03.贖罪のデジュネ
「エレナ、昼食の用意は出来ているかい?」
「は、はい。あとは盛り付けるだけなので直ぐに」
女はやはり使用人で、この少女は彼の娘だろう。
オズ...オズワルドとか言っていたか。
嫌なやつだ。
少女が私を部屋に連れ込む。
まだ眩暈が残るため大人しく従うしかない。
「コレとこれ、どっちかな?」
ワンピースを二着差し出してそう聞いた。
「......そっちか」
「そうだよねぇ、私もこっちだと思った」
適当に答えたのだが、彼女は嬉しそうにそう言った。
着替えてみると丁度いいサイズだったから
この娘の服ではなさそうだ。
「これ?これはお姉ちゃんの服だよ?」
「今はここにはいないから借りてても平気だよ」
“ここにはいない”の意味はどういう事だろう。
家を出たのか、病気か何かで死別したのか
あらゆる想定ができるが、あえて聞かなかった。
姉妹のように手を繋いでダイニングへと案内する。
この少女からは少し寂しさを感じたが
努めて平静な態度をしているように思う。
暫く廊下を歩くと扉の前で彼は待っていた。
「お待ちしておりました。中へどうぞ」
「やりすぎだよオズ。逆に感じわるくなってる」
彼女の言う通りだ。
軽く会者をして執事のような身振り。
媚を売られているようで感じ悪い。
とりあえず中へ入ると長テーブルに料理が並んでいた。
「わからないから色々作らせたんだけどね」
スープに生魚のマリネ、スモークされた肉や果実など
庶民の昼食としては少々豪華だ。
無言で席に着くと使用人の女が水を注ぎに来た。
「あぁ、まるでソフィア様がおられるようで...」
ソフィア...この服の持ち主であの少女の姉か。
「そうだね。これでドジならソフィアだよね」
「あいつとは違うさ。なんてったって彼女は王国の蒼...」
......!?
そこまで言って彼は口籠った。
お前は知っているのだな。
どうりで何度も何度も森に来るわけだ。
「要求は何だ。お前の力になるつもりはないぞ」
王国の蒼い翼。
森で暮らす前。ずっと遠くのケイバスにある王国。
王国といっても王政をとっているだけで隊は少数。
殆どは国民から義勇兵を送り出していた。
当然の事ながら防衛戦のたびに領土は減り
追い詰められた王は苦肉の策として傭兵を雇った。
今にも潰えそうな国を救う為に編成された特殊部隊。
剣術、槍術、弓術、もちろん魔術も含めて
なけなしの金で優れた者を集めた筈であったが
状況が変わる事は決してなかった。
人間と言うものは思考能力が弱い。
私は人を装い側から戦禍を見守っていた。
それは不謹慎だが少し面白くも思えた。
能力が高くても無駄な動きをするし
無能だが毎度必ず生きて帰る奴とかもいる。
“自分だったらどうするだろう?”
いつしかそう思うようになっていた。
そしてつい手を貸してしまったのだ。
義勇兵を装い、統制の効かなくなった戦地で
生き残った者達を指揮した。
するとどうだろう。
毎度生き残る無能と思われた兵士は中盤で弓矢を放ち
前線に負けず劣らずの活躍を見せた。
私はただ鼓舞しただけだというのに。
さらに倒した兵の鎧を剥がして
それを着させた兵士に馬で嘘を流布して周らせた。
ハッタリをかましたのだ。
“東からケイバスに援軍が来ている”
“隣国のウォンサーが合流したようだ!”
そんな筈がない。
国交すら結んでない隣国なのだから。
冷静に考えればわかるはずなのだが
一度狂ってしまった指揮系統は戻らない。
疑心暗鬼になった相手国の兵は撤退。
それでも手を休めずに追い討ちをしかける。
「逃げ腰の敵など怖くはないぞっ!」
「ウォォォォォォォォ!!!」
負け戦ばかりの兵士たちは鬱憤を晴らすかの如く
勢いを増して襲いかかった。
「出来る限り生け捕りにしろっ!」
「コイツらは良い交渉材料だからな」
...というのは建前である。
そもそもこの国の義勇兵は優しすぎるのだ。
人を殺したりなんて出来ないほどに。
それは“生け捕り”と言った後の行動力を見れば明らかで
義勇兵達は積極的に敵を捕まえに行った。
そろそろこちらも撤退させる。
疲れもだいぶ見られるし、残存兵の姿ももう無いからな。
ぞろぞろと隊を率いて城へと向かうと
早馬で吉報を先に聞いた民達が出迎えに来ていた。
「この方が指揮をとられたんだ!」
「女だぞ...(ざわざわ)」「娘っ子だ...(ざわざわ)」
彼らに取り囲まれてしまい、引くに引けなくなった。
仕方がないのでハッタリ続けたら王の間まで通された。
(マズイぞ...こんな筈では...)
戦うところまでしか想定していなかったから
これはかなりの想定外。
本来は出来る限り人間に近づかないのが基本だ。
「キミはこの国の者ではないね?」
「えぇ...はい。そうです」
開口一番、労いの言葉も飛ばしてそう聞かれた。
「透き通った白い肌。宝石のように艶やかで美しい黒髪」
「キミは...精霊か何かだね?」
王は何故か一発で私の正体を見破ったが
後に聞いた話ではハッタリ返されただけだったらしい。
まんまとしてやられた訳だ。
「そうか。よく指揮してくれたぞ戦女神ウォーリア」
「...どうか生き残る術を享受してはもらえぬか」
先ほどの不躾な態度とは打って変わって
王はその立場も顧みずに膝をついて深々と頭を垂れた。
先に手を出したのはこっちであるし
享受だけならと隊を引き受ける事になった。
自由にやって良いという条件も付けて
戦いの血が湧き立つのを感じた。
そう。私は戦う事が大好きだ。
皆の言う女神ではないが戦いの精霊なのだから。
色々な戦に流れては加勢して、気づかれぬように去る。
女神ヴァルキュリアとは違い何の思惑もない。
私の場合それはただの趣味に近い感覚だ。
それが戦場に生まれし精霊ウォーリア。
大地が生んだ戦の申し子。
自由にして良いという願ったりかなったりの条件。
やりたいようにやらせてもらう事にした。
それに元々この辺りの血筋は魔力が高いから
鍛えればそこそこ使える駒になるであろう。
まず私は真っ先に旗を作るように指示を出した。
この国の伝統でもある深い蒼の生地を選び
王の紋章である獅子の刺繍を施した大旗を二十ほど用意する。
次に鎧のカラーは落ち着いた色に一新。
縁取りにも黒いラインを入れてみた。
まあ悪くはない。
旗と合うように兜には青い羽飾りを付けた。
懐疑的に見られていたが隊列すると皆納得した。
二列に並んだ旗は風に煽られて
まるで大きな翼のようにたなびいている。
圧巻だ。人々は歓声をあげた。
そう、これもハッタリなのである。
嘘も百回つけば誠とはよく出来た言葉だ。
指揮は上がり、敵は怯みで途端に常勝。
その度に兵を増やし旗も増やしと
ケイバスの王国は一躍大国へと様変わりした...
.....と言うのが今に伝わる王国の蒼い翼。
思い出したくはない過去の話だ。
「悪い。確かに俺はあんたの事知ってた」
「最初からこの指輪で姿も見えてた」
「だけど利用しようとかそんなんじゃない」
嘘だ。これは嘘を付いている顔だ。
彼は目を合わせずに淡々とパンを切り分ける。
そのぎこちない手つきに私は警戒を緩めなかった。