兄を越えられなかった弟
デヴィッド・シュナイダー。
この名前を知らないプロレスファンはいないという程、20世紀最高のレスラーだ。
当時まだ権力のあったアメリカの団体、PWA(プロフェッショナル レスリング アソシエーション)の世界チャンピオンで、長きに渡り王者に君臨したプロレスラーだ。
必殺のバックドロップ、ジャーマンスープレックス他にも挙げるとキリが無い程、多彩な技で王座を何度も防衛した正統派レスラーだ。
初来日した時は今から半世紀以上も前で、タイトルマッチを行った。
当時日本には帝国プロレスという団体しかなく、その創始者でもあり、エースの海王山がシュナイダーのベルトに挑戦したが、実力の差はハッキリと目に見えて、危なげなくタイトルを防衛した。
妥協無き、ストロングスタイルで、シュートにも強く、リングの内外問わず仕掛けてきた相手には負傷させ、レスラー生命を絶たれた選手もいる。
そして必殺のバックドロップでリング上で人を殺めてしまった事もある。
以来、バックドロップやジャーマンスープレックスという投げ技は相手の力量に応じて、受け身の上手い選手には使用したが、それ以外の選手には封印していた。
それでもシュナイダーを脅かす選手は現れず、40代を過ぎた頃にはタイトルを返上し、数年間帝国プロレスでコーチをしていた。
当時、若き日のカイザー大和はシュナイダーのストロングスタイルに憧れ、誰よりも早く練習をして、シュナイダーとマンツーマンでスパーリングやトレーニングをしていた。
カイザー大和にとってシュナイダーは師匠にあたり、その技は現代のプロレス界でも多用されている。
ドイツ出身のシュナイダーは、プロになる前、グレコローマンのレスリングでオリンピックに出場した経験を持つ。
その後プロに転向し、イギリスに渡り、ロイズ・カーウィンと共にキャッチレスリングを学び、カーウィンは弟弟子にあたる。
日本でもカーウィンとシュナイダーのシングルマッチが行われたが、スピーディーかつ、数々の技を披露し、フルタイムドローの引き分けに終わった。
その頃、カーウィンは30代前半だったのに対し、シュナイダーは40代後半で、しばらくリングから遠ざかっていたのだが、それでも脂の乗っていたカーウィン相手にひけをとらないレスリングを展開していた。
プロレスの帝王、鉄人や神様とも表現され、シュナイダーも大の日本好きで、ちょくちょく訪れては、若手相手にスパーリングで極めまくっていた。
だが、5年前にシュナイダーはガンで他界、日本プロレス界でも追悼の意を込めてテンカウントゴングを鳴らし、黙祷した。
その弟である、ダグ・シュナイダー。
彼も兄のデヴィッドと共にキャッチレスリングを学び、プロレスラーに転向したが、兄のデヴィッドとは違い、強さをだけを追い求め、各国のプロモーターとぶつかり、干されてしまう。
兄のデヴィッドもシュートレスラーというイメージが強いが、プロレスとはエンターテイメントの要素も含んである事を十分に理解し、時流に乗ったスタイルで多くの支持を得た。
しかし、弟のダグは強さのみを求め、ショーマンシップ化されたプロレス界に見切りを付け、世界各国を渡り歩き、その国の格闘技を学び、時には異種格闘技戦のような事を行っていたらしい。
そしてダグがたどり着いた場所は、ソビエト連邦国からロシアに変わった頃、サンボを観戦するためにロシアに訪れた。
そこには世界サンボ選手権を何度も獲得しているロシアのサンビストと出会い、彼はロシアの軍隊で、徒手格闘術として使う打撃の加わったコマンドサンボをマスターしており、ダグはその彼からコマンドサンボを習った。
まだ総合格闘技というイベントが起こる数年前で、もしダグが総合格闘技のイベントに出場したら間違いなくトップに君臨しただろうと言われていた。
しかしその時既に年齢は50を越え、その技術はダグがリヴァプールに拠点を構えた時に入門してきた弟子達に伝授した。
オレが出場した総合格闘技イベントDiamondのヘビー級GPにダグの弟子である、セルゲイ・ミハエルコフという優勝候補筆頭の選手がこのジムに所属している。
ダグはカーウィンのような好好爺と違い、常に緊張感が走る程、ピリピリとした雰囲気で、眉間にシワを寄せながら、コーチをしている。
オレは初日にローマンという黒人と実戦スパーをして、目に負傷を負った。
スパーで相手の目に指を入れるなんて、正気の沙汰じゃない。
オレは他の練習生に混じり、トレーニングをこなしていた。
ジムでは常にダグの怒鳴り声が響いている。
「何をモタモタしてるんだっ!」
「あれしきの事で下がるんじゃない!戦いに於いて下がるという事を死を意味する!」
「軽い気持ちでこの場所に来てるならとっとと出ていけっ!」
それは入ったばかりのオレに限らず、MMAでトップクラスの選手にも罵声を浴びせる。
…軍隊じゃねえか、これじゃ。
オレは来る日も来る日もトレーニングに明け暮れ、トレーナーが構えるミットにパンチやキックといった打撃の練習を行い、寝技のスパーリングは一切やらせてもらえなかった。
何の意図かは知らないが、まるでキックボクサーにでも転向させるかのような練習メニューだ。
ダグは一階で練習を見ているか、リビングのある二階でソファーに座ってコニャックを飲んでいるかのどちらかだ。
オレはある日、練習が終わり、ダグの部屋を訪れた。
入り口でコンコンとドアをノックした。
【入れ】
中からダグの声がして、オレはドアを開けた。
「何だ、何の用だ?」
二階は殺風景な空間で、応接間みたいにソファーとテーブル、机と本棚しか置いてなかった。
「ダグさん、ちょっと話があるんですが」
ダグはソファーに座り、コニャックを飲んでいた。
「話?何の話だ?さっさと用件を言え」
(何だこの態度…常に怒鳴って偉そうにしてるだけで、後は酒飲んでるだけじゃないか。兄のデヴィッドとは大違いだ)
オレはダグの偉そうな態度が気に入らなかった。
「カーウィンさんからオレがここに来るって連絡があったんですか?」
カーウィンはダグにオレがそっちに行くから面倒を見てやってくれ、と言ってたに違いない。
「あのジイサン、近いうちにお前と同じぐらいの大バカが来るからよろしく頼むって言ってきやがった…
あのジイサンからキャッチを習ったようだが、ここじゃ通用しないぜ。
アイツらの言うシュート…
シュートねぇ、何がシュートなんだかオレにはサッパリ分からねえな。やつらはちょっとでも極めにきたらシュート、シュートと騒ぎやがる。
お前もこのジムの練習をして分かるだろ?たまにやるシュートじゃないんだ、こっちは。
常に殺るか殺られるかの戦いなんだ。
カーウィンのジイサンもプロレスなんてやってないでオレみたいにあらゆる格闘技を身に付ければよかったんだよ、ったくプロレスラーってのはつくづく甘い職業だ」
何、プロレスラーは甘い職業だと?
「ダグさん。あなた確か強さのみを追い求めて兄のデヴィッド・シュナイダーを越えようとしてプロレスに見切りをつけて他の格闘技をやり始めたらしいが…プロレスを途中で放棄するような人がカーウィンさんやプロレスをバカにするような事を言うのは筋違いだ。
所詮あなたは兄のデヴィッド・シュナイダーの影に隠れて大した戦績も残せなかった三流レスラーだ」
ダグはジロリとこっちを睨んだ。
「ジングウジ、オレが三流レスラーだと?テメー、オレにシュートが通用するとでも思ってるのか?」
ダグは立ち上がり、オレの前で飲んでいたコニャックを頭にかけてきた。
「…成る程、品格もカーウィンさんやお兄さんに劣る程の三流レスラーだという事が分かりましたよ」
オレは顔色一つ変えずにダグに言い返した。
兄のデヴィッド・シュナイダーはあまりにも偉大すぎた。
ダグは兄と比較され、強さは認めるが、プロレスラーとしては失格という烙印を押された人間だ。
つまりコンプレックスの塊でそれを払拭しようと躍起になって格闘技ジムを開き、総合ファイターを育てた。
その手腕は凄い。
だが、当のダグ本人はどうか?
カーウィンは老人でありながらも、オレとのスパーリングで互角に渡り合っていた。
ダグはカーウィンよりも年齢は下で、60手前だ。
「こんなとこで酒浸りになってないで、今からスパーリングしませんか?まぁ、動けたらの話ですけど」
オレは皮肉を込めてダグに言い返した。
「…テメー、オレとスパーリングがしたいだと?いい度胸じゃねえか。
こっちは実戦スパーだぞ、腕の一本や目ん玉えぐられても文句言うんじゃねぇぞ!」
そして誰もいない一階のジムのマットでオレとダグのスパーリングが始まった。




