総合格闘技参戦
財前は俺とは違い、格闘技の経験はなく、元々は陸上出身のヤツだ。
恵まれた身体能力としなやかで鍛えぬかれた体格と爽やかな顔立ちだが、入門当初は身体の線が細く、プロレスラーというよりは、アスリートの様な体型だった。
だが道場での厳しいトレーニングにも耐え、徐々にプロレスラーらしい体型になっていった。
財前はウエイトトレーニングを重点的に行い、細かった身体がパンプアップしたかのように胸板に厚みが増し、上腕二頭筋もそれに伴い太くなっていった。
余分な脂肪が付いておらず、筋肉のみを付けてウエイトアップさせる肉体改造に成功し、プロレスセンスの良さも加えて、デビューはオレたち同期の中で一番早かった。
会社側も財前のスター性に目をつけ、僅か3年でタッグ王者に輝き、その後はシングルプレイヤーとしても、華麗な空中殺法に間の取り方や技をかけるタイミングと、相手の技の受けっぷりも良く、一流レスラーの仲間入りをする。
そしてデビューして5年目で団体のチャンピオンに輝いた。
名実共に団体のエースとしてプロレス界を牽引し、一時期総合格闘技の台頭で低迷していたプロレスを盛り返した立役者だ。
ヤツの必殺技はトップロープに上り、倒れた相手に半身を捻りながら回転して全体重を浴びせる【トルネードプレス】という技だ。
この必殺技で幾多のレスラーを破り、団体の対抗戦にもメインイベントで出場し、チャンピオン同士の闘いという団体を懸けた試合を、この技で勝ち、我が団体は国内でナンバーワンとなり、その年のプロレスMVPにも輝いた。
そして10年経った今、俺はタッグチャンピオンになったばかりの中堅的な選手で、あいつは日本のプロレス界を代表する存在になった。
周りからチヤホヤされて何の挫折もなく他人の敷いたレールに乗っかりチャンピオンになったアイツと、入門当初から徹底的にシゴかれ、時には道場破りの相手をさせられ、スパーリングでは先輩選手にボロボロになるまで相手にさせられてきた俺とは雲泥の差だ。
ただこれは俺の嫉妬も若干入っている。いや、ほとんどが嫉妬だと言っても過言ではない。
だが、俺はアイツと決定的な違いがある。
俺はかつて総合格闘技のリングに上がった経験がある。
3年程前に我が団体は総合格闘技イベント、Diamondからの打診があった。
ウチの選手を一人出場できないだろうかと。
対戦相手はブラジルの柔術家で、MMA(総合格闘技)4戦全勝の選手だ。
上層部は迷いに迷った挙げ句、俺に出番が回ってきた。
理由は道場でのスパーリングでは誰にも負けなかった。そして試合では使用してないが、独自に打撃の練習もしていた。
その様子を見ていた上層部がオレにこの話を持ち込んできた。
確かにレスリングの経験はあるが、総合格闘技となると闘い方が丸っきり違う。
プロレスのように相手の技を受けてる場合ではない。
打撃を受けたら即、KOもしくは今後のレスラー生命すらどうなるか解らなくなる危険すらあるし、関節技もタップするのが遅かったら骨折や脱臼の危険性も高い。
闘い方が全く違うのだ。
総合格闘技もプロレスも、打投極という、打撃と投げ技、そして関節技や締め技を極めるという点は一緒だ。
オレは迷った。特にオープンフィンガーグローブで相手の顔面にパンチを叩き込む、時にはマウントポジションといって、馬乗りの状態からパンチを振り下ろすというバイオレンス性の高い格闘技だ。
オレは試合でもパンチを出すが、決して拳で顔面を殴ったりした事はない。
パンチを出したかのように見せて、頸動脈あたりに拳を握った状態で掌で打ち付ける。
あんな薄いグローブで相手の顔面にパンチを叩き込む事が出来るのか?また自分もその状況に追い込まれた時、どうやってディフェンスするのか、独自にやってる打撃の練習だけじゃまだまだ通用しない。
断っても良かったのだが、過去にプロレスラーが総合に挑み、幾度となく敗れ去った光景を目の当たりにし、プロレスラーはホントは強くないんだ。プロレスラーが強いというのは幻なんだという風潮を覆したかったという想いはあった。
それと道場内にはスパーリングで俺に勝てる相手がいなくなった程、俺は強くなった。
後は打撃技をマスター出来れば総合格闘技に十分に対応出来る。
俺は総合格闘技のリングに上がる事にした。
対戦相手の柔術家のビデオを観たがこれといった印象もなく、ただ寝技に持ち込み、膠着した状態が続き、判定で勝ちを拾ったようなそんな闘い方だった。
勝てる!100%実感した。