第一巻 パート四
〜前回のあらすじ〜
不幸の予兆って奴だ。
十月三日 午前七時五十分
神城高校付近
『アルル・アルフォードパート その二』
二度目の気絶から立ち直った私は、必ず守らなければならない極印のルール、『極めた事の記録時は、他者の目が完全に届かない場所で行わなければならない』に則り、この辺りでは最も高度があると思われる、昨日みかけた学び舎の屋上を目指していた。
……のだ、が。太陽が昇り、屋根上移動を隠す黒が消えたのは、かなり致命的だった。
何故かといえば、現在進行形で周囲から容赦なく襲う好奇の目が痛すぎて、死にたくなるからだ。
ナイフの斬によって無残に破れ、取っ組み合いになったせいで乱れ、落ちた場所が枯れた花だらけの花壇だったおかげで助かりはしたものの、代わりに土で汚れた私の服。外見からして、今の私は相当な不審者なのだろう。
あー、早く魔界に帰りたいわ。それが無理なら、贅沢は言わないからせめて服の替えが欲しい。恥ずかしくて仕方がない。顔から火が出るとは、まさにこの事だ。
というより、物心ついた時に父から十着ほど渡されたこの特徴的な服……確か、呼称は『めいど服』だったか。私は、この服も周りが好奇の目を向けてくる原因の一端になっているのではないかと思う。
当時まだ幼かった私が持てる訳ないだろうに、何着も積み重ねて手渡ししようとしながら、父は言っていた。
(サイズが合うようになったら、毎日これを着るんだよ)
と。
そして、
(それが、君の宿命だから)
とも、付け加えていた。
私は、周囲から常に尊敬の眼差しを向けられていた父の言葉に、記憶している限りでは素直に「はい」と答えていた(宿命の意味がわからなかったから)。
しかし、今では安易に答えなければよかったと思う。よく考えたら、こんな愉快な格好で生きる事が宿命ならば、私は一体なんの為に生きているのだと甚だ疑問なのだから。
そんな事を思いつつ歩いていると、目指していた学び舎の校門が視界の先に見えてきた。
「……!?」
少し遅れて、思わぬトラブルも発生した。
昨日みた段階では大して気にならなかったが、学び舎の前にある妙に広々とした砂地が邪魔をして、屋上まで飛ぶには少々辛そうなのである。
ちなみに、私が異常なほど高く遠くまで飛べるのに、身体能力は一切関係していない。
どうやって得たのかの経緯は長くなるので省く。故に信じられないかもしれないが、私にはあらゆる風を作り操る能力があるのだ。風速も、風の進むルートも、思いのままに。
まぁ、それについての細かな説明はいずれしよう。今は、どうやって目的地まで移動するのかが問題だ。
強風を起こして、砂地の手前ギリギリから屋上まで一気に飛ぶという荒技もあるにはあるが――
そうなると、かなり強い風を起こさなければならなくなる。
見積もって、校門から横に百メートルはあるか。その距離を飛ぶ程の風だと、ルートを絞っても絞り切れなかった分の風が辺りを暴れ回ってしまう。そんな事態になれば、奴は必ず私を見つけるだろう。
昨日の少年が犠牲になってくれたおかげで得られた、一時の平穏。そのチャンスを上手く使わねば、彼があまりにも不憫すぎる。
騒ぎを起こすのはまずい。どこか、屋上に上がれる場所はないのだろうか?
とりあえず、私はこの学び舎まわりを一周してみる事にした。にしても、普遍な学び舎にこんなにも広大かつ贅沢な土地があるなんて、斜め屋根の事といい普通界とはつくづく理解できぬ界だ。