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銀星と黒翼  作者: ふとんねこ
第一章.精霊の国編
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第10話.草の枝守


 土枝宮からの脱出は思った以上に簡単であった。兵士の何人かはウルの魔法で、更に何人かはシヴァの武力行使によって夢の世界に旅立ち、結果土枝宮の警護にあたっていた兵士の大半が眠ることになったので簡単ではあったが密かに、とは言えないなとウルは思っている。


 枝下の都ラコリーヌからここへ上がってくるのに使った魔法式転送装置をウルの魔力で起動し、二人は無事にラコリーヌに戻ってきた。


「すぐに移動しよう。今更リヴィエールには戻れないから、草の都だな」


「うん」


 夜明けは近い。霊具の卵が孵化するまでの一日がようやく終わり、二日目に突入したわけである。

 変装した二人は人々が目覚める前にと足を早めた。



――――……



 土の枝守ジュラリアは自分の枝宮に戻って早々、頭を抱えることになった。


 まず、転送装置のところに迎えが来なかったことが不審であった。人を呼びながら本殿に踏み込むと、あちこちで兵士たちが倒れているではないか。むにゃむにゃと穏やかな寝息をたてている者と、腹を押さえて眉間にしわを寄せて眠っている――と言うより気絶している者と二通りあることから、まさかと牢に急いだ。


 そしてそのまさかは正しく、牢は二つとも空っぽ。端っこが少し欠けた足枷手枷が適当に放り出されているだけである。


 まさかこの短時間で逃げられるとは思っていなかった。イルジラータに言った言葉を思い返して情けなさに顔が火照る。


(……長子がこれでは、皆に示しがつかない)


 溜め息。ジュラリアは霊杖ドラテアを握り締め、その場にしゃがみこんだ。そして呼吸を整える。

 立ち上がったときに彼女の表情は常日頃の“アルタラの一族の長子”に戻っていた。さて、やるべき事は山ほどある。


(まずは皆を起こして、すぐに都に兵を放たなければ。それから枝守全員に報告を……)


 衣装の裾をふわりと揺らして踵を返し、ジュラリアは本殿に戻った。



――――……



 ラコリーヌに入ったときウルは死んでいたので、シヴァがどうやって都間の門を越えたのか分からなかった。


(まさかこんな方法だったなんて……)


 枝違いの姉が「まさか」と頭を抱えていた頃、何の偶然か同時にウルも「まさか」と頭を抱えていた。


 まさかの物理攻撃であった。そう、華麗なる強行突破である。

 ジュラリアの魔法糸によって二進も三進も行かなくなっていたとき「ラコリーヌに入ったのがバレている」とウルは言った。その時シヴァは少し沈黙してから少し話をそらした気がする。こういうことか。


(そりゃあバレるよ!!)


 何だろうか、シヴァは色々考えてかなり賢そうに見えるが、実は違うんだろうか。賢そうなのは見てくれだけで、実はすごく粗雑なんだろうか。


(……なんか、僕がしっかりしなきゃいけない気がするよ)


 ウルは密かに決意で満たされた。


「よし。今回は土の精霊に変装してたからしばらく誤魔化せるな」


「うん。あらぬ疑いをかけられる人がいないか心配だよ」


「ふふん、知ったこっちゃねぇ」


 二人はすぐに路地裏に駆け込み、魔法で追っ手を撒き、草の精霊に変装した。若草色の髪をしたシヴァは今までの変装の中で一番不思議な感じだった。ウルは桜色になった頭をひょこっと路地から出し、辺りを警戒してから通りに出る。


「ここは、火の都の隣だからね」


「ああ」


「……ドキドキする」


「心配すんなよ。何とかなるさ」


 草の都スリジエ。緑溢れる夜明けの都は目覚めのときを迎えていた。



――――……



 草の枝、そこは他の枝より緑が濃く、四季折々の花が多く咲き誇る枝である。草樹を司るこの枝の枝守は、その性質ゆえに世界樹ユグドラシルとの結び付きが他より強いと言われている。


「はぁっ? ラコリーヌ側の門が破られたですって?!」


 草枝宮奥殿、枝守の部屋でそんな声が響いた。報告した兵団長を信じられない、と言うふうに見下ろすのは草の枝守メリーニールである。


「はい」


「ジュラリア義姉様に限って有り得ないわ。でも、完全に否定はできない……」


 壮年の兵団長は跪いて静かに主の言葉を待っている。ただ元々身長が高い彼が跪いても、人間で言うところの十三歳ほどの姿で、全体的に華奢なメリーニールと比べるとあまり大差ない高さであった。

 メリーニールはしばらく色々呟きながら自室の中を行ったり来たりしていたが、やがて大きく息を吐いて兵団長の前に戻る。


「すぐに土枝宮に確認をとって。それから兵士を都に……」


「失礼致しますっ!!」


 バンッとドアを吹き飛ばしかねない勢いで飛び込んできたのは一般兵の青年だ。


「何? 今忙しいのだけれど」


「あの、あ、えと、ど、土枝宮からの連絡が……」


 とびっきりの美少女であるメリーニールに睨まれて、目を泳がせ舌を噛みまくった青年兵は、そののちに漸くそう告げた。


「……いいわ、ここで言ってちょうだい」


「はい!『囚人が逃げました。草の都に入ったと思われます』です!」


「はぁ……嫌な予想が当たってしまったわね」


 溜め息を吐いたメリーニールはしばらく天井を仰いだ。そして組んでいた腕をゆるりと解き、兵団長に菫色の目を向ける。


「貴方も出て。簡単ではないけれど必ず捕まえてちょうだい」


「はっ」


「それから、目標と一緒に行動している奇妙な男はとても強いらしいわ。だから……」


 立ち上がりかけた兵団長は、不自然に視線をそらして言いよどむ(あるじ)を不思議そうに見た。

 もごもごと唇を動かしていた彼女は、やがて心を決めたように兵団長の逞しい肩に小さな手を添える。


「……だから、け、怪我しないでよね」


「!!」


 驚きに目を見開いた兵団長は、しかしすぐふわりと微笑んだ。


「はい、貴方様の御心のままに」


 頬を赤く染めたメリーニールは満足したように自分の椅子に戻った。兵団長も部屋を辞した。

 取り残されたのは青年兵だけである。今目の前で起こったことを飲み込みかねて目をぱちくりと瞬いていた。


「ちょっと貴方、いつまでそこに突っ立っているつもり? 暇なら貴方も都に出てちょうだい」


「へぇっ、あっ、はいっ!! 失礼致しました!!」


 バタバタと青年兵は出ていった。

 椅子に座り、足を組んだメリーニールは頬を押さえて溜め息を吐く。


「もう、私の馬鹿……彼があんな男に負けるわけがないじゃない……もう、馬鹿馬鹿っ」


 彼女は長らくこんな感じであった。

 そして恐らく、これからも一歩を踏み出しきれずにこんな感じなのであろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] メリーニールのキャラが好きです。 兵士を思いやって書けた言葉が……! 士気も倍増するでしょう。 長らくこんな感じであった、これからもこんな感じなのであろう。 この一文で彼女のキャラ性がとて…
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