旗揚げ戦は大晦日だ
カイザー大和がマイクを手にし、名誉会長就任の挨拶をした。
「えー、皆さんお久しぶりでございます。
この度、TMNの名誉会長という事でね、まぁその挨拶をってワケですが、今のプロレスには戦いが無いっ!
私がWWAを売却してオーナーの座を降りた後、ここにいる佐藤と山田の3人で本物の闘いを見せるプロレスをやってやろう、という事で水面下で色々と準備を進めてまいりました。
私は海外に渡り、世界各国の未知の格闘家と会い、今度日本でこういう団体を作るので、是非来日して欲しい、という話をしました。
現段階ではまだ明かせませんが、オリンピックのゴールドメダリストの柔道家やレスリングの選手、サンボ世界選手権で何度も優勝経験のあるサンビスト、そしてブラジルでは柔術のトップクラスの選手、オランダ、タイではキックボクサーのチャンピオンと、ありとあらゆる格闘家に会い、TMN旗揚げの為に力を貸して欲しい、という事を説明して、既に数名の格闘家が日本に来日して旗揚げ戦に参加する予定です。
まぁ、今回はWWAという団体が二つに分かれたという事でね、片やエンターテイメントなプロレス団体、そして我々の団体という事になりましたけど、ようやく準備が整い始め、今回の会見に至ったワケです。
後は日本人選手ですが、今の段階ではここにいる神宮寺しかおりません。
これからアマチュアの格闘家や、他の団体で試合をしているが、どうもその団体のカラーに馴染めないという選手がいれば、私はこのTMNに入門して欲しいと思っております。
そんなワケでね、まぁTMNは格闘技団体という見方になるかも知れませんが、あくまでも我々が目指すのは本物志向のプロレス団体です」
カイザー大和は今までの経緯を説明した。
WWAを売却した理由は、カイザー大和のサイドビジネスが傾いて、火の車になったから売却したという事だ、と伝えられたのだが…
カイザー大和というプロレスラーは偉大なるレスラーだった。
今までに無い斬新なアイデアで、プロレスこそが最強という称号を得る為、異種格闘技戦を何度も行い、勝ってプロレスラーの強さを証明した。
プロレスラーカイザー大和はリングの上では輝いていた。
だが、リングを下りると、カイザー大和から、大和悠平という、一人の人間になるのだが、かつては佐藤さんや山田さんも、この大和悠平のどんぶり勘定な経営に相当苦労したと聞いた事がある。
これで本当に大丈夫なのだろうか?
まだ道場も出来上がっていない、選手の確保はしているというが、一体どの国の格闘家を呼ぶのか?
それに団体を設立して、いつ旗揚げ戦をやるつもりなのか、オレの心中は不安だらけだった。
会見の場に出席したのはいいが、オレはほとんどコメントする事無く、終了を迎えようとしていた。
「ところで肝心の旗揚げ戦はいつどこで行う予定ですか?」
記者の一人が質問してきた。
オレも全く聞かされていない。
するとカイザー大和は再びマイクを手にし、記者の質問に答えた。
「旗揚げ戦は大晦日のスーパーアリーナです!」
…大晦日?それってDiamondの年末格闘技イベントと一緒の日にやるってのか?
会場内がザワザワし始めた。
「それはDiamondの大晦日のイベントに対抗するという意味ですか?」
誰もがそう思うだろう。
記者だけじゃなく、オレも同じ事を思っていた。
「向こうは総合格闘技の年末のイベントで、こっちは旗揚げ戦です。
それと、一つ言い忘れてましたが、我々の団体にはブックは存在しません!
皆さんもそうだが、一般の人々も様々な媒体でプロレスの内部事情を知るようになりました。
まぁ、いわゆる暴露本というヤツでしょうが。
あれに書かれている事は事実です!」
公の場でこんな事を言っていいのか?
確かにオレたちの専門用語である、ブックやアングル、シュートやケーフェイ等はもう消滅してしまった団体の関係者が書いた暴露本によってプロレス界の内情が露になってしまった。
【全てのプロレスの試合にはシナリオが存在する。
勝敗は試合前に打ち合わせで行われ、対戦カードを組むマッチメーカーが決める事だ】と。
あの頃は総合格闘技がプロレスの存在を脅かす程の勢いで、総合格闘技こそがガチで、プロレスのやってる事はウソっぱちな勝敗で、プロレスラー最強だなんてあくまでも幻想であり、総合ファイターこそが真の最強である、と物議を醸し出した。
当時はプロレス界で頂点を極めたレスラーが総合格闘技にチャレンジしたが、ことごとく敗れ去り、プロレス最強説は音を立てて崩れ、プロレス界には冬の時代と言われた時期があり、どの団体もチケットが売れず、いくつもの団体が消滅した。
ここ最近になって、総合格闘技ブームもやや下降気味になり、プロレス人気も徐々に右肩上がりになってきた。
ファンもプロレスはプロレス、総合は総合、と言った具合に見方を変え、プロレスにはプロレスの良さが、総合には総合の良さがあるから、比較しても意味無いじゃないか、という意見が多くなってきた。
それなのに、旗揚げ戦を敢えてDiamondと同じ大晦日に行うなんて…
しかも会見の場でブックは一切無しの真剣勝負、とまで言いきって大丈夫なんだろうか?
大晦日に旗揚げ戦を都内で最大の規模を誇るスーパーアリーナで行うとなれば、早急に道場の完成と、選手の確保、そしてルール等を決めなければならない。
ホントにこの人に名誉会長を任せてもいいのだろうか?
オレは佐藤さんと山田さんに挟まれる形で会見の場にいたが、二人とも自信に溢れる表情をしている。
という事はTMNは大成功を収めるという勝算でもあるのだろうか?
オレにとっては、何から何まで【?】の付く会見だった。
大晦日まで後四ヶ月、オレはプロレスラーだから、やれと言われれば試合はするが、どんな相手と闘うのだろうか?
会見が終わり、オレは一足先に帰り、その日はトレーニングをせずに家で過ごした。
一方、カイザー大和を中心にしたかつてのWWAの名参謀、佐藤さんと山田さんは会見が終わると、その足で空港へ向かい、カイザー大和と共にTMNに参戦予定の選手達と本格的な契約を結ぶ為に旅立った。
オレはTMNに移るしかなかったのだろうか…
従来のプロレスではなく、格闘技路線の闘いでやっていくしかなかったのだろうか。
不安材料はいっぱいあるが、とにかく大晦日の旗揚げ戦に向かってトレーニングするしかない。




