ」


「しぬぅ……?」


 何それ、と訊ねる間も無く薄緑の召喚陣が光った。その中心に小さな球体がふわふわと浮かんでいるのが見える。

 役目を終えた召喚陣が光の弱まりと共に消えると、その小さな球体が「きゅ」と短く鳴いた。


「これ、シヌゥ」


「かっ…………」


 ふわふわとした白い巻毛の生え揃った丸い身体。その真ん中からちょこんと突き出した薄茶の顔は可愛らしい子鼠のもの。くりくりと丸い黒目が愛らしい。


「可愛い~……」


 ウルはほんわりと笑顔になりシヌゥに手を伸ばした。ふわふわを是非堪能したい。


「駄目。危ない」


「え?」


「あ、遅い」


 ジジの言葉に――この可愛らしいシヌゥには似合わない「危ない」という単語に気を取られ、一度シヌゥから離した目を戻すと、子鼠の様な顔にちんまりと収まっていた口がガパッと凶悪に開いていた。


 その口腔の赤と鋭く並んだ牙の白の鮮やかなコントラストに呆気に取られた直後、その手前まで来ていた自身の手が危険に晒されていることに気づく。


「痛っ!!」


「あー……」


 鋭い痛みに手を引いたウルに、同情とも何ともつかない声を上げたジジは短杖を軽く振った。

 シヌゥが鼻息荒く「ぢゅっ!」と警戒の声を吐きながら消えていく。召喚前の場所に還されたのだろう。


 ウルの白い手には、くっきりシヌゥの歯形が残っていた。鋭く細い牙が付けた傷はとても小さいが、そこそこに深く、すぐにぷっくりと赤い玉が現れる。


「噛まれちゃった……」


「シヌゥ、召喚主、以外には、攻撃。ウルーシュラが、召喚、すれば、いい子」


「そっか……」


 未知のもののもふもふに惑わされ、不注意なことをしたと反省しながら、ウルは簡単な治癒魔法を傷ついた右手にかけた。


「杖、無くても、そこまで、できる、か」


「うん。これくらいならね」


「すごい」


 つるりと傷が治ったウルの手をとって、ジジは観察している。こっくりと頷き、彼女は顔を上げた。


「今度は、ウルーシュラ、やる」


「うん」


「陣、描く。それから、魔力、流し込む。それで、何を、喚ぶか、念じる」


「分かった」


 頷いたウルは、ウラヌリアスを喚び出すとスッと息を吸ってその(かしら)を地面に向ける。


(本の通りに……)


 ジジがやった時より少し時間をかけて召喚陣が完成した。それをまじまじと点検したジジから「問題ない」との言葉を貰い、ウルは先程見たシヌゥを思い浮かべる。


(シヌゥ、おいで。僕にもふもふさせて)


 なかなかに邪な召喚動機である。


(……シヌゥって、この森にいるのかな? それとも冥界? どこから来るのか分からないのに喚べるのかなぁ……)


「ウルーシュラ、雑念、除く」


「あっ、ごめん」


 考えながら迷ったことをジジに見抜かれてしまった。ウルは慌てて謝り、頭から雑念を追い払う。


(どこだっていいや。とにかく来て。もふもふのシヌゥ!)


 薄紫色の召喚陣が発光した。



――――………




「で、こうなったのか。お前、本当に面白いな」


「む……だって、とにかく来いって思ってたから……」


 銀月がしんしんと降らす光で緑深きシリエールを照らす夜、女王の館に与えられた部屋でウルとシヴァは話していた。

 シヴァの血液は採取済で、ジジは早速魔導具の製作に取りかかっている。今日中に大体ができあがり、明日、ウルの魔法を組み合わせて全体を整えた後、完成する予定だ。


 そして二人は部屋に満ち満ちているもふもふに埋もれていた。


 ウルの邪な召喚動機と、彼が加減をよく分からないまま召喚陣に注ぎ込んだ魔力の量、もふもふへの並々ならぬ欲望が生んだ結果である。


 部屋には百を超えるシヌゥがいた。

 召喚陣の発光の後、まるで大瀑布の様な恐ろしい勢いで陣から溢れたシヌゥの雪崩がウルとジジを襲った。

 その衝撃で小さなジジは転び、ウルはシヌゥたちに彼女を噛むなと言い聞かせるのに苦労した。


 シヌゥはシリエール固有の生物である。

 その祖先は古代の精霊の国ユグラカノーネにいたとされるロデュリアと言う兎竜とされる(大きな兎の身体に竜翼を持つ)。

 それが何らかの理由により地上に降りた際、地上の生活に合わせるため今の形となり、そして彼等の肌に合ったユグラカノーネの空気に地上で最も近いシリエールに住み着いた。


 彼等の本能の奥底に秘められた太古の思い出が理由かは分からないが、召喚された百を超えるシヌゥはウルに懐いた。

 それはもう、返還の魔法を百匹以上の力を合わせて拒むほどに懐いた。

 結果、部屋までついてきて、半霊半魔のシヴァにもそこそこ懐き、今に至る。


「兎竜ねぇ……」


 シヴァは手近なシヌゥをもふっと捕まえて両手で挟み、もふ、もふ、と優しく押している。


「昔本の挿し絵で見たけど、可愛いよ」


「ふぅん……」


 もふ、もふ。


「……君、気になってるな?」


「別に興味ないね」


 もふん、もふん。押しが強くなる。


「ふーんそうか」


 ウルは肩をすくめてそう言うと、おもむろにウラヌリアスを喚び出した。その際に舞った薄紫の魔力粒子にシヌゥたちが嬉しそうにふわふわ飛び上がる。

 そのままウラヌリアスの(かしら)を何もない壁に向けた。


「写せ」


 力ある言葉を放つ。空気を伝わった魔力が、ウルの記憶にある本の挿し絵を壁に描き出した。

 まず、煌めく紅玉の粒の様な瞳を持つ真白の兎が描かれ、続いてその背に白銀の鱗に覆われた薄い皮膜を持つ竜翼が描き上げられた。


「……この兎竜は(オス)だな」


 白兎の胸はもふもふと立派な胸毛で被われている。確かに(オス)だ。


「ふふ、君、ちゃっかりしっかり見てるじゃないか」


「っ、いいだろ。壁に写ったら嫌でも気になる」


「素直じゃないなぁ」


 ちらちらと兎竜の絵を見ているシヴァに笑い、ウルはしばらく写され続けるように魔力を流し込み、ウラヌリアスの顕現を解いた。



 部屋に満ちた百を超えるシヌゥたちは、翌朝何やら彼等の言葉らしい鳴き声で「きゅうきゅう」とやけに凛々しい顔で騒ぎ、ようやく去っていってくれた。

 一体何を言っていたのだろう?

 彼等が揃って消える直前まで、昨晩から捕まえたままのシヌゥをもふもふしていたシヴァは、手の中のもふもふが消えた瞬間目に見えて意気消沈していた。


(シヴァはもふもふが好きなんだな。ふふ、シヴァの好きなものを一つ知れたぞ)


 それを知っておくことは、ウルにとって途轍もなく大切なことである。


(……少しでも、君のことを知っておかなきゃ)


 かつてウルに自由を夢想させた黒翼が、すべてを終えた後、去ってしまわないように。


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― 新着の感想 ―
[一言] 冥界の空気と変換の説明。 よくわからないけど、分かった気がする不思議。 精霊が空気の変換をできなくなったのには何か理由が? 宇宙服ではなく首と足首につける装飾具でしたね。 そっちのほうがお…
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