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銀星と黒翼  作者: ふとんねこ
第一章.精霊の国編
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第2話.精霊の魔法


 夜風が頬を撫でる。この目で見ることは二度と叶うまいと思っていた空を青年に運ばれながら見渡したウルは思わず、ほろ、と涙をこぼした。

 イルジラータの守る火枝を離れ、ユグラカノーネの周囲にある小さな浮き島に降り立つ。運の良いことに追っ手は無さそうである。飛び回る衛兵たちに見つからずに抜け出せたらしい。


 ウルは自由な空の空気を胸一杯に吸い込み、魔力が身体を自然に流れる心地よさに身と心を震わせる。自由だ。青年に命を握られてはいるが、牢にいるより自由なのだ。それが途方もなく嬉しかった。

 彼がそうしている間、青年は何やら紫の小瓶を傾けて小さな浮き島の円周に中の液体をこぼしていた。


「何を、している、の?」


 つい好奇心で言葉が出てしまった。


「ん? ああ、これは目眩ましの魔薬。俺たちの気配も魔力も隠してくれる」


「へぇ、そんなものが……」


 好奇心から、いつの間にやら彼が精霊でないことへの恐怖も吹っ飛んでいき、ウルは青年の作業に見入っていた。目眩ましの魔薬を手早く撒き終えた青年は小瓶を腰の小袋に仕舞い込み、腕を組むとウルの方を向いた。射抜く様な鋭さを宿した藍色の瞳が彼を見据える。


「お前が何なのかは聞かない。それは俺の目的に関係ないからな」


 ウルは黙って頷いた。自分も聞かれたくないことであるし、何より見知らぬ相手に素性を話すことも有るまいと思っていたから良かった。


「俺の目的はアルタラの一族の精霊だけが作れる“霊具”だ」


「それを、僕に作れ、と」


 青年はその通り、と頷く。

 その答えにウルは複雑な表情で空の星々を見上げた。


 “霊具”とはアルタラの一族の者だけが作ることができる特別な道具だ。

 魔法によって形、すなわち“器”が作られ、ユグドラシルの一葉によって力、すなわち“魂”が宿される。それは、その霊具の主人となる者の名を込められ、器は主人に合わせて武器や防具、楽器や杖など様々な形になる。そしてどの枝からやって来た葉であるかによって宿る属性も違う。

 主に魔物との戦いに用いられるものであった。


 それを何故、彼が欲しがるのか。ウルには分からない。


「何故欲しいの……?」


「お前に教えてやる義理はない」


 そう言われ、ウルはグッと黙った。彼の静かな海の様な目からは何の感情も読み取れない。霊具は精霊に対しては特別な力を発揮しないただの武器であるから、彼がわざわざ霊具で精霊たちを殺すとは考えられないが、どうにも釈然としない。彼に与えていいものか。


「おい、何考えてる」


「……君が、霊具を欲しがる理由」


 青年の気配が剣呑に尖る。その手が剣の柄に触れた。しかしすぐに離れる。ここでウルを殺しても利益はない、と考えたようだ。


「……それを使って、復讐したい相手がいる。これでいいかよ」


「復讐?」


 躊躇うには十分な理由であった。しかし、ウルは少し考える。彼のお陰で自分は外に出られた。彼に協力すれば、このまま自由でいられるかもしれない。


 何て馬鹿げた考えだろうと思うがこれしかない。

 自分より圧倒的に強い彼を、利用するのだ。


「……わかった。頑張る」


 ウルは半分で青年に答え、半分は自分に言い聞かせるようにしてそう言った。息を吸い、右手をゆっくり宙へ差し出す。


「……ウラヌリアス」


 恐る恐る、しかしはっきりと己の半身である霊杖の名前を呼ぶ。


 大気から薄紫色の魔力粒子が集まってきた。それがウルの魔力と共鳴して長杖の形を取り始める。長い柄の部分をぐっと握ると途端パンッと光が弾けて、霊杖ウラヌリアスが姿を現した。


 ウルより頭一つ分長いそれは、真っ直ぐな深い紫の柄の上部に三日月と翼を象った銀の(かしら)、三日月の内側に核となる拳大の紅玉を戴いていた。翼の下には三つの紅の雫型の石を吊るした横向きの銀環が付いている。


 魔力を押さえつけられてから、一度も触れることが叶わなかった霊杖。魔力が通う感覚の何と懐かしいことか。

  霊杖はアルタラの一族に生まれたものならば、必ずその身の内に宿すようにして生まれる双子のような存在だ。ウラヌリアスはウルの大切な半身であった。


 ようやく現世に顕すことができた半身を握りしめ、目を閉じるウル。大丈夫、できる、と心の中で繰り返す。霊具を作るための呪文は幽閉される前習った。きちんと覚えている。


 ちら、と青年を窺えば彼は黙って静かな目でウルを見ていた。何を考えているのやら。首を振ったウルは深呼吸してから頭の中にある呪文を紡ぎ出す。


『明ける空に光差す、我器を紡ぐ者なり。暮れる空に影降ろす、我力を注ぐ者なり』


 ウルの周囲を魔力粒子が漂い始める。薄紫の光粒に取り囲まれるその様子は神秘的で美しかった。ウルの心が震える。今から生み出す神秘の霊具はどれだけ美しくとも、祈りを込めても、いずれ誰かを殺すのだ。それが何故であるかは分からない。青年がそうする理由も分からない。


『天を貫き地を震わせ、器は成る』


 それでも、やるしかない。

 ウラヌリアスを構えるウルの前に魔力粒子の集合体ができていく。球形に渦巻くそれに向けて、力ある言葉を続けた。


『世界樹の一葉、迷うことなく降りたまえ』


 渦を巻いていた薄紫の魔力粒子が球形に固まった。ウラヌリアスの紅玉から銀の光が一筋空へ昇り、急降下。球を鋭く貫いた。パンッと色のついた光粒が散る。伸ばしたウルの手につるりとした白の球体が転がった。


(なかなかに魔法の腕は良さそうだ。これは、使えるかな)


 その様子を眺めながらシヴァはそう考えていた。



 一方、ウルは「できた」と球体の中に確かに宿っている魔力の気配に頷く。彼はその球体を手にシヴァの前まで歩いた。


「はい」


「は? これが、霊具なのか?」


「正確には、霊具の卵」


 戸惑った様子で球体――卵を受け取った青年に、ウルは頷いて答える。


「これから七日間、ユグドラシルの枝から葉が降りてくるのを待たなきゃいけない。七日の間に樹の放つ力を受けて器も成長するんだ」


「七日……」


 青年は呆然と呟いた。ウルは困ったように肩をすくめる。ウラヌリアスの紅玉が物言いたげに月光に艶めいた。


「はぁ……仕方無い、これも目的のためだ。七日、ユグラカノーネで逃亡生活だな」


「あ、その……」


 そう言い切って卵を腰の革袋に収めた青年を見ながら、ウルは恐る恐る切り出した。


「何?」


「ぼ、僕はどうなるの?」


「…………」


 その言葉に、青年は藍色の目を細めて腕を組んだ。

 ウルの胸の内に、最初の怖さが少しずつ戻ってきた。彼の目的は霊具を手に入れることらしいから、卵を手にした今、ウルは必要無い。作る前の楽観的な自分を呪いたくなった。何が彼を利用する、だ。

 殺されても放置されても、この浮き島に一人取り残されて、彼が撒いた魔薬の効果が切れた頃、イルジラータの兵たちに発見されて牢に連れ戻されるに違いない。


 それは、嫌だった。この自由な空にまた飛び出してしまった以上、元のように牢に繋がれることを耐えられる気がしない。


「……そうだな」


 青年がゆるりと口を開いた。ふ、とそれる藍色の瞳からはその考えを読み取ることはできない。その手がいつ腰の剣に触れるか気が気でないウルは浅い呼吸を繰り返しながら彼を見ている。


「……俺の目的を知っている以上放置するのは、な。けど、お前の利用価値はそこそこに高い。だからお前に選ばせてやる」


 そして彼は剣を抜いた。黒光りする冥府の鉄。ウルの肩が震える。黒い切っ先は過たずウルの喉元を狙っていた。鋭い刃を見つめてウルはぎゅっと手を握り締める。

 剣が反射する月光と同じ色を宿した青年の瞳が冷たくウルを見ているのを感じた。視線の刃がウルの肌に刺さる。ウルが剣先から彼の顔に目を戻すと、その視線を受けた彼はひどく優しげに微笑んだ。


「ここで死ぬか、俺と来るか。ちなみに俺の剣の腕は一流だから死ぬ瞬間のことは心配するな。俺と一緒に来るのはそれ以上にきついぜ。何せ厄介な身の上でね」


 風が二人の間を走り抜けていく。ウラヌリアスの銀環の雫を鳴らし、青年のまとめた長髪を揺らす。

 ウルは大きく息を吐いた。その選択肢は、彼にとって一択しか無いに等しい。


「……君に、ついていく」


 すると青年が微かに目を見開いた。それから小さく笑う。


「ふぅん。意外と勇気あるんだな」


「……どういう意味」


「そのままだよ。一撃で死にそうな儚い見た目のくせして、死ぬよりきつい道を選ぶなんて思わなかった」


 死ねないのだ、とは勿論言えずウルは目をそらして肩をすくめた。青年が喉を鳴らして笑っている。


「お前、名前は?」


「え?」


「な、ま、え。あるだろ?」


 ウルは口ごもった。父王に与えられた『ウルーシュラ』と言う名は、牢に押し込められると同時に名乗ることを禁じられたのである。それについて「父王」の部分を暈して伝えると、彼は「ふーん」と興味無さげに言った。


「別にいいだろ。どうせ呼ぶのは俺だけだ」


「……ウ、ウルーシュラ」


「そ。長いからウルって呼ぶ。俺はシヴァ」


「シ、シヴァさん」


 頑張って答えたのにさらりと流された挙げ句、短縮されたウルは、青年――シヴァの名前を頭の中で繰り返した。この、美しい刃の様な彼に似合った名前だな、と感じた。


「さんはいらない」


「えっ、あ、え、うん……」


 今までに遭遇したことのない類いの相手に、ウルは戸惑っている。そんなことは気にも留めず、シヴァは彼に向けて手を差し出した。


「さ、行くぞ。逃避行の始まりだ。ただ、言っておくけど足手まといは捨ててくからな」


 その言葉に、開けていく未知の世界を、見たことのない光を感じて、ウルの目は輝いた。どんな理由であれ、足手まといになったら捨てると言いながらも彼は自分を連れていってくれるのだ。

 彼は「のぞむところだ」と力強く頷き、シヴァの手をとって一歩踏み出したのである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは。 完結した黒鴉を読んで、どうしてもどーーしても、シヴァを思い出す。そして、またまた読んでいます。またふとした時に|д゜)チラッ |д゜)チラッ と気にしながら感想をぶっこんでい…
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