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銀星と黒翼  作者: ふとんねこ
第一章.精霊の国編
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第1話.月夜の出会い

読んでみようと立ち止まってくださった読者様に感謝です。


 精霊の国ユグラカノーネが抱く世界樹ユグドラシルは火の枝、守り手たる枝守の住まう火枝宮。その床に衛兵の血が飛び散ったのは、ある静かな月夜のことだった。


 夜闇のように美しい青年が、火枝宮に降り立った。


 淡い月光に青、黒、紫、そして藍色に色を変える美しい瞳は暗く燃えている。艶のある青みを帯びた黒の長髪はポニーテールにされ、飾りの金環が鈍く光っていた。

 猫を連想させるしなやかな身体を包むのは黒と紫を基調にした、人の世ではキトンと呼ばれるものに似た動きやすそうな服。腰には細い銀のベルトが締められ、黒い鞘がぶら下がっていた。その下に白のズボンを履き、膝下で少し膨らむ裾を絞っている。足元は黒革の編み上げサンダルだ。


 そしてその(せな)に抱かれた黒い黒い翼。さわりと揺れる漆黒の羽根が触れ合って微かな音を立てる。


 手に握った黒い剣には彼が先程声を出す暇も与えず斬り捨てた衛兵の血がべったりと付いていた。月光の下、夜闇の悪魔の様に美しい青年はどこか作り物じみていて、命の気配であるその赤はとても場違いに映る。

 見回りの衛兵の足音を捉え、青年は藍色の目をそちらへ向けた。あまり騒がれては彼の目的の達成の障害となる。そう考えた彼は傍らの窓からするりと外へ出た。


(どこだ、イルジラータ。俺に炎を寄越せ……あいつを焼き尽くす炎を!)


 鋭い目で辺りを見渡し、心の中で憎しみに燃える言葉を吐く彼の名はシヴァ。復讐に焦がされ、精霊の王国ユグラカノーネへとやって来た冥界の青年であった。



 ユグラカノーネを支える世界樹の大きすぎる枝の上に構えられた火枝宮の外周を内心の焦燥を押さえつけゆっくりと飛んでいたシヴァは、そこでバッタリと外回りの衛兵に遭遇した。

 火の精霊であることを示す、硝子製の木の葉に似た薄赤の羽を持った衛兵は一瞬の後「侵入者だ!」と叫ぶ。舌打ちをしたシヴァはその喉をいとも容易く切り裂いて飛行速度を上げた。


 弓を持った衛兵が背後に現れる。飛来した矢が頬を掠めた。面倒なことになったと考えながらシヴァは空中でひらりと身を翻す。三日月の様な弧を描き、彼は衛兵の背後へ。先の尖った耳に揺れる雫型の青い宝石が月光に煌めいた。

 慌てて振り返ろうとする衛兵の首に死の黒い刃を添える。


「あっ、ひっ、待っ……」


 無言のまま軽く力を込めて刃を引けば、神聖なものとされる精霊でも命ある忙しき者であると示す赤き血潮が噴き出した。それを浴びないように避け、前方に沢山の衛兵の気配を察した彼は咄嗟に近くにあった小さな四角い窓へ飛び込んだ。硝子の張られていない、そこだけ石を積まなかったかの様に石壁にぽっかりと口を開けた窓であった。


 その窓が小さかったのと、若干慌てていたために大きな翼が石造りの窓枠にぶつかった。予期せぬ痛みに呻いて、上手く体勢を保てなくなった彼はそのまま部屋の中へ墜落した。




「……撒けた、か」


 衛兵たちが高い位置にある窓の向こうを通り過ぎていくのを確認し、シヴァは小さく息を吐く。


「今日はついてねぇな……」


 この分では、彼の目的である火の枝守イルジラータは警戒して部屋に結界でも張って閉じ籠ってしまうだろう。そうなると面倒が増える。


(さて、どうするか……)


 冷たい石壁に翼を潰さないよう背を預けて彼は考え込んだ。その時。

 しゃらり……と細鎖が触れ合う微かな音がした。


(誰かいる)


 それに気づいたシヴァは改めて暗い部屋を見渡す。目が慣れてきて分かった。やけに高い位置にある小さな明かり取りの窓、冷たい石壁と石床。そして四方の壁の一つには鉄格子。


 ここは石牢だ。


 黒剣を手にしたまま一歩踏み出す。少し先には窓から差し込む細い月光。その向こうに寝台があった。そこに誰かいる。身動(みじろ)ぎする人影は、その気配からして精霊だ。酷く怯えている。

 また一歩。そこでシヴァは月光の下に進み出た。


「……お前、何だ?」


 そこには細い両足首に、細鎖の付いた銀の枷をはめられ、桃色の瞳をいっぱいに見開いてシヴァを凝視する華奢な印象の少年がいた。



――――………



 突如として自身を捕らえる冷たい石牢に落ちてきた青年の姿に、薄紫の髪をした少年は怯えて震えていた。



 先程まで必死に息を殺し、血に濡れた剣を持つ悪魔の目が自分を捉えることがないように身を縮めていた。それなのにそっと両足を引いた時、壁に繋がる足枷の鎖が微かに鳴ってしまった。


また(・・)、殺されるの?)


 彼は身の内に巣食う呪いによって家族に忌み嫌われ、実の兄イルジラータの元で石牢に閉じ込められている。その呪いは彼に大量の魔力を与え、代わりに『不死』という禍々しい鎖で彼の命を縛り付けた。


 ユグラカノーネを治める、神聖なるアルタラの一族に生まれた悪魔。父王に剥奪された名はウルーシュラ。呪われた忌み子。そう称された彼の存在を滅するため、父王は、兄は、他の兄姉たちは、あらゆる方法で彼を殺した。

 しかし彼は死なず、しかも生まれたときに星の様な銀をしていた瞳が生き返る度赤みを帯びていった。それを見た家族は「このまま続けたら何が起こるか分からない」と彼を殺すのをやめた。


 その決定がなされた後すぐ、ウルーシュラ――ウルは自殺を試みた。牢に運ばれてくる食事の皿を割り、大きな破片を喉に突き立てようとしたのである。愛した家族に忌み嫌われ、幽閉され、時おり試みるように殺されるくらいならと。

 しかしそこでも呪いはウルを阻んだ。身体が動かなくなり、細い喉を抉るはずだった破片は石床に落ちて砕けた。



 ウルが夢見てやまない自由な空から降ってきた青年。その手には血に濡れた剣があり、自由を妨げる枷など無い。対してウルは牢に繋がれ、魔力を封じ込める枷を付けられて、抵抗する(すべ)を一つも持っていない。


(死んじゃう……)


 青年が一歩踏み出し、月光の下に出てきた。その姿にウルは息を呑む。


(黒翼、だ……)


 一時の間、少年は恐怖を忘れて青年に見入った。かつて自身に告げられた予言を思い出したのだ。黒翼に出会うことによって、彼の運命は動き出すと。

 火花が散る様な一抹の感動と、すぐに訪れる諦め。ここにいたら、予言だ何だと言う前にこの青年に殺されかねない。運命なんて、ここへ繋がれた時に停滞して、死んでしまった様なものだった。


「……お前、何だ?」


 青年はウルにそう聞いた。ウルはその声の冷たさに身を竦める。

 ウルがいつまで経っても答えないので、彼は音も無く寝台に歩み寄ってきた。それに怯えてウルは後退り、足枷の鎖がしゃらり、と音を立てる。


「お前、精霊だよな………羽がない。アルタラの一族、か?」


 彼の言葉の後半はウルへの問いと言うより自問の様だった。一族の精霊と他の精霊との明らかな違いである身体的特徴を知っているとは、彼は何者だろうと考えながらウルは後退るばかりだったが、ついに背中が寝台の頭側の壁に当たってしまう。これ以上は逃げられない。


 青年はその様子に目を細め、無遠慮に寝台に乗り上げた。


 今度こそ悲鳴を上げてしまいそうだった。しかし喉は凍りつき、桃色の目はひたと青年に定められたまま動くことができないでいる。


「ここへ滑り込んで良かったかもな……」


 少し痛かったけど、と彼はそう呟き、適当に握っていた黒剣をすらりと構えた。金の魔文字が刻まれた黒い刃に少年の目は釘付けになる。ごくりと息を呑む。その剣先が喉元に突き付けられたような錯覚、震えすら凍りついた。


(冥界の鉄だ)


 鈍く黒光りするその剣は、精霊が本能から忌み嫌う冥界ベリシアル特有の鉄でできていた。青年は剣先を彼に向けて微笑む。その艶然たる笑みからは、捕食者の持つ愉悦の気配と優越感しか感じられない。


「予定と違うけどまあいい。それに、お前には色々と利用価値がありそうだ」


 振りかぶられた黒剣の閃きは、目を閉じてもウルの目蓋の奥に鮮烈に刻みつけられていた。



 いつまで待っても死や痛みは訪れなかった。代わりにカシャンという小さな音と共に足枷が外れ、停滞していた魔力が元通りに温かく巡り出すのを感じる。


「どう……し、て……」


 長らく人と言葉を交わすことのなかったウルの喉から出た言葉は掠れていた。目を開けて切り落とされた枷を見つめ、顔をあげて青年を見やる。彼は無言で肩を竦め、遠くから聞こえた衛兵の声に目付きを鋭くした。


「今話してる暇無いから」


 そして彼は困惑しているウルをぐっと抱き寄せた。


「えっ、な、何をっ……」


「口閉じろ、舌噛むぞ」


 混乱して単語にならぬ声を漏らす彼を一言で黙らせて青年は黒翼を広げた。バサリ、と一度試すように大きな翼を動かし次の瞬間には寝台を蹴って飛び上がる。突然の浮遊感にウルが目を閉じるが、彼は構わず四角い窓から外へと飛び出した。


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[気になる点] >  ある月夜。月光にしんしんと静まり返っていた火の枝守イルジラータの宮城、火枝宮に降り注ぐ月光より静かに、夜闇より暗く美しい青年がやって来た。 冒頭の一文は以下のように読み替えれば…
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