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銀星と黒翼  作者: ふとんねこ
第二章.エルフの国編

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第10話.血の違い


 腕が上手く上がらなくなるまで霊弓テンペスタを引き続けたシヴァが辿り着いた答えは、リンの口の先が不満げに尖る様なものであった。

 霊弓テンペスタの矢は、シヴァが少し思うだけで空気中から魔力を集めて現れる。そして今回判明したのは、その矢は放たれた後シヴァの意志によって進路を自由に変えられるということであった。

 ただ、現状一本のみに限るので“五爪”を真似しようとしたとき、残り四本は変な方向へ飛んでいったと言うわけだ。


「何それ。弓として……すごいのは分かるんだけど、何かムズムズする!」


 弓は、弦から矢が放たれる離れに至る過程を少しの歪みもなく行うことによって、矢が弓の強さに応じた速さで、狙ったものへ真っ直ぐ飛んでいく。

 裏を返せば、離れへの過程に歪みがあれば矢は真っ直ぐ飛ばないのである。


 戦いにおいてテンペスタの力はとても有益であろう。シヴァが、他のことをしながら矢へ意識を向けるという芸当が可能であるほど器用なことは知っている。


 リンとて、弦を引く馬手(めて)の捻りや指使いによって“五爪”を成しているし、他にも矢をある程度曲がった方向へ飛ばすこともあった。しかし、基礎は“全てを歪みなく”である。だから聞いていて少し心地が悪いのだ。


「何本も操れれば……」


「君さぁ、欲張りすぎじゃない? それに戦いの中で自分も戦いながら何本もの矢の行方に気を配れるわけ?」


「三本くらいなら行けそうだ」


「はぁ……ほんと化け物」


 そう言って肩をすくめたリンは「僕帰るから」と訓練広場から出ていった。シヴァはその背を見送り、そしてテンペスタに目を戻す。


「取り敢えず、三本を目指すか」


 霊具であるテンペスタが主人の成長と共にその機能を向上するということもあるかもしれない。シヴァはそう呟いて弓を構えようとした。


「……ぐっ。今日はもう休むか」


 腕が痺れて上がらない。

 単なるやりすぎであった。



――――………



 カチャカチャと試験管と硝子棒が触れ合う音が研究室の中に響く。


(見た目だけなら完全に狂研究者(マッドサイエンティスト)だよ……)


 何やらウルの知らない試薬を足らし、三人の血液を試験管でかき混ぜているのは言わずもがなジジである。

 薄緑の試薬が三滴入れられ、しばらくかき混ぜられるとウルの血は明るい赤に、ジジの血は色が変わらないまま、マオの血はどす黒くなった。


「地霊、の、涙。精霊寄り。血の違い、はっきり、する」


 ジジは小瓶に入った薄緑の試薬をウルに示して言った。


「地霊……って、森にいたふわふわしたあの子達だよね?」


(……泣くの?)


 見たところ目も無いような気がするのだが。首を傾げたウルを放置して、ジジは三本の試験管に蓋を閉めると細い金属で作られた試験管立てに安置し、窓を開けて(この過程であちこちの本を崩したためまたもや研究室の奥からマオに叱られた)日光に当たるよう窓辺に置いた。


「日光、当てる。違い、出てくる」


「へえー……」


「しばらく、暇。召喚術、勉強、する?」


 窓辺からウルを振り返ったジジがそう言って首をこてんと傾げる。ウルの銀の瞳がキラキラと煌めいた。


「する!!」


「ん」


 こっくりと頷いたジジは、先程崩落させた本の山から藍色の一冊を引っ張り出す。その勢いが余って後ろに転げ、またもや本の塔を一つ倒した。


「主! 何なんだ今日は、あっちこっち倒して!!」


「ん。任せた」


「んなっ……ああもう、やるよっ、やるけどな!」


 その返答に満足したのかジジはマオの方へ意識を向けるのをやめ、手にした藍色の本をウルに差し出す。

 表紙にはエルフの文字で『召喚術基礎』と書いてあった。教科書の類いだろう。


 エルフの普段の話し言葉は精霊の国でも冥界でも、人間相手でも通じる共通語である(儀式の時やエルフ同士だと時折古いエルフ語を使う)。

 しかし文字に関しては普段から独自に発達したエルフ文字を使っている。共通語の文字は、読めても書けるエルフは少ない。

 ウルは幼い頃に魔法の基礎の一つとして学んだのでエルフ文字を読むことができた。

 斯く言う精霊にも古い文字や言葉が残っているが普段は全く使わない。しかし儀式はすべてそれによって行われる。


「開く。読む。やる」


「うん、読んでみるよ」


 ジジの言葉にウルは頷いて、程よい位置を探して座り込むと本を開いた。




 天頂にあった太陽が少し傾いた頃。ウルは顔を上げて本を閉じた。きょろ、と研究室を見渡すと部屋の隅で本の山に囲まれてジジがこっくり、こっくりと船を漕いでいた。

 薄暗い研究室は大量の本や資料の保存のため程よい温度、湿度を保たれておりかなり心地がよい。昼寝には丁度良いだろう。

 ウルは読み終えた『召喚術基礎』の内容を頭の中で反芻しながら立ち上がって伸びをした。ずっと同じ姿勢で集中して本を読んでいたのであちこちの骨がパキパキ鳴った。


(んー……)


 そのまま窓まで歩いていく。試験管を見ようと身を屈め、陽光に煌めく試験管に目を向けた。


「わ!」


 ウルは思わず声をあげる。全ての試験管の中の血液が透明になっていた。その代わり、透明の液体の上、試験管の蓋と水面の間の空間に何やらもやもやとしたものが浮かんでいる。


「これが、違い……? 出てくるってこう言うことだったのか……」


 ウルの血からはきらきらした淡い銀糸の靄が出ており、ジジの血からは淡い銀糸に緑色の靄が絡んだもの。最後にマオのものは金糸の靄である。


 少し気になったウルは両目に魔力を集めて、もっと細かく見ることにした。

 一旦目蓋を閉じ、体内の魔力の流れに集中すると、しばらくして両目に力がこもったのを感じる。目を開けば視界はいつも以上に色鮮やかで鮮明だ。

 あまり外を見たりすると視覚からの情報量に頭が追い付かず酷い頭痛に襲われるので、ウルはそのまますぐに試験管を見る。


「わぁ……綺麗だなぁ」


 靄の色は先程よりも鮮明で細やか、そして複雑であった。

 ウルの血の靄は、細やかに煌めく銀糸に薄紫の光粒が纏わり付き、強化した視力でも捉えるのが難しいほどに細い真紅の糸が絡んでいる。


(ウラヌリアスの色だ……)


 ほんわりと暖かくなる胸にウルは微笑んで、次にジジの血の試験管に目を移す。

 先程は銀糸と緑の靄に見えたそれは、もっと複雑であった。基礎は鮮やかな緑の靄で、銀糸はそこへ少々絡みついている。更には微かな金糸、黒、深紫の糸が漂い、何とも複雑怪奇で、しかしジジらしい色味をしていた。


(ジジのに絡んでいる金糸は、マオのものかな……魔導士と使い魔の関わりって、本当に深いんだ)


 感心しながら次へ。金糸の靄と思われたマオのものだ。

 基礎は絢爛な金糸の靄、そこへ緑色の糸が三本、ぐるりと漂っている。金糸の中には黒や暗い紅、更に奥に隠れた鮮烈な白の輝きが見えた。


(ジジの色がある。それと白いのは……とても真っ直ぐな感じがする。何だろう? あ、くらくらしてきた)


 ウルは試験管から顔を上げて、目を閉じると視力強化を解除した。ふぅ、と息を吐いて目を開ける。

 その時、大量の本を抱えたマオが奥から出てきた。彼はドサッとそれらを床に置くとウルを見る。


「そろそろお茶にしないか。今日は卵白の菓子を作るんだ。暇なら手伝ってくれないか?」


「うん、僕で良ければ。頑張るよ」


 ウルがそう答えるとマオは「よろしく頼む」と笑った。


「主は……ああ、寝てるな」


「あれ、さっきまではギリギリ座っていたのに」


 いつの間にかジジは本の山に突っ伏して小さな寝息を立てていた。微笑みの気配のある溜め息を吐いたマオはどこからか薄い掛布を引っ張り出してきて、小さな主人の身体に掛ける。


「よし。行くか」


「この部屋に厨房はあるの?」


「無い。本や資料が湿気るからな。いつも学園の厨房を借りる」


 楽しそう、と呟いたウルの脳裏に半狂乱で迫ってくる生徒たちの顔が思い浮かんできた。さぁぁ、と彼の顔が青ざめる。

 それに気づいたマオが心配するなと言ってウルの肩を叩いた。


「あんたの気持ちはよく分かる。俺もここへ来てしばらくは酷い目に遭ったからな。だけど、この時間は講義中だから」


「そ、そっか……確かに、君は地上では珍しい高位の魔物だもんね……」


「あいつらは、ちょっと、いや、相当おかしいよな……」


「うん……」


 二人は頷き合って、何故か握手までしっかりするとジジの研究室を出て一階にあると言う厨房へ向かった。廊下を歩く間、絶対に教室の中の者たちに見つからないよう細心の注意を払いながら。


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