04.至福のデリツィオーソ
食事をしながら奴の様子を窺う。
スープ用の匙ですくい口元へ。
芋をすり潰した滑らかなポタージュには
モリヤギの乳が使われているのだろう。
あの使用人の女は中々の腕だ。
様子を見られているのは私も同じらしい。
「なんだ。言いたい事があるなら言え」
「......いやぁ...なんつぅーか」
「結構普通のもん食うんだなって」
キッと男の目を睨む。
いちいち私をイラつかせる嫌な奴だ。
そもそも精霊が特定の物しか食べないのは
ただの嗜好の違いである。
木ノ実、果物、草花など好きな物ばかり食べるが
私は人に近い生活をしていたからか
特異な味付けでない限り何でも食べる。
好みなら甘いものか。
(おいしい...これはなんだ?)
「それはシュガーフラワーだよ」
「お砂糖みたいに甘いでしょ〜?」
少女...名前はなんだったか...
リゼ?リーゼだったか?まあどちらでもよい。
「紅茶に入れても美味しいんだよ」
言われた通りに花を浮かべてみると
カップの中で花弁が開くように広がり
良い香りと共に溶けて消えた。
「華やかな香りと優しい甘さだな...」
「でしょでしょ!おいしいでしょ!」
.....何を馴れ合っているのか。
こんなことをしている場合ではないのだ。
これを飲み終えたらさっさと帰ろう。
「それでさっきの話なんだけどさぁ...」
「・・・・・・・」
(やはりお前は話を戻すつもりだな...)
食事くらいで懐柔されるような私ではない。
ここからは沈黙を貫くことを決めた。
「俺は北部解放戦線所属だ」
「これからザルツヘイムの首を落とす」
(...唐突に血生臭い話だな)
戦争はほぼ終わったに等しいが
レジスタンスの活動は活発化している。
これからの国をどう変えていくのか案もなく
貴族や戦犯の首を落とすことばかり考えていて
正直好きな輩ではない。
「.....落としてどうする?」
つい口を挟んでしまった。
悪い癖だ。
「俺はソフィアを連れ戻す。必ず.....」
女の話とはよくあるパターンだな。
連れて行かれて助けなきゃ的なものであろう。
つまらないし同情もしない。
弱いからいけないのだ。
弱いから守れない。
そんな局面は嫌という程見てきた。
「手伝えと言うなら断る」
「いやぁ...そこをなんとか.....」
席を立って足早に玄関へと向かう。
カチャ...カチャカチャ...扉が開かない。
「悪いが結界を張らせてもらった」
「話だけでも聞いてくれないか」
イラ...イライラする...
そういえば武器も返されていないじゃないか。
私は暖炉の火かき棒を手に取ると
追いかけてきたアイツに宣戦布告をした。
「出さないつもりなら全力で行くぞ」
「オズ勝てるの?やばいよ」
「仕方ないさ...言っても聞かないだろっ!」
ジャキン...
卑怯者が迷わず剣を振るってきた。
火かき棒相手に恥ずかしくないのだろうか。
“火炎鬼気乱舞”
「おいっ!頼むから室内で火魔法はやめろって!」
「むぅ...イチイチ細かい奴めっ」
いっそ燃やしてもよかったのだが、炎を鎮める。
どのみち精霊相手に人間が勝てるわけがない。
「これで勝てるとは思うなよ」
「アンタの強さならよく知ってるさ」
「この...減らず口めがっ!!!」
キーンッ...ジャキン...バシッ!...バシバシッ!
「ってえ...くそぉマジで手加減無しかよ」
「本気を出したつもりはないが?」
数回叩いたり小突いてやっただけだ。
奴は情けなく床に倒れこんだ。
勝負あったな。
バシャァ...
使用人の女が急にバケツの水をこぼす。
靴に少しかかったか...ん?
“聖なる水の結晶”
...しまった!
濡れた足元がミシミシと音を立てて凍りつき
一気に膝...いや、すでに胸元まで達している。
この魔法はおよそ人間業ではないし魔術とも違う。
身動きが取れない。
これは...
「お前...精霊なのか!?」
「うん、エルフ族だよ。耳は尖ってないけどね!」
おどけて耳を見せる少女。
確かに人間の匂いがしているし
通り過ぎた時も私に気付いてはいなかったが...
「お父さんは人間でお母さんはエルフだよ!」
混血か。
エルフ族にはそんな奴らがいるらしいな。
あいつらは精霊にも人間にも近しくて
常に綺麗事ばかり並べる融通の効かない生き物だ。
それに自ら血を薄めるとはなんて愚かな行為なのだろう。
同じ精霊の隠し身にも気付けない中途半端な我が子。
それが可哀想だとは思わないのか。
とにかく抜け出さなくては...
“火炎鬼気乱舞”
「無駄だよ。それ氷じゃなくて水晶だから」
「一度固まったら解除しないと出られないの」
ピキッ...ミシミシミシ
一気に頭まで結晶に包まれる。
この...
“はい!これでお話聞いてもらえるよ?”
“さすがにやりすぎじゃないのか...”
“女神をこんなしたら恐ろしくて解除できないだろ”
“大丈夫だよ。きっとわかってくれる”
この.....
“何からどう話せばいいんだ?”
“はぁ...オズはここぞって時に弱いんだから”
“じゃあお前から話せよ”
“なんでさぁー!意気地なしだなー”
いいかげんに.......
“あれ?なんかヤバいぞ...”
“この魔法はそんなに簡単じゃないよ”
“いや、マジでヤバいってヤバ.....”
パリィィィィンッ!!!
「いいかげんにしろっ!私を無視するなっ!!」
ハァ...ハァ...やっと抜け出せた。
全神経を怒りに集中させた甲斐があったな。
「あ...なんか放置してて悪かった」
「無視しちゃってごめんなさい」
そこじゃないだろう。
なんて間の抜けた奴らだ。
しかし勝機はあったのだが...悔しい。
あの少女が精霊だと早く気付くべきだったのだ。
“天が導く偉大なる雷光”
あれを魔石も使わず簡単に放ったのだから...
「や、降参だっ。もう引きとめないからさ...」
「ほら、結界も解除するし...リゼ!早く解除だ」
「あきらめちゃうの!?オズが言い出したんだよ!」
隙を突かれたのは確かだ。
こればかりは言い訳ができない。
素直に私の負けだ。
「話だけだ。それに条件がある」
「シュガーフラワーを入れた紅茶をもう一杯だ」