02.断罪のアジタート
夢に魘されていた。
漆黒の宇宙の中を一人彷徨っている。
誰も気付いてはくれないだろう。
それに助けてなんて言える筈もないし
言うつもりも、言う相手も居ないのだから。
口腔内を冷たい液体が伝うのを感じる。
外は何か暖かい光に照らされているようだ。
(この暗闇が怖い。どうしてだろう)
(まるで子供のようだな...)
その光に導かれるように
暗闇から逃げるように
私は重く閉ざした瞼を開いた。
ベッドに寝かされている。
傍らには見覚えのある男が私の手を握っていた。
(そうだ。この男は...)
ふと我に返るとその手を思い切り振り払って
剣を...剣が見当たらないので切り替えて拳を繰り出す。
パシーンッ...
「ふう、急に危ないじゃないか」
男は逆上するでもなく穏やかにそう言った。
攻撃を止められたのは単に私の力のなさだ。
全身が鉛のように重たい。
せめてここから逃れようとしたが
ベットの下へと転がり落ちた。
「まだダメだよ。少し大人しく、ね?」
そう言うと私の体をまるで姫を抱くかのように
抱え上げてベッドに寝かしつけられた。
......何かを思い出す。それと似た何か。
そしてそれを思い出して湧き上がる感情は
あまりにも屈辱的だった。
「お前はだれだ...」
「俺はオズワルド。あんたはウォーリアで合ってるかな?」
「・・・・・・・」
「あの太刀回り、判断力はさすがだったよ」
「危うく殺されていたところだ」
そうだろうか。
お前はあの時一撃で射止めたというのに。
「さっき毒消しと治癒薬を飲ませたから」
「じきに動けるようになるさ」
そう言い残すと部屋から出て行った。
どこまで私を辱めるつもりだ...
最初からそうだ。アイツは只者じゃない。
森に入ってきた時からずっと。
ケイブドラゴンの僅かにある急所なんて
特殊な弓矢とて狙い撃ちなど出来る筈がない。
ぼうっとする意識の中で
私は悪い夢でも見ているのだと思った。
少し疲れたな...眠ってしまおう。
次に起きた時にはきっと 全て忘れているだろうから。
......扉の開く音がして再び目を覚ました。
「おう。おはようさん」
「もう三日も寝てたんだぜ?腹減ってるだろ」
そう言うと大きな鞄の中から何かを取り出す。
「これはキノコだろ...それに木ノ実と果実と...」
「あと幼虫もあるからー」
(幼虫!?やはりこいつは馬鹿にしているのか!)
サイドテーブルに並べられた“それら”が入った小瓶を
払うようにして全て床に落した。
「あぁ、わりぃ。怒らせちまったか?」
申し訳なさそうに男は顔色を伺う。
私は無言で睨みつけた。
「精霊さんが何食うかなんて知らなくてさ」
「適当に見繕っただけだ。なんの意図もないさ」
瓶が割れて床に飛び散った木ノ実を拾いながらそう続けた。
「箒とチリトリ持ってくるから、そこ歩くんじゃないぞ」
男が部屋を出て行く。
逃げ出そう。今なら魔力も体力も十分であろう。
私は気付かれぬよう姿を消して建物内を移動した。
途中、15、6歳位の少女と召使いと思わしき女がいたが
無論見えていないのだからそのままやり過ごす。
これが外へと通じる扉だろうか。
風と光が少し差し込むその扉を押し開けると
あの男が箒を持って立っていた。
(・・・・・・なぜ目が合っているのだろうか)
気のせいか男の顔が少し驚いているように見える。
「......なにやってんの。飯くらい食ってけって」
中に入ってきて扉を閉める。
驚くのはこっちの方だ。
どう見ても人間のくせに私が見えているのか?
呆然としていると男もマズイといった顔をした。
事態を把握したようだ。
「お前!いつから私が見えていた!」
「ええと...一ノ森?ニノ森?」
「...一番最初の時からだと言うのかオマエは!」
イライラする。イライラする。イライラする。
ずっと気付かない振りをしていただと!?
「いや...飯食ってるとことかは見てないし」
「ヤバイって顔した時は帰るようにしてたけど...ね?」
だからか。だからいつも無理せず帰っていたのか。
警戒する顔も、馬鹿にした顔も、杞憂する顔も
ヤキモキする顔も全部見られていたのか!
何故そう感じるのかはわからないが
怒りの後、凄まじい恥ずかしさが込み上げる。
男の持っている箒を取り上げそれで叩く。
叩く叩く叩く叩く叩くっ!!
「いてぇ...ちょっと、まっ...いてっ...」
許せない...絶対に許すまじ...
こんな奴は物理攻撃で十分だっ!!!
「リーゼ様っ!オズワルド様が箒の...」
「箒のお化けに襲われていますっ!」
召使いらしき女が腰を抜かしながら大声で叫ぶと
奥から先程の少女が姿を現した。
「エレナ。またおかしな事を言っているの?」
「違いますっ!そこに...」
「あ、本当だ。叩かれてるねぇ」
少女は興味深そうに見物している。
「おぃ...助けろって...リゼ..いてぇ...ひぃ」
「仕方ない。恩を売っておこう」
そう応えると手を振り上げて小さく詠唱する。
“天が導く偉大なる雷光”
強い光と衝撃で壁まで吹き飛ばされる。
視界が眩んで立ち上がれない。
「あれ、おかしいな。浄化されないや」
近づいてきて不思議そうにそう言う。
ゴースト系の魔物だと勘違いしたようだ。
そもそもこんな少女が使う魔術ではないが...
「大丈夫?きっとこの前の女神さまだよね」
「オズ、一体何やらかしたのさ」
少女は私に肩を貸すと、男に視線を送る。
「ちーがーうって。急に怒り出したから...」
男は弁明すると立ち上がって私の所まで来た。
髪と衣服を整えると急に畏まる。
「戦女神ウォーリア。無礼があった事を詫びたい」
「どうか許して頂きたい」
怒るわけでもなく、片膝を付けて謝意を述べた。
コイツは本当にズル賢い奴だ。
こんな風に謝られては無下には出来ないのだから。