第11話.動き
草の都スリジエ。木々の暖かみ溢れる木造建築の技術が国で一番発展しており、それは石造りの都に劣らぬ美しさを生み出している。
あちこちに並ぶ木々はこの都に暮らす草の精霊たちによって丁寧に世話をされ、生け垣には季節毎に様々な花が咲く。
「大きな木がたくさんだなぁ……」
ウルは忙しなく辺りを見渡して顔を輝かせていた。この都にはユグドラシルの力が他より強く流れ込んでいる。ユグドラシルから生まれたアルタラの一族の一人としては、空気の心地よさが嬉しいらしい。
反対にシヴァはピリピリしている。
(ちっ……予想はしてたけど俺には厳しいな……肌がヒリヒリする)
それに気づいたのか、少し先を歩いていたウルが振り返る。
「シヴァ、大丈夫? 何か、顔色が悪いように見えるけど……」
「……ああ、問題無い」
「そう? 無理はしちゃ駄目だぞ」
ウルはそう言って前を向く。その様子を見てシヴァは「?」と一瞬何かを感じた。しかしその違和感の様なものの正体が分からないうちに、その何かは過ぎ去る。目を細めてウルの細い背を観察するが何も変わったところはない。
(……気のせいか)
だが、今まで己の直感によって何度も危機を脱してきた彼は疑問を拭いきれずにいた。
――――……
枝違いの姉からの通達を受け、火の枝守イルジラータは火枝宮の奥殿の窓から黙して外を見ていた。
(……すでに私が放置してはいけないところまで来た)
彼の肩にもたれ掛かった霊杖が風に飾りを揺らされ、微かにシャラ……という音を立てる。中央に浮かぶ菱形の青玉の四方に金の爪が並び、その下に青の垂玉をいくつも吊るした金環が横たわる、彼の霊杖ラルリアン。
霊杖の深い青色をした柄を強く握り締め、イルジラータは身を翻した。そして兵団長ラビを呼ぶ。
「ここにおります」
「メリーニールに伝えろ。私がそちらへ行くと」
「っ……はい!!」
ラビの目は輝いた。彼はすぐに部屋を駆け出していく。連絡用魔法水晶がある部屋へ向かうのだ。
イルジラータは部屋に再び訪れた静寂に瞑目して身を任せる。これから、彼は決着をつけなければならない。
(さらばだ、あの子の兄である私よ。もう私は迷えない、それは許されないのだ)
彼を慈しんだ記憶は葬り去られる。この枝に宿り、巡る火に呑まれて。
――――……
噴水を見つけ、休憩しようとそのそばに腰を下ろした二人は空を見上げた。遥か上方に青々と繁るユグドラシルの一枝、草枝。風の合間を木の葉が駆ける。
「何だかここに来てから身体が軽いや」
「…………」
「シヴァ? やっぱり君、体調が悪いんじゃないか?」
「あ、ああ……大丈夫、問題無い」
シヴァは首を振った。先程より顔色が明らかに悪い。白い貌が更に青褪め、ゾッとするような蒼白さをしている。
「絶対嘘だ。そんな真っ青で、どうしたんだ、病気なのか?」
「違う……っ」
「シ、シヴァ!!」
ずるり、とシヴァは脱力してウルにもたれ掛かってきた。焦って顔を覗き込むと彼は目を閉じている。意識を失っているようだ。
「ど、どうしよう」
ウルは慌てた。しかしすぐに自分に言い聞かせる。
「大丈夫、大丈夫。僕がシヴァを守る番なんだ。できる、できるさ」
ウルはシヴァを支えたまま、ゆっくりと魔法を発動した。霊杖を顕現しなくとも簡単な魔法ならば使うことができる。そのまま誰にも気づかれることなく自分たちの気配を掻き消していく。
(何が原因だろう……思えばこの都に入ってからシヴァの様子が変だった。ここのせい、なのかな?)
シヴァは自らのことをほとんどウルに話してくれていない。だからはっきりとは言えないが、もしや。
(ここはユグドラシルの影響が他より強い。僕はむしろ元気なくらいだけど、シヴァの身体には、それが毒になるのか?)
だとしたら彼はやはり。
ウルは首を緩やかに横に振った。この考えは正しそうだが、これ以上はやめておこう。それより、彼をこの都から出さなければ。
彼の腕を自分の肩に回し、ウルはよっこいしょ、と立ち上がった。しなやかで軽やかな猫の様な印象を受ける彼だが、しっかり筋肉がついているし背が高いので結構重い。ウルはよろよろしながら歩き出す。
その時、兵士の集団が目に入った。噴水のある大通りを早足で通っていく。ウルは身を固くした。シヴァの分の気配を消す魔法を強くする。
兵団を丸々投入しているらしい。壮年の兵団長が兵士を何人かの班に分けて指示を出していた。経験豊富なあの兵団長は侮れない。
ウルはよろよろしたまま、その場を離れた。取り敢えず都の端まで行って浮き島まで飛ぼう。
(……シヴァを抱えて上手に飛行魔法が使えるかな)
少し自信がないが、やるしない。