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クソゲーって言うな!  作者: おもちさん
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第7話  アドリブは程ほどに


武器なし、防具なし、薬すらなし。

無い無いづくしの勇者一行は、次なるイベントの地『リンクス大橋』へと向かう。

レベルも1のままなので、初期装備すら無い分開始時点よりも弱体化している。


次に現れるピュリオスはイベント戦であるので、戦闘に敗北する心配はない。

問題は2週目であること。

ユーザーを愉しませるべく、シナリオを良い方に改編させなくてはならない。

果たして今回はどのような結果に転ぶのだろうか。

ーーーーーーーー

ーーーー



「来ちまったな、リンクス大橋まで」


「ピュリオスさんに全任してしまいましたが、不安でなりません」


「あのぉ、もう橋の入り口ですよね。私はそろそろ抜けないといけないんですが……」


「そうだよなぁ。あそこの兵士と話したら離脱イベントが始まっちまう」



橋の手前を塞ぐようにして、1人の兵士が待ち受けている。

彼と話せば、次なる道が開くのと同時に、護衛者も離脱する仕組みだ。

神憑りな人気を誇るミーナであっても同様だ。

彼女を手放したくはないが、かと言って、今後も連れ回せるだけの根拠も思い浮かんでこない。


ユーザーも離脱を予見したのか、兵士に話しかけようとはしなかった。

リーディスたちをしばらくの間不規則に動かし続けて、ささやかな抵抗を試みる。

だが、何も好転はしない。

RPGにおいて『人による壁』というのは、何よりも鉄壁な防御力を誇るのだ。

『ちょっと脇を通りますよ』といって通過することはタブーなのである。


だが、その時だ。

事態を解決する救世主は、予期せぬ形で現れたのである。



「エア・ソード」



あらぬ方角から風魔法が唱えられた。

それは件の兵に向けられ、彼は吹き飛ばされて地に伏した。

橋の『守り』はこれにてがら空き同然となったが、喜んでばかりもいられない。

体にまとわりつくような笑い声が響き、リーディスたちは切迫した演技の必要性を感じた。



「ヌフフフ。見つけましたよ、勇者エイクショニウスの末裔とやら」



背後の森から魔人ピュリオスが姿を現した。

ミーナ離脱の前に、彼は独断専行。

登場すべきイベントを前倒しにしたのだ。

ごく自然に問題を排除したことはお手柄だが、伝説の勇者の名を間違えた事は減点である。


それはともかく、演技だ。

勇者たちは予定の変更に内心驚きつつも、臨戦態勢とともに役を演じた。



「お、お前は誰だ!」


「ヌフフフ。私ですかーぁ? 邪神軍参謀の魔人ピュリオスと申します。以後お見知りおきを……とは余分な言葉ですかねーぇ」


「参謀だと? 何だってそんなヤツが!」


「うんうん。気になりますよねーぇ? ですが、探求とは生者にのみ許された特権! これから死に行くアナタ方が知る必要はないのでぇーす!」



魔人の両手が怪しく光る。

そして両手に一つずつ巨大な炎が出現した。

中級の炎魔法であり、そのダメージ量は100以上。

今のリーディスたちが食らえばひとたまりもないどころか、即死する威力であることは確実だ。



「さぁ、誰から灰になりたいですか……なぁあッ!?」



舐め回すように動かされた顔が、ミーナの前で止まる。

そして硬直。

お手本のような驚愕の表情だが、それがわざとらしく見えなかったのは、彼の演技力の賜物たまものと言える。



「き、キサマは、大聖女!? なぜだ、始末したハズでは!」


「え、え、私の事ですか!?」


「魔人最強の魔力を誇る、この私が押し負けるなんて! これが、大聖女のチカラ……ぎゃぁぁあッ!」



ピュリオスの一人芝居が始まった。

自発的に魔法を暴走させ、殴られてもいないのに吹き飛び、悶絶しながら地面を転がりだしたのだ。

まさに独壇場。

共有不能なアドリブを前に、リーディスたちは誰も展開に追い付いていない。

当然だが、演技を合わせる事もできない。


それでもピュリオスは止まらない。

身体中が焦げ付き、泥にまみれ、眼は狂気と恐怖で歪みきっていた。

まるで予め設定されていたと思えるほどに、鬼気迫るほどのリアリティに溢れているが、むしろリーディスたちの方が恐怖を感じた事だろう。



「か、勝てない戦いなんかゴメンでぇーす! この場は失礼しますよーぉ」



軽快に身を翻し、ピュリオスは森へと消えた。



「待て! 逃げるな!」



リーディスは叫んだ。

心の底から叫んだ。

これはイベントの流れから出た言葉だが、彼らの本音も同じだった。

この大風呂敷を畳んでから帰れと。

せめて残されたメンバーが動き出せるくらいには、場を整えてから立ち去れと言いたかったのだ。

だが無情にも、ピュリオスは逃走に成功。

再び彼を探し出すことは不可能となった。


なので、リーディスたちの苦難は終わらない。

好き勝手に書き換えられたシナリオを、どうにかして修繕しなくてはならないからだ。

それぞれが、気まずそうに視線を巡らせる。

ゲーム上では不可思議な空白時間が生まれているが、当事者の困惑ぶりも、ある意味ではリアルかもしれない。

『大聖女』などという、謎の肩書きをもった少女が、メイドとして紛れ込んでいた……としたら、思考が硬直する方が妥当だろう。



「大聖女って何だよ、聞いたことねぇぞ」


「もしかして私が……そうなのですか?」



ここで注目すべきはキャラクターの役職だ。

リーディスは勇者、マリウスは村人とここまでは問題ない。

疑惑の人であるミーナは、メイドから大聖女にクラスチェンジしていたのだ。


ちなみに大聖女とは没データである。

終盤のお助けキャラとして登場させる予定だったが、突如見送りとなったという経緯がある。

性能はというと勇者をも凌駕する圧倒的なものだが、公表されていないデータである。

この時点ではユーザーはもちろん、キャラクターたちでさえ知らない。



「ミーナ。お前は何か、こう……強いんだよな?」


「この旅は困難を極めます。私たちに、今後も同行していただけると助かりますが……」


「あ、はい。私なんかで良ければ、お供します、ね?」



たどたどしいながらも、どうにかイベントを終結させることが出来た。

なかば強引な理屈であるにせよ、ミーナの残留にも成功する。

これをピュリオスの功績と称えるかは、意見が分かれるポイントだろう。


彼の功罪は半々といったところか。

だが、実は『罪』の方がいくらか大きい。

なぜよりにもよって『大聖女を選んだのか』ということだ。

具体的な問題点は、橋を渡りきってから判明する。


一行は気持ちを切り替えて、次の街への移動した。

道中に敵とエンカウントし、戦闘となった。

今度はユーザーも逃げる気は無いらしく【攻撃】が選択される。

どうやら『大聖女』の性能が気になるようだった。

現れた敵は新キャラである、老木の魔物ミステリーツリーだ。

腕試しには十分な相手だった。


【ミステリーツリーが2体現れた!】

【リーディス 攻撃】

【マリウス 攻撃】

【ミーナ 攻撃】


一斉攻撃となるが、全員が素手である。

そしてミステリーツリーを相手取るにはレベル7が相応。

本来であればダメージを与える事など出来やしないのだが。



「いきます! えいっ」

「ギュァァオオ!」


【ミーナの攻撃。ミステリーツリーは絶命した!】

【ミステリーツリーの攻撃。ミーナには掠りもしない】



さすがチート級のキャラクターである。

拳ひとつで遥か格上の敵を一撃で沈め、更には生き残った方の攻撃すら避けてしまった。

ちなみにリーディスとマリウスの攻撃は、傷ひとつ負わすことすら出来ていない。


迎える第2ターン。

このまま行けば、後一手で勝つことができる。

だが、そうはならなかった。



「いきます! えいっ」



ーーゴスリ。

ここでミーナのドジッぷりが発揮された。

拳は見事にリーディスの腰に突き刺さり、内臓に深刻なダメージを与えてしまう。

唐突なフレンドリーファイア。

それは勇者の命を奪うに十分な威力だった。



「ドジッたぜ、ちくしょう」



その言葉を最後にリーディスは倒れた。

すると、マリウスとミーナの体が、ひととき赤い光に包まれた。

これはシステム上設計されていた変化だ。

仲間のうちの誰かがやられると、生き残ったメンバーは短い定型文を叫び、能力が微増するのである。



「よくも僕の仲間を……許せません!」


「ひどい! もう謝ってもダメですからね!」



予め固定された言葉であるが、これ程に白々しい台詞もあるまい。

『謝っても許されない人』とやらは、彼らの隊列に紛れているのだから。


逆ギレコメントを発している間にも、敵の攻撃は止まらない。

だが、今回もミーナは難なく回避。

そして迎えた3ターン目。



「いきます! えいっ」


「グハッ! どうか皆さん、ご無事で……」



次の被害者はマリウスだった。

リーディスの動きをなぞるようにして、息を引き取った。


だが茶番はここまで。

ミーナが4ターン目で敵を殲滅し、戦闘終了となる。

大量の経験値を得たミーナはレベルアップ。

勝者である彼女だけが一気にレベル3まで上昇した。


また勝利を収めたので、リーディスたちは『体力1』状態での復活が許された。

余談だが、全員が力つきるとゲームオーバーとして扱われ、タイトル画面に戻される。


それからも前途多難な旅は続く。

やはりというか、敵と戦う度に惨劇は繰り返される。



「いきます! えいっ」


「ドジッたぜ、ちくしょう」


「いきます! えいっ」


「グハッ。どうか皆さん、ご無事で……」



必ずと言って良いほど同士討ちが発生し、最終的な生存者は常にミーナだけだった。

その結果、次の町に到着した頃には、彼女ひとりがレベル6にまで上昇。

ゲーム進行上は全く問題が無いため、この歪みきったバランスは正されることなく次のイベントへと進むのだった。


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